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快楽の多層構造理論 ~「かぐや様」で考えるゲームデザイン~

本noteは、Board Game Design Advent Calendar 2022の12日目の記事です。

はじめましての方ははじめまして。そうでない方は1年ぶり3ヶ月ぶり50日ぶりかでしょうか。符亀と申します。

去年に続いて、今年もBoard Game Design Advent Calendarで記事を書かせていただきます。去年はなぜか文章術の記事を書きましたが、今年はちゃんとボードゲームのゲームデザインについての記事です。具体的には、ゲームシステムの着想にもそのアイデアの洗練にも使える、あるテンプレートを提供したいと考えています。

それはさておき、本日から1週間後の2022年12月19日は、人気ラブコメ漫画「かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」(以下「かぐや様」と略記します) 最終巻の発売日です。私もファンであり、単行本派のためにまだ最終話を読んでいないこともあって、1週間後が楽しみです。というわけで今回、本noteでは、「かぐや様」の面白さの分析を試みようと思います。

本noteは、Board Game Design Advent Calendar 2022の記事です。(念押し)


・「かぐや様」の面白さの構造を分析する

「かぐや様」は、「恋愛は告白した方が負けなのである」をキーフレーズとする、なんとか相手に告白させようと頭脳戦を仕掛けては空回る2人を中心としたラブコメです。まあこのnoteは「ボードゲームのゲームデザインについての記事」なので、ここからは作品自体というよりもその面白さを生み出すメカニクスについて述べたいと思います。早い話が、「かぐや様」をどうパクるかという話です。完結記念にやる話か?

5年かけてポンコツに丸くなった四宮かぐや様 (書影は版元ドットコムさんより)

結論から申し上げると、「かぐや様」の構造としての面白さは、「いろんな気持ちよさが異なるタイムスケールで何度も襲いかかってくること」にあると思っております。私は、これを「快楽の多層構造」と呼んでおります。

この説を掘り下げる前に、前提となる話をさせてください。先程当然のように「気持ちよさ」や「快楽」と書きましたが、これについてのお話です。とはいえ、本noteにて厳密にこれらの定義はしません。論じだすと少なくとも論文クラスの仕事になりますし、多分皆様もそれは求めていないでしょう。「かわいい」「かっこいい」「感動する」「笑える」「興味深い」「憧れる」「ホッとする」などのいい気分を表す、フワッとした単語として捉えてくださるとありがたいです。なお、脳内麻薬などで脳をシェイクする系のものは今回触れません。

ここで重要なのが、「気持ちよさ」には「大きさ」と「時間」という2つのパラメーターが設定できるということです。大きさの方は、「オッと思っていいねしたら忘れる」から「一生推す覚悟を決める」まで様々であり、単位付きの値で表すのは無理でも大小が存在することは無批判に受け入れてくださるかと思います。一方で、時間の方はイメージしにくいかもしれません。本noteでは、これを「その感情が引き起こされるまでにかかる準備時間」として定義します。例えば、見た目に対する「かわいい」という感情は、パッと見で「君かわいいねえ!」と感じられる、瞬間的な気持ちよさです。それに比べて、初対面の人に対して0秒で「君かわいいとこあるねえ!」とは思えないように、内面の「かわいさ」を感じ取るには時間がかかります。それでも、その人の人生や行動哲学を知ってようやく得られる「感動した」に比べれば、内面の「かわいさ」に必要な準備時間はまだ短い方だと言えるでしょう。

そして本noteでは、「気持ちよさは、それを味わうために必要な時間と効果量がほぼ比例する」という説を提唱します。難しそうな表現になりましたが、見た目の「かわいい」より内面の「かわいい」が強く、「感動した」はさらに強いというだけの話です。顔がいいだけでなく、内面に魅力を感じ生き様に感動してこそ、その人を一生推す覚悟ができるよねという話です。

じゃあとにかく強い気持ちよさを引き起こそうと、エンタメはみな全米を泣かせにいけばいいのでしょうか。もちろんそんなことはありません。なぜなら、強力な「気持ちよさ」のためには準備時間が必要で、その準備時間中はなんの「気持ちよさ」もない虚無タイムが発生してしまうからです。たとえその人の生き様が感動的であろうと、興味のない人の伝説を1時間語られても、涙より先にパンチが出ることでしょう。

ここまでをまとめたいと思います。

「気持ちよさ」には「時間」という概念があり、気持ちよくなるまでの時間が長いほど気持ちよくなれるものの、なんの味もしない時間が生じてしまうことによる消費者の離脱が懸念される。

ここまで書くと、「かぐや様」の「快楽の多層構造」の強みがわかるのではないでしょうか。まず「かぐや様」のキャラはかわいく、漫画を読む前からパッと見でわかる「瞬間的快楽」を備えています。次にギャグが面白いため、読みさえすればそのコマだけでわかる「短期的快楽」も備わっています。そして何より、「かぐや様」は天丼 (同じギャグを繰り返す手法) や伏線回収により各描写をつなぎ合わせる技術がうまく、1話〜単行本1巻を通して味わえる「中期的快楽」も備わっています。最後に、こうして読み進めるうちに愛着が湧いてきたキャラが巻を重ねるごとに成長して関係性を変えていく「長期的快楽」も備わっています。この「快楽の多層構造」により、より長期の快楽への準備期間は短期の快楽で楽しませ、短期の快楽だけでは爆発力が足りないところを長期の快楽で補う、隙のない布陣が完成しているのです。

「瞬間的快楽」パッと見でわかる快楽 → キャラのかわいさ
「短期的快楽」秒単位で味わう快楽 → ギャグの面白さ
「中期的快楽」分単位で味わう快楽 → 天丼、伏線
「長期的快楽」時間単位で味わう快楽 → キャラの成長、関係性変化

5年かけて「瞬間的快楽」を増した四宮かぐや様 (書影は版元ドットコムさんより)

なお、この多層構造は「かぐや様」のみのものではありません。例えば今放送中のアニメ「ぼっち・ざ・ろっく」でも、「キャラのかわいさ・顔芸ギャグの火力・主題歌の良さ・ぼっちだった主人公が仲間を得る成長ストーリー」というふうに、各快楽を分類できます。そのうえ「鬼滅の刃」同様に、主人公が (他人と話せない分) モノローグで考えも文脈も全部しゃべってくれて、話がわかりやすいです。「ぼっち・ざ・ろっく=かぐや様×鬼滅の刃」。以上余談終わり。


・ボードゲームの話をしろ

この「快楽の多層構造」の考え方は普遍的なものであり、漫画やアニメに限ったものではありません。2400文字ぶりにボードゲームの話をしましょう。

まず、ボードゲームデザインの話でしばし見られる「ビジュアルとシステム」の二項対立についてです。「見た目はいいクソゲーVSしょぼい見た目の神ゲー」みたいな話ですね。「快楽の多層構造」からすると、この対立自体が誤りです。なぜなら、ビジュアルは「瞬間的快楽」を担当し、システムはそれ以外を担当するので、どっちを取るかという選択にならないからです。どっちかを捨てている時点でクソゲーなのです。今すごい勢いで自分 (ビジュアル軽視勢) にブーメランが刺さっているので許してください。

また、ボードゲームでありがちな面白くないパターンの解決策も、「快楽の多層構造」が提示してくれます。例えば「ずっとやってることが同じ」問題 (今すごい勢いで自分にブーメランが(略)) を解決したければ、毎ターンやることという「短期的快楽」に「中期的快楽」の観点から別の意味を与える、そもそも別システムや最終目標という「長期的快楽」を与えてしまう、といった方法が考えられます。また、「最後まで遊べば面白いんだけどね」問題 (今すごい勢いで(略)) に対しては、「短期的快楽」不足なのでそこを補充すればいいのだろうと予測を立てられます。あくまでこれらは目安に過ぎませんが、少なくともどこから手をつけていいのかわからず迷走するのは防いでくれます。

以上で、ボードゲームデザインに「快楽の多層構造」理論が使えるというのは示せたかと思います。次の章では、拙作をもとに、本理論をどう具体的に制作に用いるのかの一例を示したいと思います。


・短期的バッティングと長期的デッキ構築を組み合わせた「ツミカブリ」

ツミカブリ」は、2019年に「かぐや様」をパクろうとして制作した、ボードゲーム版「かぐや様」です。なお、ストーリー的には悪魔を集めるオークションのゲームです。は?

どこからどう見ても「かぐや様」

本作は毎ターン場に並ぶプレイ人数分のカードから1枚を獲得し、自分のデッキを強化していくゲームです。選ぶ前に手札から1枚を伏せておき、選んだカードがバッティング (他の人と被る) した場合は、そのカードを表にして数字が一番大きかった人だけが獲得します。獲得したカードはデッキに入るので、数字が大きいカードを手に入れてデッキを強化していくデッキ構築的要素があります。

ここまで読んでくださった方なら、このゲームから「短期的快楽」と「長期的快楽」を感じていただけるかと思います。バッティングという選択が「せーの」で答え合わせされるまでの秒単位の楽しさと、ゲーム全体を通じて自分のデッキ作りの結果が明らかになる20〜30分単位の面白さを、本ゲームは兼ね備えています。少なくとも、理論上は気持ちいいはずです。

しかし、これだけではその間、「中期的快楽」が足りません。「同じことを繰り返してたらなんか決着がついていた」という、消化不良な体験になってしまうでしょう。

それを補うのが、「一部のカードには特殊能力があり、それを使えるのは『そのカードを伏せたターンに誰かと被った場合のみ』である」というルールです。特殊能力を発動しないと勝てないようなバランスなので、能力を使うために被りたい人・弱いカードを伏せつつもカードは獲得したいから被りたくない人・こいつらを邪魔したい人、が同時に存在します。おかげで「タイミングによって被りたかったり被りたくなかったりする」ため、「短期的快楽」の文脈が変わり続けるという「中期的快楽」が生じます。

さらに「瞬間的快楽」を担保するため、人型もモンスターも作画ができてTCG系のお仕事経験もあるイラストレーターさんを探し、ジゼロさんにキャラクターデザインとイラストをお願いしました。本当に素晴らしい仕事をしていただき、かっこいいもキレイもかわいいも備えた最高の「瞬間的快楽」を提供してくださりました。この高クオリティなイラストのおかげで「カッコいいカードを集めたい」という欲求も生じて、「短期的快楽」の方もより高められています。

こうして「キャラの見た目がいい→毎ターンにバッティングで盛り上がる→このターンはバッティングすべきかしないべきか考える→自分だけのデッキが出来上がっていく」という「快楽の多層構造」を実現し、「ツミカブリ」は「かぐや様」になったのです。いやなってはねえよ。


・実際にやってみるために

最後に、「快楽の多層構造」理論をボードゲーム制作に使うためのポイントを紹介します。これで君も快楽マスターだ!なんか変態っぽくてやだな!!

まず、最初は「長期的快楽」を決めるところから始めるのがいいでしょう。理由は、まずゲーム全体でプレイヤーが何を目指すのかを決める方が、諸々の方針が立ちやすいからです。特に、ここを決めないと「短期的」「中期的」がどれぐらいの時間区分を指すのかが決まらないはずなので、「俺は各プレイヤーが自分のターンを順番に10回ぐらいずつ繰り返すゲームしか作らないぜ!」という人以外は「長期的快楽」スタートがいいでしょう。また、「長期的快楽」には名前がついたメカニクスを使えることが多く、「デッキ構築作りたい」などの独自性ゼロからでも考え始められる利点もあります。

次に、「長期的快楽」内で最小の区切りを考えます。それが「短期的快楽」の「短期」になります。ここは出来るだけ細かい方がよく、「1ターン」よりも「1枚カードを出す」とか「コマを1つ置く」とか「1マス動かす」とかの方が、すぐに気持ちよくなれるのでGoodです。「ドミニオン」でいうならば、「金貨を生む」のは1ターン全部終わって買い物をするタイミングで実感できる気持ちよさなので遅く、その瞬間に山札の1枚をめくるギャンブルが楽しめる「カードを引く」の方が良い「短期的快楽」です。ここは気持ちよさの最低保証みたいな部分なので、手前みそですが「サイクリアン」の「カードを置くと線路がつながる」みたいなショボいもので構いません。気持ちよさがあること、その準備時間が短いことが重要です。

少し脱線しますが、「ツミカブリ」はこの区切り自体を変えた例、つまりは各プレイヤーが何枚もカードを使って順番に行うはずの手番を全員1枚出して1枚選ぶだけの同時手番に変えた例であり、結構テクニカルなことをしています。1ターンという区切りを細分化するのではなく、区切り自体をコンパクトにしてしまった例ですね。今気づきました。

さてあとは「中期的快楽」だけですが、これを考える際にオススメなのが、「『短期的快楽』に『長期的快楽』から見た際の意味をつけてあげる」ことです。例えば「ツミカブリ」ですと、「バッティングしたらデッキ構築的にどううれしいの?」の答えになるもの (バッティングしたら発動して有利になる効果) を作るのが、これにあたります。ただここで難しいのが、「ただ『短期的快楽』を求め続けるゲームになる」と、「中期的快楽」が「短期的快楽」の集合体になってしまうことです。すると富める者がより富むだけの展開になって逆転が起こらない序盤ゲーになってしまいますし、体験が単調になるので「快楽の多層構造」を導入した意味もなくなります。対策としては、バッティングするしないのどっちがうれしいのかが毎回変わる「ツミカブリ」のように「『短期的快楽』を得る条件が変わる」、前半はお金のため後半は点数のためにカードを使う「ドミニオン」のように「『短期的快楽』の報酬が変わる」などが挙げられるでしょう。

あ、「瞬間的快楽」はいいイラストレーターさん探してリスペクトとお金を提供するしかないと思いますよ。


・まとめ

気持ちよさにはそれを得るための準備時間が存在し、それが長いほど気持ちよさは大きくなるものの、快感がなく耐えるだけの時間が延びる。

このジレンマは、準備時間の異なる気持ちよさを複数組み合わせることで解消できる。この組み合わせを、本noteでは「快楽の多層構造」と呼んだ。

「快楽の多層構造」は、「瞬間的快楽」「短期的快楽」「中期的快楽」「長期的快楽」の組み合わせで実現できる。

「瞬間的快楽」は、見た目の良さ。これも面白さの1つである。
「短期的快楽」は、秒単位の気持ちよさ。ちょっと嬉しくなるポイントを作ってあげる。
「中期的快楽」は、分単位の気持ちよさ。単に「短期的快楽」を繰り返すのでなく、それを味変させながら「長期的快楽」へ繋いでいく、腕の見せ所。
「長期的快楽」は、コンテンツ全体を通しての気持ちよさ。考え始めるとっかかりとして使いやすい。時間をかけた甲斐があったと思わせる満足感が大事。

「かぐや様」は面白い。


・参考文献

文章術、あるいはボードゲーム制作法
去年のnote。「中期的快楽」に、このnoteで提唱している「伏線」の面白さ (「短期的快楽」が意味を変えて再登場する) を盛り込めると、より面白くなるでしょう。また、こちらでも「ツミカブリ」のデザインについて触れています。気に入りすぎだろ。補足として読むには少し長いかもしれませんが。

かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」(本家コミックス)
買え。
かぐや様は告らせたい 同人版」(公式スピンオフ)
買え。
かぐや様を語りたい」(公式スピンオフ)
買え。
かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」(アニメ)
観ろ。(筆者未視聴)
かぐや様は告らせたい〜ファーストキッスは終わらない〜」(アニメ映画)
観たい。(12/17公開予定)
かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」(実写映画)
どっちでもいい。(筆者「ミニ」「ファイナル」未視聴)

ツミカブリ
買わなくていい。

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