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ドラマ『琅琊榜』で習いたかった中国語~第十一集①

サブタイトル「恩師」。
第十集は皇帝の弟である紀王が、吏部尚書の息子・何文新が妓館で殺人を犯したのを自分の目で見たと言い出したところで終わっていた。

打死人了

紀王の回想シーンになり、ちょうど殺人が起きたその時紀王も同じ楊柳心という妓館に紀王も来ていたのだった。騒ぎを聞いて自分がいた部屋から出て、ちょうど通りかかった男に何事か聞き、殺人が起きたと知った紀王の返答から見ていこう。

打死人了
ー殺された?

琅琊榜~麒麟の才子、風雲起こす~第11話
紀王

第三集①でも出てきた「打死」は「打ち殺す/打たれて死んだ」という意味である。実際に何文新は、店にあった調度品を頭に打ち降ろして死なせてしまっている。また「殺す」という意味なのに「死ぬ」という漢字を使っていることが、日本人の感覚では不思議だが、動詞+「死」で「~して死ぬ/~して殺す」というどちらの意味にもなる。

第三集の時は宦官が庭生を「打ち殺す」と言っていたが、今回の紀王の場合は、「打たれて死んだ」の方になる。「打死」の後ろに目的語の「人」が来て、文末に状態の変化を表す「了」が来て、人が死んだ状態に変化したことを表す。

中国語と日本語の文法の違いで、目的語の「人」を訳出しようとすると主語のようになってしまう。紀王のセリフとしては、「(人が)殺された?」という感じで、重要なのは「人」ではなく「殺された」の状況の方である。字幕に「人」がない方が日本語としても自然だと思う。

何文新是救不下来了

長年の腹心である吏部尚書の何敬中の頼みで、息子の何文新の事件を刑部に指示して便宜を図っていた誉王だったが、滑族を率いる謀士の秦般弱から殺人の現場に叔父にあたる紀王がいたことを聞いた。

紀王から父親の皇帝にこの件を知られると、刑部に事件の審理を遅らせていたことが裏目に出ると秦般弱が指摘して、次のように告げた。

何文新是救不下来了
ー何文新に守る価値はないかと

琅琊榜~麒麟の才子、風雲起こす~第11話
秦般弱

「何文新」の直後にある「是」は文全体の強調と思われる。あえて訳出するなら文脈次第で「たしかに」「間違いなく」「まったく」になるだろうか。「救不下来」はおそらく方向補語「下来」を使った可能補語になる。

「救」は「救う」「助ける」、「下来」はある結果が安定して残ることを意味する方向補語である。基本的な意味は話し手の方へ上から下に向かってくるニュアンスだが、意味が広がって落ち着くニュアンスも意味するようだ。動詞+不+方向補語の形が可能補語の一種である。

「救下来」だと「救えた」という落ち着いた状態になることだが、間に「不」が入って、可能補語のかたちになり「救って落ち着いた状態にらない」、つまり字幕のように誉王にとって救う価値がないとしたのではないだろうか。可能補語は難しいけど面白い。文末に状態の変化を表す「了」がつき、救う価値が「なくなった」ニュアンスが添えられている。

この「救不下来」の解釈はちょっと自信がないので、そのうちきちんと確認しなければ。 

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