誰もみてないみたいな はなし

(写真:直島 Apron Kitchenにて)

日本は瀬戸内海に浮かぶ直島にて、スコーンのおいしい、素敵なあたたかいカフェで朝ごはんをいただきました。

開店間もなかったので、自分たち以外にお客さんはいなくて、ゆるりとした空間。そんな中、ついたテーブルに一枚フライヤーが無造作においてありました。

惹かれたのは、「牧師」という言葉が目に入ったから。この国、この島でも、私が信じるものを共有できる人や場所が存在するのかもしれないとひそかな期待があったから。

フライヤーをよく見てみると、詩が。

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「誰も見ていないみたいに、踊って」

どこかの牧師が書いたそんな言葉を以前、アメリカのスーパーで見かけた。その一文は心のどこかにすっと、静かに沈み、美しい景色となってずっと、わたしの中に存在しました。夢中で踊る誰かの姿とともに、いつしか、「踊る」という動詞は、わたしにとって、生き生きと生きることの、象徴になりました。

わたしは、ひかりを集めたい。戦い争い傷つけ合うこと。不安や恐怖や絶望。それらに抗うかわりに、わたしはひかりを粛々と集めたい。わたしの、あなたの、彼らの、生きる日々にこぼれる、ひかり。はかなく、強く、おだやかに、鋭く。それらを余すところなく拾い、積み上げることは、わたしにとって、強い祈りのようなものです。歌が作れないから、歌の代わりに。踊るみたいに。

拾い集めたひかりの粒はやがて、わたしの手を遠く離れ、それぞれが呼応し合って、明るさを増してゆく。ひかりに包まれたひとびとは、抱き合って許し合い、恐れは消えてゆく。そこは、助け合い、分け合い、愛し合うひとびとの世界。そこからもう、焦点を離さない。そう、決めました。

ね、誰もみてないみたいに、踊って。

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中川正子さんという写真家の方のフライヤーのようで、「誰も見ていないみたいに、踊って」からとって展覧会の名前はダレオド。

タイトルだけ見たとき、Mark Twainの"Dance like nobody's watching; love like you've never been hurt. Sing like nobody's listening; live like it's heaven on earth."が思い出されました。

全部読んだとき、最初に湧き上がった感情は、
「これを英訳したい!」

文章の、「祈り」「ひかり」「許し」という言葉が自分に呼応してなんだか嬉しかったから。

昔は人前で何かをすることが好きだったのに、脚光を浴びることがこわくなったのはいつからだろう。

人と話したくない、外に出るのがこわいという波が突然きて、部屋に1日閉じこもってじっとする日が増えたのはいつからだろう。

誰もみてないみたいに、していればいいのに。

この中川正子さんという素敵な写真家の方の文章には、僭越ながら何か自分と共鳴するところがあって、どんな方なんだろうと思わず調べてしまった。

他の記事で書いていらっしゃることもよくわかるし、バックグラウンドも自分とちょっと似ていたり。何より、きっとそうじゃないのに、自分と同じfaithをお持ちの方という感覚が拭えない。不思議。

こっそり、素敵な出会いができました。

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