20230829
共有
本当に共有しているのだろうか。ふと心配になる時がある。いや、心配ではないな。正しくは、やや不安を帯びた好奇心といったところだろうか。確かに共有していると思うし、実際その証拠は数えあげたらキリがないほどに存在している。でも果たしてそうなのだろうか。
今日も河川敷を走っている。日の昇る山の端は少しづつ移動を始め、朝の乾いた空気に冷気を与えている。ブルドーザーのように容赦なく時間は進み続け、その完膚なきまでの破壊の跡にどこからともなく小鳥がやってきて、新しい季節へと塗り変わろうとしている。山の端は我かんせずと言った具合にその刃先を研ぎ澄ませている。
大丈夫。実際は何の変化も起きていない。全ては共有というまやかしに過ぎないのだから。
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