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城の近くの坂道でこの世ならざる者たちのことを思う

昨日もまた仕事帰りに坂道へ出向いた。プラハ市内で坂道があるエリアといえば丘の上に建つ城の周辺だろう。普段は利用しない路線で向かおうと、職場近くの停留所からバスに乗ってマロヴァンカヘ向かい、そこから22番トラムに乗ってケプレロヴァ(ケプラー通り)へ。ティコ・ブラーエとヨハネス・ケプラーが並んで空を見上げる銅像を横目に見ながら城の方へと坂を下った。

城の周囲を歩くのは久しぶりだ。観光客が集まる昼と、人が少くなる夜とでは、あたりの気配がまるで異なる。夜にこのあたりを歩くのは楽しい。昼間は姿を隠しているこの世ならざる者たちが顔をのぞかせるような気がする。もしかしたら、角を曲がったところで妖怪とばったり出くわすかもしれない。そんなことを思いながら、長らく空き家だらけとなっているアーケードや、廃墟化しているアパートの窓を覗きこんでみる。そういえば、錬金術博物館のそばの16世紀に建てられた家に住んでいる人が「うちにも幽霊は出るよ。たいてい台所に現れる。うまく一緒に暮らしているよ。この辺では当たり前のことだ。」と言っていた。

わたしがまだ日本とチェコを行き来していた頃、やはりマラー・ストラナ地区にあるホテルでいくつか不思議な現象を体験した。まずはプラハ初滞在の夜。受付で「明日からは別の部屋を用意するから、今夜だけここに泊まって」と頼まれた屋根裏部屋のベッドの中で、午前3時頃にふと目が覚めた。何気なく足元の方にある入口に目をやると、確かにこの手で鍵を閉めたはずのドアが開いていて、明かりの消えた暗い廊下が見えていた。まるで誰かが部屋から出ていったような様子で、怖いというよりも「あれ、邪魔しちゃったかな?」という気がした。「誰かいましたか?」と尋ねても反応はなく、鍵を閉めてすぐまた眠りに落ちた。その1~2ヶ月後に同じホテルに宿泊した時には、日中にバスルームで化粧をしていたわずかな間に、テーブルの上のトレイの中に置いていたアメジストのピアスが片方だけ消えた。テーブルの周りやベッドの下、クローゼットの中やゴミ箱までくまなく探し、ホテルスタッフにも探してもらうよう頼んだけれど、見つからなかった。そういえば、このホテルは緩い坂道の途中に建っている。

思い返してみると、そういう不思議な現象の記憶はまだまだ出てくる。同じホテルだけでなく、他の場所でも奇妙なことは起きた。しかし、いつもなぜか怖くはなくて、そのうちすっかり慣れてしまった。そして、いつの間にかそういうことは起きなくなった。

この世ならざる者、妖怪、と書きながら、わたしも似たようなものかもしれないと感じる。日本からの移民としてチェコで暮らし、多国籍メンバーとともに働きながら好きな活動をしているわたしの現状は、どちらでもありどちらでもない境界跨ぎで、半妖怪的・アウトサイダー的だ。形式上は属しているけれど、どこにも属さない状態。わたしの気質がそうだから今の状態に行き着いたのだろう。退屈や窮屈さを感じたら、とにかく終わりにして、捨てて、逃げ出してきたし、それに伴い物理的な脱出と移動を重ねてきた。固定的な意味や理由にとらわれず、同一化(アイデンティティ)に執着しないでいられるのは快適だ。こだわらず、留まらず、そうして何者でもないまま放浪しているうちに、妖怪やこの世ならざる者たちともひょっこり巡りあうだろう。

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