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【即興空想短編】今日の夜は静かな空白

(そうね、あなたの話しなど誰もきいてないわ。嘘、誰かはきくかもしれないわ。けど、そんなの、瞬きほどの空間だけね。ほら、もう、その誰かは遠くかなたまで、遠ざかっていったわよ。だから、何というかあなた、何のためにその絵を描くのかしら?)

静かな夜だと、ふと、頭のなかにささやく声がする。僕はその声の主をしらない、しるつもりもない。しかし、言葉は居座り続ける。ああ、厄介だ。線が歪む。邪念を払わなければ。…
僕はしがない絵描き。筆を握り、描き続けるから名乗ってる。しかし、僕の描く絵はらくがきも同等らしい、ひとにみせても「面白いね」の一言で、彼らは思い止まらず通りすぎていく。だから僕の絵は売れたことがないし、そこから友達ができたこともない。だけど僕は描き続けていた。なぜか、それは、「愛おしい"夜色"よ、今日も君に会いにきたよ。」そう言って、途中の絵をみる。

"夜色"とは、そのまま"夜をキャンバスに閉じ込めるための色"として僕がつくった色で、僕はこの色のなかに"愛おしい記憶"を表現するために絵を描いてる。つまり、僕の絵は基本的に、真っ黒なんだ。僕としてはそう感じたことはないけど。しかしひとは疑問に思うらしい、「では、この絵を描く意味とは?」「誰にむけてどういう事を伝えたいの?」って。そんなものはない。僕が、僕のために、生涯をかけて描いておきたいことがあるから描いてる。それだけなのさ。…ただし、ひとりだけには、この気持ちがわかってほしかった。そう、あの夜空に輝く、北極星のような、大切なひとがひとりいたはずだった、から。

静かな夜は、心のざわめきを吸ってくれた。よし、また絵が描けそうだ。そうつぶやき、僕はまた筆に絵具をつけた。相変わらず、キャンバスは黒やら紺やらで真っ暗な夜の色。僕はここにまた闇を重ねてく、けどいつか、時が来たなら一点だけの光を、あの絶対的に孤独で重大で一番の星を描くだろう。あの、はるか遠くへ行ってしまったけど、いまでも曇りなく愛してるあのひとを想いながら。

(おわり)

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