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"オールインクルーシブな社会を実現したい" 想いを届け続けられる自分であるために/SOLIT代表・田中美咲さんインタビュー 【前編】

 2023年3月、世界三大デザイン賞のひとつ、ドイツの「iF DESIGN AWARD」で最高賞のGOLDを受賞した日本発オールインクルーシブファッションブランド「SOLIT!」が、2024年4月に開催される北米最大級の「バンクーバー・ファッション・ウィーク」に初参加が決まったというニュースが届きました。

 「バンクーバー・ファッション・ウィーク」と言えば、パリコレやミラノコレクションなどの4大コレクションに次ぐ規模で開催される「多様性」がコンセプトの世界の若手デザイナーの登竜門。「多様な人も、動植物も、地球環境も、誰もどれも取り残さないオールインクルーシブな社会の実現」を目指すSOLIT株式会社による「SOLIT!」が、立ち上げから約2年半というスピードで招待を受け取ったということの凄さは、ファッションにうとい私にも想像に難くありません。

 しかし、「VFWへの出場を決めたその裏側には、たくさんの葛藤があった」と、SOLIT株式会社 代表の田中美咲さんは言います。

 その葛藤を紐解いていくと、そこには、彼女たちが強い信念を貫きつつもなお仲間を増やし、願う未来を実現していくために重要なヒントが隠されていました。

 「想い」を実現していきたいと願っている全ての人へ、世界への挑戦を続ける代表の田中美咲さんのインタビューをお届けします。


【プロフィール】
田中美咲|Misaki TANAKA

社会起業家・ソーシャルデザイナー。
1988年生まれ。立命館大学卒業後、株式会社サイバーエージェントにてソーシャルゲームのプランナーとして従事。東日本大震災をきっかけとして福島県における県外避難者向けの情報支援事業を責任担当。2013年「防災をアップデートする」をモットーに「一般社団法人防災ガール」を設立、2020年に事業継承済。2018年2月より社会課題解決に特化したPR会社である株式会社morning after cutting my hair創設。2020年「オール・インクルーシブ経済圏」を実現すべくSOLIT株式会社を創設。


葛藤を超えて
バンクーバー・ファッション・ウィークへ

<バンクーバー・ファッション・ウィークへ共に挑戦するモデルは自社で選定>

ー「バンクーバー・ファッション・ウィーク」(以下、VFW)の事務局から出場への打診があった際、美咲さんやSOLIT株式会社のみなさんはどのような気持ちでしたか。

田中美咲さん(以下田中) 個人として、「SOLIT!」というファッションブランドは立ち上げからまだ3年目なのに、VFWから直々にお声がけいただけたことに対して「やった!」という思いが半分。そして同時に「でも待って。ファッションショーって、私たちが課題として捉えているファッションの大量生産・大量消費や、ルッキズムを加速させてきた存在だよね。だとしたら私たちは絶対に出てはいけないものなんじゃないだろうか」という思いが半分。仲間もほぼ同じで、2つの感情の間ですごく悩んでいました。


ーそのような困惑した状況から、どんな考えでVFWへの出場を決めたのでしょうか?

田中 色々議論していく中で、私たちがファッションショーに感じている課題や違和感1つ1つに向き合い、「じゃあ、私たちだったらどうするだろう」と考え、それを舞台の上で実現していくことができればいいんじゃないだろうか、と思ったんです。
 その挑戦の舞台として捉えてみると、VFWはもともと「多様性」をコンセプトとしたファッションショー。来場者も、このテーマに関心がある方が集まります。ここであれば「SOLIT!」の理念も理解してもらいやすいはず。日本だけでコツコツと伝え続けていくだけでなく、世界へ向けてメッセージを発信できる舞台として、VFWはとてもいいチャンスなんじゃないか、と思えるようになり、出場を決意しました。


ー実際に、VFWで「SOLIT!」が実現しようとしている取り組みにはどんなものがありますか?

田中 今回、私たちSOLITのランウェイのテーマは「SOLIT! Duh.」。スラングで「めちゃくちゃやばい - え、そんなの当たり前でしょ?」という意味で、多様な人がそれぞれの表現をすることが当たり前になった世界を表現したいと考えています。

 まず私たちは、VFWが用意してくれたモデルではなく、私たちが選んだ多様なモデルと共にVFWに挑戦することを決めました。それは、「ショーに立つモデルは、白人で細身で目が青くて金髪でなくてはならない」というようなルッキズムを生み、世界に浸透させてしまったファッションショーに対する私たちなりのメッセージです。

 また、ファッションショーに出ることで新たな流行を生み出し、大量生産・大量消費を促すことには加担したくありません。そこで私たちは、今回のショーのためだけに服を作ることはせず、既に販売されている商品をアップデートしたものでVFWのランウェイに上がりたいと考えています。その際、デザイナーやモデルだけではなく、SOLIT!の製造に関わってくださった、生産者さんをはじめとした全ての関係者の名前を、最後のモデルさんの洋服の背中にエンドロールのように全部刺繍し、透明性を表現したいです。

 そして常に関わる全ての人たちと対等でありたいという想いから、企画の段階から映像の方、音楽の方、ファッションデザインの方、モデルさんも含めて一緒に作り上げて行っています。私たちは、いろんな立場の仲間同志の化学反応が起きやすくなるように、最初から一緒にいることが重要だと考えています。


本当に伝えたいメッセージを
伝え続けられる自分であるために
良きプレッシャーの中に身を置く

SOLIT!の仲間

ーVFWへの出場に関しての葛藤もそうですが、美咲さんからは常に「自分が伝えたいメッセージと、自分の行動は本当に一致しているだろうか」ということを徹底的に問い続ける、という強い信念を感じます。これは普段から意識してやっているのでしょうか?

田中 私は、自分も含めて、基本的に人間って弱いものだと思っています。たとえその人が何か強い正義感を持って生きていたとしても、何か事情があって理想とは違う現実を選ばざるを得ない状況って、誰にでも起こり得ますよね。

 そういう時に、自分の正義感や倫理観がどれだけ自分を制御できるのか。自分の中での正しい選択を促してくれるのか。どんなに甘い蜜を見ようとも「いや、違うんだ。私が進みたいのはこっちじゃないんだ」と自分の中にある正義感に言わせて、頑張って、元の道に戻す。それを普段から意識するようにしています。もう修行のような感覚ですね(笑)。


ー例えば最近、どのような時に甘い蜜に揺れそうになったんですか? 

田中 小さいことですが、日常の中に本当にたくさんありますよ。夜遅くに仕事から帰っている途中にお腹がすいて、コンビニの前で「こんな時間に肉まんなんて食べちゃダメ!」って思うとか、帰るのが遅すぎると眠くて「お風呂……翌朝でいいか」と思う自分と葛藤するとか(笑)。


ーそんなに小さな自分への甘やかしであっても、常に意識されているんですね!そういう感覚を研ぎ澄ましておくことが、仕事においても「何かこれはちょっと違うんじゃないかな」という小さなサインを見逃さずいられる秘訣なのでしょうか。

田中 そうですね。仕事においても、同じ感覚だと思います。


ーそういった小さなサインを見逃さない自分であるために、普段から意識して気をつける以外にやっていることはありますか?

田中 いい意味でのプレッシャーがかかる環境を意識的につくっておくということも、理念と行動を一致させていくためには重要だなと感じます。

 9年ほど一緒に活動を続けてきた仲間は、私以上に自分にも厳しいタイプ。なので私が少しでもふわっとした発言をすると、「美咲さん、それって代表が言う言葉として正しいですか?」「すみません、今のは代表としての言葉ではなく、個人としての言葉です。」とか、ビシッと注意してくれます。自分一人ではつい甘やかしてしまうこともありますが、あえて良きプレッシャーの中に身を置くことで、自分を律しています。

 仲間もそうですし、株式会社であれば、株主という存在もそうですよね。SOLIT!のブランドであれば、一緒に開発に携わってくださった方や、買って利用してくださる方も。その人たちのことを常に頭に思い浮かべながら、自分のちょっとした言動や選ぶ行動が、大切に積み上げてきた信頼を崩壊させてしまわないように意識するんです。私が特にそういった信頼を大切にしたいと思うタイプだからこそ、あえて関わってくれる人を増やし、プレッシャーを自分に与えているという部分はあるかなと思います。


完璧でなくてもいいから、
想いや、やりたいことをたくさん人に話すと
仲間が増える

ー社会に対する自分の想いを「人に話す」ということを意識して多くやっていますか?

田中 私は「自分の中には答えはない」と思っているんです。周りにいる人たちの方が、もっといい答えを持っているはずだと。だから意識して周囲の人に相談をするようにしていますし、自分の想いを言語化して人に伝えるということに多くの時間を割いています。

 やりたいことへの想いは自分の中から生まれて、それを誰かに伝えながら育てていき、よりベストな形でより多くの人に伝わるタイミングで世の中に出す。このスタイルを10年ほど続けています。


ー企画を周囲の人と育てていくその美咲さんのスタイルが、現在の純度高く想いを共有できている仲間の存在にどのような影響があったと感じていますか?

田中 そうですね、自分一人で企画を練り上げるということをやっていたら、今の仲間は見つけられていなかっただろうと思います。

 そもそも、実は高校や大学くらいの頃までは、絶対に人に弱みを見せたくない完璧主義の人間でした。だから未完成のものを誰かに見せるなんていうことはせず、完璧になるまで自分で仕上げて、ドーンと出す。

 高校が進学校だったので、ずっと結果だけで評価・ランク付けされるということを繰り返してきた影響かもしれません。自分自身の想いや性格、成熟度合いなどは無関係で、結果だけでしか判断してもらえなかった。だから、未完成のものをアウトプットすることへの不安があったんだと思います。

 でも社会人になってから、そうやって一人で突っ走ってやろうとして、間違った方向に進んでいたら修正が効かず、後で大変なことになるということに気がついて。それから、100%完成させることよりも、20%でもいいから小出しにして、小刻みに修正をしていった方が早いと思うようになりました。

 そして実際にそう行動してみると、相談できる相手がどんどん増えていくんですよ。さらに自分に出来ていない部分を明確に伝えていくことで、むしろそれが出来る人との出会いを引き寄せることもわかりました。その経験から「とにかく完璧でなくてもいいから、想いや、やりたいことをたくさん人に話していった方が仲間が増える」という感覚が出来たんだと思います。
 


「人生で何を成し遂げたいの?」
自分を変えてくれた恩師との出会い


ー美咲さんが、そのような弱みを見せられない自分から、未完成でも周りの人の力を借りながら前へ進んでいける自分へと変わったきっかけはあるのでしょうか。

田中 大学時代に受講していた「クリエイティブの可能性」という授業の担当だった恩師との出会いがきっかけです。その先生は、昔の電通の鬼十則を体現してきたような生粋のクリエイター。学生たちに対しても容赦のない、すごく厳しい先生でした。

 普通の先生だと、例えば「学生なんだし、ゆっくりでいいよ」と言ってくれたりしますよね。でもその先生はまるで逆。相手が学生だろうと、100%でぶつかってきてくれる。駄目なものは、駄目。かなり厳しい叱咤激励が飛んできます。あまりの厳しさに、泣いて逃げてしまった人もいました。授業も、最初は300人くらいいたはずなのに、残ったのはたったの50人。私はその残った50人のうちの1人でした。

 私にとって、その先生との出会いは衝撃でした。それまでは、正解のある問題を解いてそのスコアで評価をされたり、あるいは誰か評価を下す立場の人に気に入られるような結果を出す、などゴールが明確にありました。でもその先生からまず言われたのは、「設定されたゴールなんかないんだ。まずそれを自分の中に見つけろ」ということ。先生は、"正解を言おう"とか、"褒めてもらおう"とする生徒に対し、いつも真正面から一刀両断でした。

 私はそこで初めて、「そうか。これまで"誰かの答え"のために頑張ってきたけど、自分の中に答えを見出さなきゃいけないんだ」と思えるようになりました。それは、頭を棒でバーンと殴られたような衝撃でした。


ー先生に言われたことで、印象に残っているものはありますか?

田中 毎週、授業を早々に終わらせて京都の街で飲んでは、生徒1人1人に対してフィードバック会のようなものが開催されていました。そこで、「お前は、人生で何を成し遂げたいの?」と聞かれました。
 
「まだはっきりしていないですが、世界を平和にしたいと思って」とかふわっとしたことを言うと、「それ、本気で人生で成し遂げようと思ってるの?」「自分が不幸になったとしても、世界が平和だったらいいってこと?」とかどんどん質問が飛んでくる。でも当時はそれにうまく答えられなくて。毎回「悔しい!」と、テーブルの下で手を震わせながら先生に向かっていく。そんなことを半年間、毎週繰り返していました。


ー当時の"悔しい”経験は、今の美咲さんのあり方にどんな影響を与えてくれているのでしょうか。

田中 先生がずっと投げかけ続けてくれていた問いや、美しさに対する基準が、今も自分のコアの部分を支えてくれていると思います。

「甘えてないか」「手を抜いていないか」「それは本気なのか」「命を懸けているか」

 何かを中途半端にやることは、本当に"美しくない"ことなんだと。そういった物事への真摯な向き合い方を、先生から学ばせていただけたなと感じています。



▽美咲さんのインタビュー後編はこちら!

▽SOLIT!のバンクーバー・ファッション・ウィークへの挑戦はこちらから!



インタビュー:SOLIT株式会社 代表 田中 美咲さん
写真:SOLIT!公式サイトより
文:谷本 明夢

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