私たちが生きている「いま」、性犯罪と法律について知る

記事作成 工藤春香  編集協力 高橋ひかり


「ひととひと」第一回勉強会は「性犯罪と法律」という大きいテーマの中で発表者は各々の調べたことを発表した。

自分の発表のテーマや内容について述べる前に、私が「ひととひと」に参加することに決めた理由などを書いておこうと思う。

 無自覚な違和感

私は現在41歳、既婚、もうすぐ3歳になる子どもがいる。東京芸大の油画科を卒業してから現在まで、美術教育の仕事をしながら美術作家を続けてきた。生まれも育ちも東京である。

私が高校生の頃は、「女子高生ブーム」というのがあった。
女子高生の援助交際という名の売春や、彼女らの下着などを売るブルセラショップなどが社会問題として取り上げられていた。そして、テレビでは連日、そのような行為をする女子高生に対して興味本位な報道が行われた。コメンテーターは「嘆かわしい」と言う論調でありながら、彼女たちを性的消費する成人男性達に対する批判は少なかったように思う。

当時女子校に通う高校生だった私は、美術大学予備校に通うため新宿へ通っていた。そこで毎回、中年男性から「いくら?」と聞かれた。なぜ道を歩いている高校生が売春すると思うのだろう?高校生を当たり前のように売春婦と見なし、買おうとする「普通の」サラリーマンがたくさんいるというのは、異常だと思った。

通っていた女子校の文化祭はチケット制だった。不審者が学校に入らないようにする為である。私は当時、それについて、「そうか」としか思っていなかった。体育祭では、学校の高い塀を登って盗撮する人がいることが問題となっていた。帰宅する際、学校の周りに露出狂がいるのも「普通」だった。制服で混んでいる電車に乗ると、大体痴漢にあった。空いている電車でも、わざわざ隣に座ってきた人に太ももを触られたこともある。

東京芸大に入ると私のいた油画科の学年は60人中43人が女子だったが、教授や講師は全員男性だった。私は何も疑問に思わなかった。教授の中でセクハラをしている人もいたが、当時はその人個人がおかしいのだと思っていた。

大学を卒業し作家活動を始めてから、自分が思っていた以上に周囲から「女」として見られているということと、人間として生きてきた自分にギャップを感じ混乱した。自分は女という性別だが女ではない、どうしたら「女」になれるのだろう?世間の言う「女」と自分との乖離をどうしたらいいのかわからず絵画作品で表した。その作品を見た美術ジャーナリストに、新人作家の登竜門とされる展覧会に推薦された。そこからはあまり思い出したくないがその美術ジャーナリストに何度かセクハラを受けた。しかし当時20代だった私はそれをセクハラと認識できていなかった。不快ではあったが、どう受け止めていいのかわからず理解できていなかった。

 向かい合う決心

去年の冬、一緒に展覧会を企画したことのある作家仲間の内田百合香さんから「性被害当事者の展覧会をやりたい」との相談を受けた。私は内田さんの体験や他のメンバーの体験を聞き、「ついにこの時が来た」と感じた。私が向き合いたくなかったこと、薄々感じていたが明確にせず個人的な体験としていたことと向き合う時が来たのだと思った。そして、彼女たちより年長者である私がこの問題と向き合わずに来たことについて申し訳なく感じた。

性犯罪はセクハラも含め、社会構造の中で作られた価値観から生まれる犯罪である。自覚的であるか無自覚的であるかに関わらず、人は社会の中にすでにある価値観を自分の価値観として内面化していく。性被害を受け屈辱的な思いをしても「個人的な問題」として胸の中にしまっている人も多くいると思う。「私達は被害を受けてきたのだ」と自覚することは辛い。しかし、そこから始めなくてはいけないと思った。内田さん達と作った「ひととひと」ではこの問題を個人的な問題としてではなく社会の問題として捉え、そのような社会構造の成り立ちや、自分のいる美術業界の中にあるジェンダーギャップやフェミニズムについて勉強し、多くの人とその内容を共有し考えるところから始めたい。その活動の一つとして、メンバー各々が考えた社会構造の歪みや、個人の体験などを作品として形にし、鑑賞者とともに考える場として展覧会を行うことを決めた。


 テーマを決めるきっかけとなった無罪判決

その第一回目の勉強会の中で私は「性犯罪規定に係る刑法改正法案の概要と刑法の基礎知識について」と「名古屋地裁岡崎支部の判決文を読みそこから見える問題点について考える」をテーマとした。
この発表内容に決定した理由として、2019年現在における性犯罪に関する刑法の内容、被害者救済支援についての現状を把握したかったということ、そして2019年3月ごろから以下、4つの性犯罪に関する事件の判決が立て続けに下されたことにある。(2019.3.12 福岡地裁での準強制性交等罪、3.19 静岡地裁での強制性交等致傷等、3.26 名古屋地裁での準強制性交等、3.28 静岡地裁での強制性交等罪)これらの裁判ですべて無罪判決が下され、その判決内容について疑問を抱いていた。
 同年4月には、これらの判決内容を不服とする多くの人々が東京駅付近の行幸通りに集まり、花を身につけ性暴力を許さない意思表示をした。その意思表示に共鳴すると同時に、法において「何が罪となり何が罪とならないのか」を事解する必要性を感じた。また、そのためには2017年の「性犯罪に関する刑法改正」の内容と、先述した4つの「性犯罪に関する判決」との関係について考える為にも、まず知ることが不可欠だった。この発表を多くの人と共有することで、疑問を疑問のままで終わらせず、性暴力が犯罪として成立されないことが多々ある現状を打破するための具体的な行動への足がかりとなればと思っている。
発表当日は、犯罪被害発生時から裁判に至るまでの一連の流れと、刑法に関する基礎知識と用語解説などを行い、2017年の刑法改正に至るまでの社会的背景、そして改正法案の概要について解説を行った。本記事では、勉強会で発表した内容をダイジェストで記していく。

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 被害発生から裁判にいたる過程

被害発生から裁判に至るまでの過程は大まかに以下のような流れである。

1.警察に告訴または告発の届けを出すところから始まる(告訴における告訴権者は犯罪被害者や法定代理人等)。

2.受け取りは司法警察員であり、司法警察員は一通りの捜査を行い書類と証拠物を検察官に送付する。

3.事件を受理することにより、検察官による捜査が開始される。検察官は事件の被疑者や参考人などの関係者の取り調べを行い、供述や押収した証拠品等の客観的証拠を総合的に検討し事件の処理を行う。検察官は必要な捜査を遂げた後、公訴(注1)を提起する(起訴)か不起訴かを決める終局処分か、将来の終局処分を予想して行う暫定的な処分である中間処分かを行う。

4.起訴する場合、検察官は裁判所に対し起訴状を提出しなくてはいけない。起訴状を裁判所が受け取ると、刑事事件の裁判手続が開始され、被疑者は起訴されることにより被告人となって、裁判が開始される。

検察官が裁判所に対して公訴を提起し、特定の刑事事件について審判を求める意思表示を内容とする訴訟行為を起訴という。公訴の権限は検察官のみが有しており、一般人が起訴することはできない。この権限は検察官が独占しているので、司法警察職員等の他の機関が起訴することはできない。(注2)

 刑法に関する基礎知識について

刑法に関する基礎知識と用語解説では、まず罪刑法定主義について解説し、近代自由主義刑法の基本原則を知ることから始めた。告訴と告発の違い、親告罪、非親告罪について、そして犯罪が刑法上成立する時に最も重要といえる「構成要件」について時間を割いて話した。

「構成要件」とは

犯罪が成立するためには、ある行為がいずれかの構成要件に該当するとともに、構成要件に該当する行為が、違法で、かつ有責でなければならない。構成要件がどのような要素から成り立っているかについては、構成要件に関する考え方にもよるが、たとえば行為の主体、行為(実行行為)、結果、因果関係、行為の状況などの客観的要素のほか、故意・過失(構成要件的故意・過失)などの主観的要素を加える場合もある。いずれにせよ、構成要件は犯罪成立要件のうち、もっとも基本的なものであることには変わりはない。(注3)
例として、刑法第199条の殺人罪の構成要件は「人を殺した者」である。また、刑法第235条の窃盗罪の構成要件は「他人の財物を窃取した者」になる。このように、犯罪が成立するためにはその行為がいずれかの刑法の構成要件に該当する必要があるということを解説した。

性犯罪の処罰規定の改正が行われた背景

平成29年(2017)年3月7日の閣議決定を経て「刑法の一部を改正する法律案」が国会に提出された。改正法案は、刑法(明治40年法律第45号)制定以来110年ぶりに、「性犯罪に係る諸規定」を大きく改正するものだった。2017年の改正よりも以前に一部改正を加えられたものとして、昭和33年(1958年)の「輪姦形態による強姦罪等の非親告罪化」があったが、その後大きな改定はなく、平成16(2004)年に法定刑の有期刑の上限・下限ともに引上げがあり、集団強姦の罪が新設された。
この2004年の集団強姦罪・集団強姦致死傷罪の創設の背景には、早稲田大学公認のインカレサークル「スーパーフリー」の学生が組織的、計画的、常習的に女子学生に対して輪姦を行っていた事件があった。この事件は首都圏の名門大学の学生たちも多数加わっていたことで重大な社会的波紋を呼び、新たな刑法の創設につながった。被害者は数百人にものぼると言われるが、起訴されたのは3件の輪姦についてのみであり、関与した多くの者が未逮捕のままとなった。こうした実態と性犯罪の処罰規定のギャップが、刑法を改正へと導いたのである。また、第3次男女共同参画基本計画においても、女性に対するあらゆる暴力の根絶が重点分野の一つに掲げられ、平成27(2015)年度末までに実施する具体的方策として、強姦罪の見直し(非親告罪化、性交同意年齢の引上げ、構成要件の見直し等)等の性犯罪に関する罰則のあり方が検討された(注4)

 改正法案の概要解説

今回の改正法案の概要解説については主要な4項目を中心に解説した。4項目とは「性犯罪の非親告罪化」、「強姦罪の構成要件及び法定刑の見直し等」、「監護者わいせつ罪及び監護者性交罪等の新設」、「強盗強姦罪の構成要件の見直し等」である。

 性犯罪の非親告罪化

2017年の法改正前まで、第180条、第176条から第178条までの罪(強制わいせつ罪、強姦罪、準強制わいせつ罪及び準強姦罪)およびこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない親告罪であった。
告訴は告訴権者しか検察官等に対し犯罪者の処罰を求める意思表示ができないため、親告罪では捜査機関が単独で逮捕や捜査を進めることができなかった。しかし、今回の法改正によってこれらの罪が非親告罪化し、被害者などの告訴がなくても公訴を提起できる犯罪となった。

 旧強姦罪から強制性交罪へ

今回の改正で強姦罪と準強姦罪は罪名が変わり、構成要件及び法定刑の見直し等があった。一方で、内容については現在の性犯罪の実態と人権意識の変化に処罰規定が合うように変わった部分もあるが、性交同意年齢の引上げや暴行脅迫要件の緩和などは見送られた。(注5)

(旧)(強姦)
第177条暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
(新)(強制性交等)
第177条13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下性交等という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

 (旧)強姦罪(新)強制性交罪の構成要件と法定刑の引き上げについて

(旧法)
[罪名] 強姦罪 

[主体](加害)男性 

[客体](被害)自己の意思に反して性交等の対象となる13歳以上の女性 

[行為] 13歳以上の女性に対して暴行又は脅迫を用いて姦淫行為(性交)をする

旧法では客体(被害を受けた側)については、自己の意思に反して性交等の対象となる13歳以上の女性のみとし、男性に性交等を働いても強姦罪ではなく、強制わいせつ罪が適用されていた。これは行為の相手方である客体(被害を受けた側)が13歳未満の男性であっても同様であった。

(新法)

[罪名]強制性交罪 

[主体](加害)男性・女性 

[客体](被害)自己の意思に反して性交等の対象となる13歳以上の者であり男性・女性問わず 

[行為] 13歳以上の男性・女性問わず人に対して、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下性交等)をする


新法では客体(被害を受けた側)は「自己の意思に反して性交等の対象となる13歳以上の者であり男性・女性問わず」となった。対象となる行為は、「13歳以上の男性・女性問わず人に対して、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下性交等)をする」となっている。また、「暴行又は脅迫者と性交等の実施者が同じである必要はない」と追加された。

新法では主体、客体ともに男女が対象になったこと、また性交が性別、射精の有無を問わず、膣内、肛門内、口腔内に陰茎を入れる行為まで拡大したことが大きな変更点である。

 法定刑の引き上げ

(旧法)3年以上の有期懲役
(新法)5年以上の有期懲役

強制性交罪の構成要件は上記の他に、「故意の必要性」がある。故意の必要性とは罪を犯す意思をもっている、ということである。つまり、加害者が性交等について被害者の同意があると思いこんでいた場合には、強制性交等罪は成立しない。同意があったと主張する際には、それを裏付ける客観的な証拠が必要になる。また、13歳未満の者に対して性交等をしたときは、「暴行または脅迫」の有無を問わず強制性交等罪が成立する。

 旧準強姦罪から準強制性交罪へ

(旧法)

[罪名] 準強姦罪 

[主体](加害)男性 

[客体](被害)自己の意思に反して性交等の対象となる13歳以上の女性  [行為]13歳以上の女性に対して人の心神喪失や抵抗ができないことに乗じて、または暴力・脅迫によらずこれらの状態(抗拒不能)にして、性交等をする 

[法定刑]3年以上の有期懲役

(新法)

[罪名] 準強制性交罪 

[主体](加害)男性・女性 

[客体](被害)自己の意思に反して性交等の対象となる13歳以上の者であり男性・女性問わず 

[行為] 13歳以上の男性・女性問わず人に対して人の心神喪失や抵抗ができないことに乗じて、または暴力・脅迫によらずこれらの状態(抗拒不能)にして、性交、肛門性交又は口腔性交(以下性交等)をする

[法定刑]5年以上の有期懲役

準強制性交罪は名称に準がつくが強制性交罪と同一の法定刑である。

心神喪失」精神障害などによって自分の行為の結果について判断する能力を全く欠いている状態のことを言う。心神耗弱(注6)より重い症状で刑法上は処罰されない。

抗拒不能」刑法において、心神喪失ではなく身体的または心理的に抵抗することが著しく困難な状態である。例えば、手足を縛られている、酩酊している、高度の恐怖・驚愕(きょうがく)・錯誤に陥っているため、意思決定の自由を奪われている状態をいう。

このような状態となった13歳以上の者に対して性交等をする、ということが準強制性交罪の構成要件である。

 監護者わいせつ罪及び監護者性交罪等の新設に至るまで

[監護]とは
監督し保護することである。未成年の子に対しては、原則として親が監護権を有する(民法820条))
 

 監護する者の判断要素

・同居の有無 

・ 生活費の支出等の経済状況 

・ 居住場所の関係 

・ 未成年者に対する諸手続き等を行う状況

・未成年者に対する指導状況

法律上の監護権があっても実際に監護関係が認められない場合は「監護する者」にならない。逆に監護権のない者でも監護関係が認められる場合は「監護する者」となる。
旧法では親子等の監護者と被監護者の間で行われた姦淫が、たとえ被害者の意思に反して行われたものであっても、暴行又は脅迫の事実が認められない場合には、強姦罪ではなく量刑の軽い児童福祉法(昭和22年法律第164号)違反等で処分されている例が多くあった。

 新設された監護者わいせつ罪及び監護者性交罪等の内容

18歳未満の者(被監護者)に対して監護者にあたる者がわいせつな行為をした場合は「強制わいせつ罪」が、性交等をした場合は「強制性交罪」が適用されることになった。
これはわいせつな行為、性交等ともに暴行又は脅迫がなくても18歳未満の者(被監護者)に対して行った場合は「強制わいせつ罪」「強制性交罪」が適用されるという内容である。

これは、監護されている被害者が否応なく応じざるをえなかったケースや、性的虐待が常態化されていることにより被害者が「自分は被害者である」という認識ができなくなっていたというケースそして暴行又は脅迫を用いることなく心神喪失や抗拒不能に乗じたものでなくとも、不同意なわいせつ行為や性行為が行われたケースが存在し、これらが現行法の強姦罪(旧)、強制わいせつ罪に当たる行為と同様に悪質であり、同等の刑法が必要だと考えられるようになったためである。(注7)

  強盗強姦罪の構成要件の見直し等について
 
 第241条強盗強姦罪及び同致死罪が強盗・強制性交等致死罪に変更になり法定刑が統一された。

[旧法] 

強盗犯人が強姦をした場合=強盗強姦罪として無期又は7年以上の懲役(強盗罪5年以上の有期懲役、強姦罪3年以上の有期懲役に比して重い法定刑が規定されている)
強姦犯人が強盗をした場合=一般的な併合罪と処理され5年以上30年以下の懲役(第47条)

同じ機会に強盗と強姦の被害にあうという点で同一であるのに、刑法上の扱いが異なる点が問題であった。

[新法] 

同一機会になされた強盗行為と強姦行為の前後関係を問わず強盗強姦罪と同様の刑をもって処罰することとなった。(注8)

 集団強姦罪(第178条の2)等の廃止

強制性交罪及び同致死傷罪の法定刑の下限が引き上げられたため、2人以上が現場で共同して行う強制性交等については引き上げられた法定刑の範囲内で科刑が可能となり今回の法改正で廃止が決まった。(注9)

 改正が見送られた論点について

今回の改正では強制性交罪と準強制性交罪の性交同意年齢の引上げは見送りになったがその理由の一つとして監護者わいせつ罪及び監護者性交罪等の新設により、18歳未満の被害者に対する強制わいせつ又は性交等については暴行又は脅迫の立証がなされなくても一定の範囲で対応可能となるとの意見があった。
また暴行脅迫要件の緩和については、暴行脅迫要件の一般的な撤廃は、被害者の意思に反する行為であったことの証明を難しくし、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事法の原則との関係で問題が生じるおそれがあるとの意見をはじめ、改正に消極的な意見が多数を占めた。(注10)
 

 質疑応答で出た意見等

質疑応答では、強制性交罪、準強制性交罪の暴行脅迫要件の緩和についての反対意見で出た「疑わしきは被告人の利益に」の言葉についての質問があった。これは「疑わしきは罰せず」と同じ、裁判官側の立場からの言葉である。一方、訴訟当事者側から捉えるならばこれは「推定無罪」であり、「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」とする近代法の原則(注11)に通ずる言葉であるという話をした。
 
実際に告訴をしたが不起訴になった経験を持つメンバーからは、構成要件のハードルの高さについて意見が出た。これは、この後に全員で判決文を読み、内容を共有した名古屋地裁岡崎支部の判決でも感じたことだが、裁判官が原告(被害者側)が言った内容をほとんど認めていても、構成要件に当てはまらないと無罪になる、という厳しい現状がある。「日本では、構成要件が厳格に守られている」という発表者の考えに、発表を聞いたメンバーも同意していた。
 その内容をうけて、「同意なき性行為は犯罪」という考えに基づく法改正が諸外国で進んでいるという話が挙がり、日本の現状と、すでに暴行脅迫要件のない国ではどのような違いがあるのか、いくつかの諸外国の例を共有した。諸外国の法改正の内容については、今後の勉強会でもさらに深めていきたいと考えている。
 

また、監護者性交罪の新設については、監護者にあたる「現に監護する者」の範囲が教師、スポーツ指導者などは規制対象に含まれないこととなったが、これは現状の被害と合っていないのではないかという意見が出た。ほかにも、韓国の近代刑法における日本の影響について話が広がった。

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 発表を終えて

今回の発表で取り上げた内容は基本的な部分のみではあったが、性犯罪の刑法について調べてみると、刑法というものがいかに厳密にまた冤罪のないように作られているのかがわかった。直感や感覚的なものではなく、いかなる行為が犯罪とされ,これに対していかなる刑罰が科せられるかが,あらかじめ法律によって定められていなければならないという近代刑法の原則(注12)が人権を保障しているのも理解できた。
しかし、その法の中からこぼれてしまう、被害が認められていながら無罪になってしまうという事実があり、被害者の人権が救済されていない現状がある。
今後の課題として、強制性交罪の構成要件である暴行脅迫要件、準強制性交罪の構成要件である抗拒不能の認定、監護者わいせつ罪及び監護者性交罪等の「現に監護する者」の範囲の見直し、性交同意年齢の引き上げなど、具体的に変更を検討する必要がある部分が見えてきた。

一方の視点からではなく、見えにくいもう一方の視点からの風景も想像しながら自分の行動を進めていくこと、あらゆる人々にとっての安全の最大公約数を探していくためには、被害当事者だけでなく多くの人々を巻き込みながら進んでいかなくてはいけないと改めて感じた。今後の勉強会では、専門家の意見を聞きながら改善に向けてどのように動いていくか考えていきたい。



注1コトバンク「公訴」,出典 株式会社平凡社,世界大百科事典 第2版<https://kotobank.jp/word/%E5%85%AC%E8%A8%B4-62543>
注2法務省「刑事事件フローチャート」<http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji09.html>
注3 コトバンク「構成要件」,出典 小学館日本大百科全書(ニッポニカ)参照項目【犯罪】
<https://kotobank.jp/word/%E6%A7%8B%E6%88%90%E8%A6%81%E4%BB%B6-62495>
注4「 国立国会図書館調査と情報―ISSUE BRIEF―No.962(2017.5,22)性犯罪規定に係る刑法改正法案の概要 」<digidepo_10350891_po_0962.pdf>p.1
注5「 国立国会図書館調査と情報―ISSUE BRIEF―No.962(2017.5,22)性犯罪規定に係る刑法改正法案の概要」<digidepo_10350891_po_0962.pdf>p.10,11
注6 裁判所「裁判手続 刑事事件Q&A」<http://www.courts.go.jp/saiban/qa_keizi/qa_keizi_21/index.html>
注7 「国立国会図書館調査と情報―ISSUE BRIEF―No.962(2017.5,22)性犯罪規定に係る刑法改正法案の概要」<digidepo_10350891_po_0962.pdf>p.6,7
注8「国立国会図書館調査と情報―ISSUE BRIEF―No.962(2017.5,22)性犯罪規定に係る刑法改正法案の概要」<digidepo_10350891_po_0962.pdf>p.8,9
注9 「国立国会図書館調査と情報―ISSUE BRIEF―No.962(2017.5,22)性犯罪規定に係る刑法改正法案の概要」<digidepo_10350891_po_0962.pdf>p.5
注10「国立国会図書館調査と情報―ISSUE BRIEF―No.962(2017.5,22)性犯罪規定に係る刑法改正法案の概要」<digidepo_10350891_po_0962.pdf>p.11,12,13
注11 コトバンク「推定無罪」出典 小学館デジタル大辞泉<https://kotobank.jp/word/%E6%8E%A8%E5%AE%9A%E7%84%A1%E7%BD%AA-540047>
注12 コトバンク「罪刑法定主義」出典 株式会社平凡社百科事典マイペディア<https://kotobank.jp/word/%E7%BD%AA%E5%88%91%E6%B3%95%E5%AE%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9-67819>

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