見栄え

 タバコの煙が宙に舞う。
 居酒屋の入り口前にある灰皿の前には私しかいなかった。店内の笑い声がここにも届く。木製フレームの引き戸ガラスから覗く。店内の奥にある小上がりで私の向かいにいた人が口を大きく開け笑っている。へそが斜め向かいにいる私の同僚の子に向いている。腰を上げずに体を向けたのか、座布団が散らかっている。今回も面白くなることは無い。このまま帰ってしまおうか。そう思ってもコンビニに支払うものがあると言って出てきたため、財布とボックスの8ミリしか持ってきていない。ハンドバッグを置いてきてことを今更後悔する。仕方ないとフィルターだけになった吸い殻を黒く淀んだ水溜まりに落とす。また、笑い声が聞こえる。もう1度店内を覗く。私の居場所であった壁側端の座布団はなくなり、同僚の子がその場所にいた。私はタバコに火を点けそのまま駅に向かって歩き出した。プチプラのアイシャドウと口紅はハンドバッグに入ったままだ。何かあった時の絆創膏も予備のマスクも入ったままだ。それはもう仕方ない。ゆっくりと駅に向かう。定期券もバッグに入っていた。今日は切符を買おう。
 ビニール袋を鳴らしながら階段を上る。207号室。スマホに通知も来ていない。
 「ただいま」
ハイヒールからの景色はもう見えない。

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