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その瞬間に、自分たちが動くことで残せる「市民の記憶」がある。 - 熊本地震後にメディアから独立したディレクター兼音声マンが思うまちに関わるクリエイターの担える役割 -

2022年7月14日、世界三大デザイン賞のひとつiF DESIGN AWARDで最高賞のGOLDを受賞されたSOLIT株式会社の代表取締役の田中美咲さんをお招きし、ドイツで開催された授賞式ドキュメンタリーのお披露目と、トークイベントがBRIDGE KUMAMOTOさんとの共同企画で行われました。

▽イベントの様子はこちら by BRIDGE KUMAMOTOさん

▽オールインクルーシブファッション「SOLIT!」


このドキュメンタリーは、同じ金賞にはAppleやISSEY MIYAKEなどの大手が並ぶ中、設立から2年経たずで世界最高峰のレベルに到達したこの快挙を知ったHub.craftの代表・山下史(ふひと)が、Tiwtterで「取材させてください!」と直談判し実現。ドイツでの取材をHubの若手映像作家・松田拓真に託し、この"奇跡の軌跡"を1本のドキュメンタリー作品にさせていただきました。


▽「SOLIT! 明日に差す光 / SOLIT! A Bright light of hope」


今回のnoteでは、いち早く彼女の密着取材を申し込み、会社の若手をドイツへと送り出した我らが代表・山下史へのインタビューを通して、イベントでも明かされなかった制作側の想いをお伝えしたいと思います。

・なぜ自費を出してでも取材に行かせたいと思ったのか?
・まちで生きるクリエイターを束ねる立場として感じている「役割」とは?
・まちに必要とされるクリエイターとしての生き方とは?
・価値をどう残し、次の世代へと伝えていくのか?


そこには熊本地震後にメディアから独立し、Hub.craftを立ち上げた代表の想いがありました。



「この事実は残すべきだ」と感じたら即断即決

ー田中美咲さんとはどのようなご関係だったんでしょうか?

山下史さん(以下山下)「田中美咲さんは、今回のイベントを一緒に企画させてもらった佐藤かつあきさんと一緒にBRIDGE KUMAMOTOという団体を立ち上げられて理事もされているんですが、そのBRIDGE KUMAMOTOの活動を通して彼女を知りまして、当時やられていた『防災ガール』という活動など、すごく興味を持ちました。

でもなかなかお会いできる機会もなくて、数年間SNS上でコミュニケーションをとらせていただいていたんです。そこから2年前にSOLIT!を立ち上げられたあとに熊本でイベントをされる機会があって、その時に事務所まで遊びにきてくださって、やっと初めてお会いできました。」

今回のSOLIT!のiF DESIGN AWARD受賞の知らせを聞いて、すぐにTwitterで美咲さんに取材させてください!と申し込んだというお話でしたが、その時の状況や山下さんの気持ちなども教えてください。

山下「2022年に開催されたくまもと地球会議というイベントのお手伝いをさせていただいていた時に、SDGsに取り組む女性若手起業家として、美咲さんにコメントをお願いしたことがあるんです。その時のコメントが本当に素晴らしくて、僕もすごくその取り組みと彼女の思想に感服してしまったんですね。iF DESIGN AWARD受賞のニュースと、ドイツで開催される授賞式にお一人で行かれるという情報が入ってきたのはまさにその直後で、

"日本から女性起業家として、田中美咲さんという方が世界的なiF DESIGN AWARDの授賞式のためにドイツに行かれるというのに、誰も取材で同行がない。これは社会の損失になってしまう。メディア出身の自分としては見過ごせない。"

と強く思い、すぐに美咲さんに連絡をさせていただきました。

日程を聞いてみたらHubの若手で英語も話せる松田拓真というメンバーが空いているということで、すぐに美咲さんに『取材費用は頂かないので、うちのクルーを同席させていただいてもいいですか?』とお声がけしたところ、『いいんですか!?』と二つ返事で了承をいただき、今回の取材が実現しました。」


ー本当に貴重でかつこれからの世代のみなさんに伝えたい瞬間ですよね。とはいえ、海外の自費取材となると簡単では無いかなと思うのですが、今回取材を敢行するにあたってどのようなことが後押しになりましたか?

山下「Hub.craftは行政関係のお仕事が7-8割で、作品を実績としてウェブに掲載できないものも多いんです。そうするとHubってどんなことできるの?っていうのが見えにくい。自社で実現できることを自主制作作品として残しておくというのは、会社としても大切なミッションだったので、今回は貴重な受賞の記録を残すという大役と、さらに海外での取材を敢行できるという点も合わせて貴重な機会だと判断して、未来ある若者をドイツへ送り出しました。」



きっかけは熊本地震
メディア時代に感じた「記録」の公平性と公共性への違和感


ー今回のSOLIT!の授賞式ドキュメンタリー作品以外にも、"これは残すべきだ"と感じて自主制作した作品などはありますか?

山下「僕には小学生の娘がいるんですが、娘の小学校に戦時中に空襲を受けて、焼夷弾の跡まで残っている校舎があったんです。その校舎が老朽化が激しく、建築上の安全性のために立て直さなければいけなくなって、じゃあ取り壊されてしまうその旧校舎の記録は何らかの形で残るのだろうか?と思って校長先生に聞いてみたところ写真くらいしか残らないと。

いやそれは勿体ないです、これは学校だけではなくて地区としての資産だから。僕が保護者として解体現場に入らせていただけるなら僕たちが映像で全部残します』と言って、かれこれ3年ほど毎月うちのカメラマンさんを自分で雇って連れて行って記録し続けていたりしますね。」


ーなぜそんなに「記録を残す」ということに対して自分ごと化して行動に移すことができるのでしょうか?

山下「熊本地震を経験したことは大きいです。熊本地震の時に、誰にも気づかれずに壊されてしまう建物や、知らないうちになくなってしまうものなどがたくさんあって、何であれいつの間になくなったんですか?と聞いたら、傷んでしまっていたのですぐに取り壊した、と言う。それは市民の資産ですよね、誰の民意をとったんですか?と感じることがあり、失われてしまうものをせめて映像で記録に残さなくてはと思うようになりました。

『今自分が動くことで残せるものを』

2014年に撮影した『HAPPY"JAPAN KUMAMOTO"』にも今ではもうなくなってしまった場所、亡くなってしまった人などが映っていて、そういうのを実感するたびに、今お金がないからとか時間がないからっていう言い訳はしたくないなと。

さらに震災当時の2016年は僕はまだメディアに所属していたんですが、メディアの取材のあり方に対しても違和感がありました。ひとつは残る情報に取材者であったっり編集であったりのフィルターがかかったり、取材のタイミングが合う合わないの偶然性などにより取りこぼされてしまう記録があるということもうひとつはメディアが持っている記録の著作権はメディアにあり、市民の財産にならないっていうことです。僕がいたメディアはもうすぐ開局70周年を迎え、アーカイブ室にはその70年の記録が残っているわけですが、その記録は市民のものにはなりえないんですよ。

そこに違和感を感じたのがきっかけで、当時自己発信はメディアになりうると感じ始めていたこともあり、独立してHub.craftを作りました。」


ーHub.craftは一企業でありながら、まちや県の財産を残すという役割を担っているんですね。

山下「そういう意識はありますね。今でも僕たちが残さなければ残らない市や県の財産となる記録があるならば動くこともありますし、行政さんと仕事をさせていただくときなどには、僕たちは撮影した素材をそのままお渡しして、自由に使ってくださいと伝えています。

通常クリエイターに作品作りを頼むと、完成品しか納品されず、元データは渡されません。すると例えばその一部を切り取って別の資料として使ったり、テレビの取材で参考映像として流すといった二次利用ができない場合がほとんどです。

二次利用についてはさまざまな立場があると思いますが、僕たちは自分たちが撮った映像をより多くの人にとっての財産としてもらえるようにと思っています。まちにとって必要だと思う映像を残す、というのもそうですが、メディアの立場ではできなかったことを今やっている感覚はありますね。」


「残す」だけでなく、
さらに価値を「広め、伝える」ためにできること


ー今回のSOLIT!さんの受賞ドキュメンタリー制作に関しては、「残す」だけでなくそれをさらに伝えるためにどのような企画をされたのでしょうか?

山下「今回、ドキュメンタリーの完成に合わせて田中美咲さんが熊本に来てくださることになり、せっかく来てくださる機会を最大限活かせるように彼女の滞在スケジュールに合わせてお披露目のトークイベントの企画と、学生向けのイベントを企画しました。

トークイベントは、別で関わっていた熊本城ホール開業記念事業の1年365組企画と掛け合わせ、熊本城ホールエントランスロビーにてオフラインとオンラインで開催。

さらにやはり彼女のような女性若手起業家が世界的功績を残したということがさらに若い子たちにとって刺激のある貴重な事例だと感じたので、知人が講師を務めるデザイン学校に話をしてみたところ、直前だったにも関わらず是非にとお受けいただき、たくさんの方に参加いただくことができました。

こちらはオフラインのみでのイベントだったため、より突っ込んだ話まですることができ、学生さんたちの議論も盛り上がってとても良かったですね。

今回、うちの若手の松田に撮影に行かせたこともそうですが、次の世代にこうやってバトンが渡されていくことはやっぱり大事ですよね。価値ある経験や財産を、残すだけではなくて次の世代に伝えていくことをこれからも大切にしていきたいと思います。」


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普段から積極的にSNSでも自分の足でもさまざまなヒト・モノ・コトに自ら絡んでいきながら、そこで必要とされていることは何だろう、こんなことができたら面白そうだな、と常に思考をめぐらせている山下さん。そのフットワークの軽さとコミュニケーション力にいつも脱帽していたのですが、その根っこのところにある熊本震災からの「失われてしまう、価値あるものの記録をちゃんと残したい」という想いに触れ、そういうことだったのか・・!とさらに熊本でHub.craftが担っていきたい役割を深く知ることができたインタビューになりました。

そして、そんな山下さんの想いものせて誕生したSOLIT!さんのiF DESIGN AWARDの授賞式のドキュメンタリーも、本当に想いに溢れた、勇気をもらえる素晴らしい作品となっております!これからの未来を切り拓かんとする一人でも多くの方にみていただきたけたらと思っております。

最後に、あらためて田中美咲さん、本当に受賞おめでとうございました!
これからもHub.craftは誰かのために頑張るみなさまを応援してまいります!

ドキュメンタリー、ぜひご覧ください!

▽「SOLIT! 明日に差す光 / SOLIT! A Bright light of hope」


▽イベントの様子はこちら
「田中美咲さん、ドイツ最高峰のデザインアワードの頂点に立って一体何が見えたんですか?」~熊本在住の映像作家がドイツで行われた授賞式に密着したショートフィルムを公開〜



インタビュー・写真:山下史(Hub.craft)
ドキュメンタリー制作:松田拓真(Hub.craft)
文:谷本 明夢

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