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心を動かされる珠玉のサントラ盤(12):「モリコーネ 映画が恋した音楽家」(映画レビュー)

「ドラマティック・アンダースコア」のサントラ盤を毎回紹介しています。

「ドラマティック・アンダースコア」とは、映画の中のアクションや、特定のシーンの情感・雰囲気、登場人物の感情の変化などを表現した音楽のことで、「劇伴(げきばん)音楽」と呼ばれたりします。

今回は番外編としてイタリアの映画音楽作曲家エンニオ・モリコーネ(1928~2020)の半生を、ジュゼッペ・トルナトーレ監督が綴ったバイオグラフィー映画をご紹介します。


モリコーネ 映画が恋した音楽家 ENNIO
監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
出演:
-クリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノ、ダリオ・アルジェント、テレンス・マリック、オリヴァー・ストーン、ウォン・カーウァイ、バリー・レヴィンソン、ベルナルド・ベルトルッチ、ローランド・ジョフィ、マルコ・ベロッキオ、リナ・ウェルトミューラー、エンツォ・G・カステラーリ、リリアナ・カヴァーニ、パオロ・タヴィアーニ、ヴィットリオ・タヴィアーニ、ジッロ・ポンテコルヴォ、デヴィッド・パットナム、ジュリアーノ・モンタルド、ジュゼッペ・トルナトーレ等の監督・プロデューサー
-ハンス・ジマー、ジョン・ウィリアムス、クインシー・ジョーンズ、ニコラ・ピオヴァーニ、マイケル・ダナ等の作曲家
-ブルース・スプリングスティーン、ジェームズ・ヘットフィールド、ジョーン・バエズ、エッダ・デロルソ、ドゥルス・ポンテス、アレッサンドロ・アレッサンドローニ、パット・メセニー、ジルダ・ブッタ等のアーティスト
日本公開予定:2023年1月13日~


トルナトーレ監督とモリコーネのコラボレーション

本作を監督したジュゼッペ・トルナトーレ(1956~)は、1989年の「ニュー・シネマ・パラダイス」でエンニオ・モリコーネと組んで以来、「みんな元気」(1990)「夜ごとの夢/イタリア幻想譚」(1991)「記憶の扉」(1994)「明日を夢見て」(1995)「海の上のピアニスト」(1998)「マレーナ」(2000)「題名のない子守唄」(2006)「シチリア!シチリア!」(2009)「鑑定士と顔のない依頼人」(2013)「ある天文学者の恋文」(2016)と、すべての監督作のスコアをモリコーネに作曲してもらっている。

 「ニュー・シネマ・パラダイス」

1998年の「海の上のピアニスト」を監督した際にも、トルナトーレはモリコーネ以外の作曲家と組むことなど考えられず、脚本を書く前の段階からまず彼に相談したという。トルナトーレからこの映画の話を聞いたモリコーネは、すぐにアレッサンドロ・バリッコの原作を買って読み、翌朝8時前に「打ち合わせたい」とトルナトーレに電話をしてきた。そして、その日の午後には、ピアノでこの映画のための音楽を弾いて聴かせていた。

「モリコーネは撮影が始まる前にいつも音楽を渡してくれる。少なくともメインテーマはね。これは私にとって非常に重要なことだ。私は映画の音楽を付加的な要素、つまり映画が出来上がった後に作られるものとは考えていない。私は脚本を書いている過程で“作曲”というクリエイティヴな部分と関わりを持ちたい」と、トルナトーレは語っている。

 「海の上のピアニスト」愛を奏でて

永年のコラボレーションにより、モリコーネとの強い信頼関係を築いていたトルナトーレ監督による「モリコーネ 映画が恋した音楽家」は、作曲家の経歴を表層的に追っただけのバイオグラフィーではなく、モリコーネという人物とその音楽に深く切り込んだ人間ドラマになっている。157分の上映時間を一気に見せきっており、トルナトーレ監督の最高傑作の1つであろう。冒頭にモリコーネが自宅でトレーニングウェアを着て床に寝そべり、ストレッチ体操をするシーンがあるが、信頼していたトルナトーレだからこそ、こんなプライヴェートな姿を撮らせたのかもしれない。

因みにトルナトーレの長編商業映画デビュー作である「(未公開)“教授”と呼ばれた男(Il camorrista)」(1986)のスコアは、「ライフ・イズ・ビューティフル」(1997)でアカデミー賞の音楽賞を受賞したニコラ・ピオヴァーニ(1946~)が手がけているが、彼もこの映画に登場し、「モリコーネがいたからこそ、我々が活躍できる場がある」と先駆者を賞賛している。

ペトラッシに師事

本作ではモリコーネ本人や、様々な関係者へのインタビュー(アーカイヴ映像を含む)により、彼が映画音楽を手がけるようになった経緯や、各作品にまつわるエピソードが紹介される。モリコーネは、トランペッターだった父親の決定で自らもトランペット奏者になり、家族の食い扶持を稼いだ若き日のことを語っているが、自分としてはなりたかったわけではなく、あまりにも辛くてトランペットという楽器が嫌いになったこともあったという。

作曲を学ぶため、「家族日誌」(1962)等の映画音楽も手がけている現代音楽の作曲家ゴッフレード・ぺトラッシ(1904~2003)に師事した。当初はカルロ・サヴィーナ(1919~2002)やアレッサンドロ・チコニーニ(1906~1995)といった作曲家の編曲を担当し、ポール・アンカ等のポップ歌曲のアレンジに独創的な工夫を加えて頭角を現した。恩師ペトラッシがジョン・ヒューストン監督の大作「天地創造」(1966)に作曲したスコアが“難解すぎる”との理由で監督に却下され、その後任の仕事が回ってきたので、ぺトラッシに申し訳ないと躊躇しつつもスコアを作曲したという。プロデューサーのディノ・デ・ラウレンティス(1919~2010)は、モリコーネのスコアを気に入り、楽曲の全権利を取ろうとしたが、その時点でモリコーネはRCA専属だったためRCAがこれを拒絶し、結局その仕事は断念した(本作のスコアは黛敏郎が作曲しており、サントラ盤も出ている)。

レオーネとの関係

セルジオ・レオーネ監督(1929~1989)が「荒野の用心棒」(1964)のスコアをモリコーネに委嘱し、2人が面会した時に、レオーネに「見覚えがある」と言われ、小学校で同級生だったことがわかった、というのは有名な話(小学生時代の2人が写っている集合写真がある)。レオーネは、クライマックスのクリント・イーストウッドとジャン・マリア・ヴォロンテの決闘シーンに、ハワード・ホークス監督の名作ウエスタン「リオ・ブラボー」(1959)で流れたメキシコの軍隊ラッパ曲『皆殺しの歌(El Degüello)』を使いたいと言ったが、モリコーネは既成曲を使うことを拒否した。「じゃあ、似たような曲を書いてくれ」と言われて、過去に作曲した主題をアレンジして提供したという(これ以外にも、監督から既成曲を使いたいと言われて、もっといい曲が書けると逆提案したエピソードが何度か紹介される)。

 「荒野の用心棒」決闘シーン

レオーネとのエピソードで面白いのは、モリコーネがスタンリー・キューブリック監督から「時計じかけのオレンジ」(1971)のスコアを依頼されて引き受けた時の話で、キューブリックがレオーネにそのことを連絡したところ、レオーネが「モリコーネは「夕陽のギャングたち」のミキシングで忙しいから無理だ」と嘘をついたので、キューブリックからキャンセルされてしまったという。モリコーネは「やらなかった事を後悔している唯一の作品だ」と語っているが、レオーネにしてみれば、“自分の作曲家”だと考えていたモリコーネをキューブリックに取られたくなかったのかもしれない。

レオーネ監督作品のスコアでは、「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」(1966)「ウエスタン aka ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」(1968)「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984)等の名曲の数々が、映画のシーンとともに紹介された。

 「ウエスタン」ジルのテーマ

 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」デボラのテーマ


ベルトルッチ、ポンテコルヴォ、モンタルド、ジョフィ、タランティーノ

その他にも、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「革命前夜」(1964)「1900年」(1976)ジッロ・ポンテコルヴォ監督の「アルジェの戦い」(1966)「ケマダの戦い」(1969)セルジオ・コルブッチ監督の「殺しが静かにやって来る」(1968)アンリ・ヴェルヌイユ監督の「シシリアン」(1969)エリオ・ペトリ監督の「殺人捜査」(1970)ジュリアーノ・モンタルド監督の「死刑台のメロディ」(1971)パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ監督の「アロンサンファン/気高い兄弟」(1974)ヴァレリオ・ズルリーニ監督の「(未公開)タタール人の砂漠」(1976)ローランド・ジョフィ監督の「ミッション」(1986)ブライアン・デ・パルマ監督の「アンタッチャブル」(1987)、クエンティン・タランティーノ監督の「ヘイトフル・エイト」(2015)といった作品にモリコーネが作曲したスコアが、映画のフッテージと、一部監督へのインタビュー映像とともに展開。中でも「ミッション」は、モリコーネが自身のベスト作と考えていたスコア。

 「1900年」ロマンツォ

 「死刑台のメロディ」勝利への賛歌(ジョーン・バエズ)

 「ミッション」オン・アース・アズ・イット・イズ・イン・ヘブン

ブライアン・デ・パルマ監督とのエピソードで面白かったのは、「アンタッチャブル」で主人公のエリオット・ネス(ケヴィン・コスナー)たちを描写したヒロイックな主題を作曲してほしいと監督に依頼されたモリコーネが、ローマに帰って候補曲を6曲書いてデモを送ったが、その際に「6曲目はあまり気に入ってないのでそれ以外から選んでほしい」とのコメントをつけたにもかからず、結局その曲が採用されたと。

 「アンタッチャブル」エンドタイトル


何度も映画音楽をやめようとした

恩師のペトラッシや、その弟子の現代音楽作曲家ボリス・ポレーナ(1927~2022)等は、映画音楽を芸術として認めておらず、当時は一般的にも映画音楽の芸術的地位が低かったため、モリコーネは何度も映画音楽の仕事をやめようと悩んだという。そんなペトラッシが、後になってモリコーネの映画音楽が大好きだと言い(芸術として認めてはいないが、という意味かもしれないが)、最も好きなのは「夕陽のガンマン」(1965)だった、というのが面白い。この映画は「荒野の用心棒」の大ヒットを受けてレオーネ監督がクリント・イーストウッド主演で製作したウエスタンだが、モリコーネの音楽も前作の流れを踏襲したもので、彼自身はあまり優れたスコアとは考えていなかったらしい。

ボリス・ポレーナへのインタビューでは、レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984)にモリコーネが作曲したスコアを聴き、その映画音楽の芸術性が現代音楽に全く劣らないと初めて悟り、モリコーネに謝罪したという。モリコーネ自身、映画音楽を現代音楽とは明確に区別せず、同様の音楽性・芸術性を目指して作曲に取り組んでいたのであろう。

2016年から5年ほどカメラを回したというが、モリコーネが亡くなる前にこの映画の制作を始めていて本当に良かったと思う。すべての映画音楽ファンが見るべき映画だろう。

最後に、モリコーネの作品中でも私の大好きな「夕陽のギャングたち」(1971)の主題が本作では流れなかったので、ここでご紹介しておく。

 「夕陽のギャングたち」

映画音楽作曲家についてもっと知りたい方は、こちらのサイトをどうぞ:
素晴らしき映画音楽作曲家たち

<エンニオ・モリコーネに関する記事>
心を動かされる珠玉のサントラ盤(3):「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」

心を動かされる珠玉のサントラ盤(11):エンニオ・モリコーネ『オフィシャル・コンサート・セレブレーション』


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