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結婚は唯一選べる家族

わたしはおとうさんとおかあさんのような記号になりたくありません。

 小学2年の授業参観。作文発表で私の読み出しに、教室全体にそよ風の通る音が響いたことを覚えている。それが両親を慕わない餓鬼への称賛の音だったのか、それとも「きごう」という言葉による思考のエラー音だったのかはわからない。ただ、教壇の女性教師が目を見開いていたため、とてもレアなことだったのだろうと思っている。両親はいなかった。

おとうさんとおかあさんは、ときどきけんかをします。なんでけんかしているかは分かりません。でも
「だからあれをうむのはやめろといったんだ」
というおとうさんの声はきこえました。
「あたしだってうみたくなかったよ。しょうがないじゃない。もうおろせなかったの」
 こんどはおかあさんがいいました。むずかしい言葉ばかりでよく分かりませんでした。でもわたしのことでけんかしていることはわかりました。

 「俺たちはいわゆる『出来ちゃった結婚』だった。大学3年の春ことだった。気づいた時にはもう遅かった。誰にも相談出来なかった。どうしようもなかった。父は大学を中退し働き始め、母はお腹が目立ってからは休学して私を産んだ。そこからは地獄だった。」

 これは、還暦の年にせめてもと顔を出した時に、元父から伝えられたことである。大笑いをしてした。隣で母も笑っていた。

 わたしの前ではおとうさんとおかあさんはニコニコしています。とてもなかよしです。わたしの大好きな肉じゃがを作ってくれるし、休みの日はたくさんお出かけをしてくれます。でも、わたしのいないところで、わたしのことでけんかをします。そんなおとうさんとおかあさんがきらいです。おとうさんとおかあさんはなかよしだけど、わたしがいるとなかよくありません。おとうさんとおかあさんとわたしは、家族という記号になっているだけです。わたしは記号をつけたくないです。

 私は、中学卒業とともに親と縁を切り、家を出た。アルバイトを掛け持ちなんとか生きた。今では知り合いのツテで広告代理店の経理として働いている。

「副島さん!この領収書もお願いしていいですか?」
「香月さん、そういうのは1回でお願いします。いつも言ってるんですから、直してください」
「いやー、ごめんなさい。気をつけます。…あの、副島さんって仕事の後って空いてます?」
「…はい、空いてますけど…」
「僕らって同い年じゃないですか。だから、偶にはご飯でもどうかなって」
「…、ごめんなさい。私『記号』つけたくないんで」

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