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ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダーズ監督作品「PERFCT DAYS」を観て

主演、役所広司。
アカデミー賞関連さえ逃すも、カンヌ国際映画祭、男優賞を受賞。

東京渋谷のトイレ清掃員、平山は、早朝、目覚めると無駄のない順序で仕事場まで行き、修行僧のように丹念に公衆トイレを清掃する。仕事を終え、銭湯で一番風呂に入り、なじみの店で晩酌後は、アパートで読書に耽りそのまま就寝、また次の朝を迎える。一見、同じことの繰り返しのようだが、彼にとっては昨日見上げた木漏れ日と今日のそれとはまったくの別物であるといったように、毎日がまっさらに更新されていて全てが初体験となっている。
そんな、小さな池のような静かで淡々とした日常に、時折、数少ない知人が落とす小石が波紋を作る。言葉少なくそれらを受け止める彼の表情は逆に雄弁で、ときに微笑み、ときに困惑し、ときに切ない眼差しで心の裡を表す。感動的で新鮮で瑞々しい、いま、ここの瞬間が切り取られて集積され、美しい音楽とともに映像となって流れていく様はアート作品のように緻密で繊細だ。
中盤、過去を知る登場人物から彼の半生が如実にたちあらわれる。そこであっただろう葛藤や苦しみ、清貧の中に滲み出る品格の由来など、大いに想像を掻き立てられて一挙に物語が深まっていく。そんな彼の感情の起伏が、彼の人生そのものが、ラストシーンでは表情のみで走馬灯のように語られるのが圧巻で、役所広司の圧倒的な演技力に心震えて涙が出た。よい小説の、ラストに近づきページが残り少なくなってくると、もうこの人たちに会えなくなるのかと残念に思うように、この映画でも、このままずっと平山の日常を見ていたいのにと寂しくなった。

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