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高校生のための人権入門(3) パワーハラスメント

パワーハラスメントについて

パワーハラスメントという言葉を聞いたことがある人も多いと思います。2019年に「労働施策総合推進法」等が改定され、企業等はパワーハラスメントの防止に努めなければならないことになりました。実際の施行は2020年6月から大企業等で始まり、今年2022年の4月からは中小企業でも始まります。

パワーハラスメントという言葉の意味は、「力を使った嫌がらせ」ということです。ふつうパワーハラスメントは、職場において起きると考えられていますが、パワーハラスメント(力を使った嫌がらせ)は、「おとなのいじめ」と呼ぶ人もいるくらいで、実際には人の集団があるところであれば、どんなところでも起きます。具体的には、ママ友会でも起きますし、趣味のサークルや地域の自治会、ご近所づきあいや、学校の部活動の中でも起きます。

パワーハラスメントはどのようにして起きるか

一般的に人の集団があれば、ほとんどの場合、そこには「強い立場の人」と「弱い立場の人」が生まれます。パワーハラスメントは、「強い立場の人」が自分自身の「正しさ」に基づいて、「弱い立場の人」をなんらかの形で「攻撃」した時に起きます。ここで一番重要なことは、パワーハラスメント(相手を怒鳴ったり、無理な仕事を押しつけたりするなど)をしている「強い立場の人」が、ほとんどの場合、自分は「悪いこと」をしているという意識をまったく持っていないということです。むしろ、相手があまりにもダメでひどすぎるから、「みんなのために、相手のために」こういうことを自分はしているんだ。だから、自分のしていることは、「正しいこと、当たり前のこと」なんだという意識を強く持っています。

パワーハラスメントが職場で起きて、その解決に当たる立場の人(管理監督者やハラスメント防止委員会の人など)が、パワーハラスメントを行った人に事情を聞いてみると、ほとんどの人が、「あれはパワハラではありません。」と言います。(ちょうど、学校でいじめをした児童・生徒が、教員に、「わたしは悪くない。あれはいじめじゃない。」と言い張るのとよく似ています。)

「わたしだって、最初からそんなふうに他の社員の前であの人を怒鳴りつけていたんじゃありません。最初は、別室に呼んで1対1で、静かに注意したんです。あの人、わかりましたと言ったんです。ところが、また十日もしないうちに、同じことをするんです。わたしは、あの人をまた別室に呼んで、今度は厳しく叱りました。あの人、『すいませんでした、二度としません。』と約束したんです。ところが、一昨日、また同じことをするから、たまりかねてわたしは、職場のみんなの前で怒鳴ったんです。いけないんですか。あんなことを放置しておいたら、会社の信用はどうなりますか。一緒に働いているみんなも本当に迷惑してるんです。だから、職場のため、みんなのためにわたしは怒鳴ったんです。それに、あの人だって、まだこの会社に何十年も勤めるんです。あんなことをしていて、一番困るのはあの人自身じゃないですか。あの人のために叱ったんです。わたしが悪いんですか。勘弁してください。悪いのはあの人です。指導されなきゃいけないのはわたしじゃありません。あの人です。」ほとんどのパワーハラスメントを行った加害者が、このような主張をします。

パワーハラスメントをする職場の「強い立場の人」とは、普通、上司や管理職だと思われています。しかし、実際には職場の中で「強い立場」になっている人はそれだけではありません。今、日本の働いている人の約4割が非正規職の人です。非正規職の人にとって正規職の人は、たとえ正規職の人が自分をどう思っていようと、間違いなく強い立場です。そして、年上の人、先輩は強い立場ですし、たとえ同輩や年下でも、実績を上げている人や周りからしっかりしていると見られている人は強い立場になります。また、一人一人は弱い立場でも、グループや集団を組めば圧倒的に強い立場になります。このような「強い立場の人」が自分たちの「正しさ」の基準から考えて「間違っている人」、「おかしなことをしている人」に対して自分たちが持っている力を振るって「指導」などをした時に、パワーハラスメントが起きるのです。だから、パワーハラスメントをしている人は、相手に対して、「わたし(たち)のようにしない(考えない)のは、あなたが悪いんだ。わたしたちは、当然の当たり前のことを要求しているだけだ。さっさと直さないあなたが悪い。」と思っています。

これに対して、パワーハラスメントを受けている人は、どうでしょう。「わたしは確かにきちんとやらなかったところがあるかもしれない。それは悪いと思っている。しかし、同じようなことをしている人は他にもたくさんいる。なんでわたしだけがこんな目に遭わなければならないのか。まったく理解できない。なんだか知らないが、あの人(たち)は、最初からわたしを憎んでいる。だから、わざとわたしにつらい思いをさせることを言ったり、したりしてくるんだろう。最近は、ただわたしを苦しめるために、いろいろ言ったり、したりしてくる。わたしが困っているのを見ると、うれしくて仕方ないんだ。本当につらい。明日もあの人(たち)に同じようなことをされるのかと思うと、もう職場に行きたくなくなる。」そんなふうに思い続けて、やがて、少しずつ仕事を休むようになります。夜、眠ることができなくなって、うつ症状になる人も出てきます。

パワーハラスメントにおける双方の「気持ちや思いのズレや断絶」

ここで重要なことは、加害者と被害者の間に、「気持ちや思いのズレや断絶」がはっきりあることです。お互いに相手の気持ちや思いがまるでわかっていないのです。加害者の方は、怒鳴りつけたり無理な仕事を押しつけたりしても、相手の言動が変わらないと、「これでもわからないなら、もっときついことをしてやらなきゃ。」と思い、その結果、パワーハラスメントによる嫌がらせや攻撃は、どんどんひどいものになっていきます。結果として、始めは指導や反省を促すために行っていたものが、次第に「嫌がらせのための嫌がらせ」になっていきます。パワーハラスメントが発見されるのは、ほとんどがこのような状態になってからです。パワーハラスメントが見つかった時点では、多くの場合、パワーハラスメントをしている側は、ちょっとやりすぎたかなという思いは持ちつつも、そこまでエスカレートしたのは、相手(被害者)がいつまでたっても反省せず、自分の悪いところを直さなかったからだという思いを強く抱いています。本当に悪いのはあの人なのに、なぜ、わたし(たち)だけがパワーハラスメントの加害者として責められなければならないのか、あの人さえこの職場にいなければこんなことにならなかったのに、本当に迷惑だ。わたし(たち)の方が、被害者だと思っています。

一方、パワーハラスメントを受けた側は、ミスやいたらない点があったことは心の中では認めながらも、ここまで繰り返し、自分に嫌がらせや攻撃をすることは、絶対許されないはずだと思っています。あの人(たち)は、「わたしの人権をまったく無視している。こんなことは絶対許されてはならない。」と強く感じています。

パワーハラスメントを解決することのむずかしさ

どちらも、自分が正しい、相手がおかしいと感じています。そのため、パワーハラスメント解決のために管理監督者やハラスメント防止委員会などが動き出すと、加害者は「あの人が間違っているのに、なぜ自分ばかりが非難されるのか。おかしい。」と思い、被害者は「なぜ被害者のわたしの人権がこんなに軽んじられるのか。なぜ、会社はもっと厳しい指導を加害者にしないのか。おかしい。」と思うようになります。結果として、双方が会社などの指導に反感を持つようになります。ですから、パワーハラスメントを解決することは、きわめてむずかしいのです。

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