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地方都市デパ地下に「人が集うイノベーション空間」を作ってみた (後編)


2019年から2020年にかけて、Impact HUB Tokyo現メンバー合同会社中村尚弘建築設計事務所の中村尚弘さんと山下真平建築設計事務所の山下真平さん、Impact HUB Tokyoの共同創設者ポチエ真悟は、地方都市のデパ地下をワンフロアぶち抜きで、イノベーション空間へとリノベーション する空間設計プロジェクトを実施しました。

今回のプロジェクトは2000平米という、コワーキングスペースでも日本最大級レベルの大きさを誇るリノベーション・プロジェクト。前編に引き続き、このプロジェクトに関わった三人に、考え方を聞きました。


「オープン」を実現するために具現化したサブコンセプトたち(続き)


聞き手)「イノベーションを加速する空間を作る」という時、逆に、「イノベーションの阻害要因を排除する」という考え方があると、ポチエさんはおっしゃってました。どういう形で、イノベーションを加速する計画を具現化したんでしょうか。

ポチエ)デパ地下における「イノベーションの阻害要因」は、エスカレーターと共有通路でした。エスカレーターの音が気になりましたし、共有通路が邪魔をしないように空間のど真ん中を通る、といういわゆるデパート的なレイアウトを避けて上塗りする形を作るのが一苦労でした。

一方で、私が考える「イノベーションを加速する要素」は、もともとあったごちゃごちゃとしたパイプだったんです。あのカオス感がそそられた。ですが、消防法の関係でどこにも表面に出せなかったのが、悔しくてたまりません。

山下)天井裏の大きな空間やそこに集約されていた設備パイプを生かし切れなかったのは残念でした。もっと違う作り方があったかもしれませんが、今回は既存内装の解体前に計画がスタートしていたので、着工後、解体してみるまで天井裏の詳しい状況がわからなかったんです。

ポチエ)トイレも位置については極限まで議論しました。ジェンダー・アイデンティティとも関係する話で、実は空間が持つべきジェンダーに対する思想を緩やかに表現できていたりする。だから、男女分けるかどうかなど議論しました。それから、イベントや人々の往来の極度な増減にも対応できる個数や配管。実はコワーキングにおけるトイレのあり方はアートです、すごい難しいんですよ。

聞き手)トイレがアート、ということですが、さきほど「セキュリティもアート」とおっしゃってましたね。鍵、セキュリティ、扉についてもかなり議論したと思います。どんなことを話されましたか?

山下)具体的にどう作ろうとなったときに、ポチエさんが考えているものと僕の方で考えているものでギャップがあってディテールと使い方の話を行ったり来たりしました。鍵の設定次第でその場所の開かれ方も決まってしまいます。設計する際は空間ごとにどんな使われ方をするかをある程度設定して鍵を選定していくのですが、ポチエさんは「空間の使われ方は流動性があるものなので、フレキシビリティを残すことは意識したい」と言っていて。

中村)だから、僕ら建築家だけで最初に想定していたものとどんどん変わったんですよ。最初は、共用通路とコワーキングが混ざりあう形、つまり、建具でわけず共有部とつながるプランだったんです。

ポチエ)だけど、消防の許認可のプロセスが具体的になって、あんまりオープンにもできなくなったりね。そのあとに、建具を決めた後、人の出入りやセキュリティの話が具体化されていくと、どんどん変わりました。電子鍵の種類やサムターンやドアの種類を、かなり試して、既存の建物の電気配線との互換性などみていくうちに選択肢が限られたんですよね。

聞き手)現在、電子鍵をアプリで開ける形とし、しかも2000平米の空間の中に鍵は30個近くあり、相当複雑な出入りの組み合わせとなっていると伺いました。やはり「場のオーナー」が考えるセキュリティの度合いと「ユーザー」が体感的に心地いい形が必ずしも一致しない、というのはありますよね。今回は、逆にそれが面白さをうむ(予測不可能性やカオス性という形で)可能性もあると思います。

山下)目黒のImpact HUB Tokyo のようなイメージでは難しく、やはりデパ地下なので、やっていくうちに、床は剥がせないということが分かったり、剥がしたとしても予算もかかるし、当初考えていたイメージを転換しないと難しいとわかってきました。

意識したのは、物理的に未完な状態で終わらすというよりは、概念的な意味で未完成というのを目指すということです。仕上げもなるべくラフなちょっと汚れても気にならないようなものを選定していく部分がありましたし、特に家具は初めからファブリケーション要素が入っていました。
そもそもがメンバーで何か作れるという状況だし、Impact HUB Tokyoで、ポチエさんがそういう風にスペース作りを今までやってきたというのも大きかったと思います。

聞き手)つまり、「場のオーナー」は未完を目指し、あとはその場を埋める人たちによるDIYや味付けが残って蓄積していくってことですよね。DIYであとから人が加工していく建築というのは今まで携わったことはありましたか?

中村)あまりないですが、そういう変化を包む寛容さは設計に於いて大事な点です。今回、施設をキャンバス的に捉える意識から、設計しないラインを意識しました。

例えば、今回白い壁が多いと思うのですが、我々的には白く仕上げたつもりもなく、絵やアート作品を飾るようなキャンバスを想定して作りました。HUBでもアーティストの方がメンバーに居たりしますが、そういう個性が集まるコミュニティであるという意識をもっていましたし、
話しに出ていたライブペインティングはどこで、どのイベントでやろう、とかも気になってました。

壁に何が描かれるか、や、壁の色そのものは、エントランスから入ってきたり、エレベーターから降りてきたりして、場に到着した時からの「一つのストーリー」のようになっていますオレンジっぽい赤に塗られた壁の前で心に着火されて、アーティストのペインティングの壁で雰囲気を感じつつ、さらに、最後には洗練されたギャラリーがあるというような一つの流れです。ストーリーが完成していくのは、そのあと空間を使う人や協力してくれるアーティストがいるからこその魅力で、我々だけではできない部分なので面白いなあと思います。

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聞き手)他に何か上位概念で気にしていたことはありますか?

ポチエ)多機能さでもまだ余白があるところだと思います。内覧ツアーの参加者は、回転扉やキッチンにも驚きますが、おむつを変えられるエリアなどもきちんとあって、そこまで考えたんだと気づいてくれる人が多い印象です。面積があるからといって何かを大きくしたり、個室を広くすることはしません。多機能さが上位概念だと思います。

他のイノベーション拠点を見るとキッチンは当たり前、ファブリケーションは当たり前と言うようなものになっていますね。意味を横に展開できていない印象です。出来上がったものをみて思うのは、機能があってもそこを使う人がいなければあまり意味がないと言うことです。

例えば、今はコロナで飲食関連の起業家を見つけるのに苦戦しているのですが、場所の完成という意味では、「食の起業家がキッチンに立っている」という最終ピースが埋まらないと、今回のプロジェクトで出来上がった施設の良さが、まだ発揮されていない印象があります。
個室が埋まったり、アートギャラリーにアーティストやデザイナー作品を飾ることだったり、エネルギーレベルの高い起業家たちがいることだったりが、予測された上で設計されているんですよね。

聞き手)そこが空間だけではなくコミュニティの設計と連続している、という意味ですね。

ポチエ)そうですね。建築家だけでなく、運営まで見据えた我々が、多様な人たちが接続するように作っているので、その後に待っているコミュニティ・ビルディング活動によって変わる部分がすごく大きい。また、正直に言えば、コミュニティ・ビルディング活動がうまく続けられるか否か、で、この物件やプロジェクトの価値や成否は結構大きく異なっていくんですね。

コワーキングが「コミュニティ中心」に手を出そうとすると、運営でやらなきゃいけないことが増えていきます。だから、それをなるべくやらないようにしていくと、結果として簡素なものになっているのではないかとも思います。他の施設をみていると「コミュニティ」をいくらうたっていても、運営を楽にしようとして、かなり保守的にならざるを得なかったんだろうな、というものはやはり多いです。後付けや装飾でしかない「コミュニティ」は、空間に入った瞬間にわかるものなんですね。

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Impact HUB Tokyoが手掛けた空間について語る建築対談シリーズの第一弾「地方都市デパ地下に「人が集うイノベーション空間」を作ってみた」はいかがでしたでしょうか?第一弾なのに、前編後編と長くなりましたが、今後どんな場所であれ、イノベーション空間を作ろうとする方々に参考になる考え方があったのではないかと思います。

実は、まだ中村さん、山下さん、弊社ポチエの対談は続きます。第二弾を乞うご期待ください。


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