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クロスノエシス『circle』を聴く話[20220411_outside]

はじめに

これからはじまるのは、2022年4月11日の夜、クロスノエシスの1stフルアルバム『circle』を手に入れ、それをはじめて聴くまでの感想文である。

いくつか断りを入れておきたい。ひとつは、この文のなかには『circle』に登場する曲のうち、ほんの一部だけしか登場しないということである。ディスクレビューのような性質の文ではないということは、あらかじめお伝えしておく。
そしてもうひとつ。この文のなかで、僕は『circle』を聴かない。『circle』という作品の中身については、ほんの一部しか言及しない。この感想文のほとんどは、タワーレコード渋谷店に向かい、リリースイベントで『circle』を手にして、自宅で一息ついて、さあ『circle』を聴くぞ、となるまでの僕の「体験」に費やされている。なにを言っているのかよくわからないかもしれないが、僕もよくわからないので安心して頂きたい。
また、「体験」について書くという性質上、内容は時系列順に進んでいく。途中で僕の思考が横道に逸れたときについては、この文も同じように逸れている。読みにくさについては、「体験」の再現という表現目的の副作用として、どうかご容赦頂きたい。
最後に、この「クロスノエシス『circle』を聴く話」には副読本を用意している。時系列としてはこの文の後、『circle』を聴いている最中のことが書かれている。必然的に収録内容のほぼすべてに言及するものになっているので、興味がある方は、ぜひそちらも読んでみて頂ければと思う。

それでは、「クロスノエシス『circle』を聴く話」をはじめることにする。






[19:15]

やるべきことをそれなりにやり、タワーレコード渋谷店に到着した。店内地下にあるライブスペース・CUTUP STUDIOにて、『circle』のリリースイベントに参加するためだ。時間がギリギリになってしまった。この日はアルバム発売日の前日、一足先に実物を手に入れることができる店着日というやつだ。アルバムを事前に購入することで優先入場券が手に入る。ただ今回は時間がギリギリだったこともあり、残念ながら事前販売は終了してしまっていた。優先入場のお客さんが入場したのち、フリー入場というかたちで会場に入った。
CUTUP STUDIOは店内ライブスペースといいつつ、本格的なライブハウス並みの設備が整っている。音響・照明ともにしっかりとしたステージが楽しめるため、リリースイベント日程に含まれていると、ちょっと優先度が上がる。またこの日は新曲の初披露も予告されていたため、なおさら期待は高まっていた。『circle』収録曲のうちライブで未披露なのは5曲、どれがくるだろうか。ともすれば「それ以外のなにか」すらあり得る、クロスノエシスならやりかねない。そんなことを思いながら開演を待った。



[19:30]

開演。一曲目は『SEED』だった。不意を突かれた。この曲は1stミニアルバム『chronicle』に収録されている『seed』の別アレンジ版なのだが、人によってはもうすこし複雑な意味合いを見出しているだろう。『SEED』がはじめて披露されたのは2ndワンマンライブ『Construction』のアンコールだった。そしてその後は数えるほどしか披露されていない。レア曲である。

このレアリティについて、僕の推測を書く。『seed』はクロスノエシスデビュー時からのレパートリーだ。しかし『chronicle』発売後、当時のメンバー・SODAさんがグループを卒業し、その後数か月は3人体制で活動を続けた。2020年はじめに新メンバー・RISAさんとMAIさんを迎え、現在の5人体制となった。この5人体制初のワンマンライブが、前述した『Construction』だった。タイトルのとおり、新体制の「構築」を象徴するライブであり、『SEED』はそこではじめて披露されたのだ。そのときまで『seed』は他の曲とは異なり、メンバーの生誕など例外的な場でしか披露されずにいた(はず。記憶の限りでは)。5人が構築してみせたのは、『seed』ではなく『SEED』であり、それは印象的な出来事だった。
『Construction』を経て精力的に活動をする一方、『SEED』もまた例外的な場でないとお目にかかれないレア曲になっていった。その理由は演目としての特殊性にも見出せるだろう。『SEED』は振付がなく、リズムアレンジも他の曲に比べかなりゆったりしている。長尺のライブであれば緩急をつけたり、エンディングを飾る役目になれるだろうが、複数グループが出演するライブイベントで5曲前後のセットリストを組むとなると、扱いは難しい。そしてやはり、初披露されたときの強烈な印象、それが良くも悪くも特別だった。そもそも『seed』が人気曲のひとつだったこともあり、別アレンジである『SEED』がそれはそれとして評価される一方、『seed』はもうレパートリーから外れてしまったのか、という声も無いわけではなかった。
そんな折、唐突に、4thワンマンライブ『 blank 』にて、5人体制で初めて『seed』が披露された。曲のアレンジは当初とほぼ変わらず、振付と歌割が5人体制にリアレンジされた。『seed』のイントロは印象的だ。歪みとリバーブが深くかけられ、まるで霧のように漂うギターの音。メロディを奏でる幻想的なシンセ音と、やさしく響くピアノの音。そこに四つ打ちのドラムと8分音符を刻むベースが、淡々と規則的に、曲を動かしはじめる。メンバーたちは、その規則的なリズムに合わせて、手で肩をやさしく叩き、つま先で地面をやさしく鳴らす。何度も見てきて、また見たかったイントロが、唐突に目の前に現れた。周りのお客さんには涙を流しているひともいるようだった。僕は涙を流していたのでハッキリとはわからなかったのだが。『 blank 』の後、『seed』はときおり披露される、レパートリーのなかのあるべきポジションに再び納まったようだった。
そろそろ長い推測が終わる。『seed』が再び現れたいま、『SEED』があるべき場所は、なおさらわかりにくくなった。『SEED』はそもそも『seed』の代替ではなかった。『Construction(構築)』と題したライブで披露された『SEED』は、『Space(空間?)』と『 blank (空白?)』というライブを経た現在、どこにあるべきなのだろうか。『SEED』がレア曲になったということは、『SEED』の場所はどこでしょう、という問いであった。以上が僕の推測だ。
CUTUP STUDIOに戻る。前述したような推測を感覚的な根拠として、『SEED』をレア曲だと認識していた僕は、それを「不意を突かれた」と感じたのだろう。呆然としながら、『SEED』の不思議な神々しさに見入っていた。

そう、そういえばこの日は新曲初披露も予告されていた。『circle』収録曲のうちライブ未披露の曲は5曲。そのうち『逆光』だけはプレリリースディスクという形で曲だけは聴くことができた。ただ、クロスノエシスのことだ。『逆光』はやらない。そういう人達だ。
馴染みのないイントロが流れてきた。『逆光』ではない。まずは1ポイント。これまでのレパートリーに比べると、ポップな音色のイントロだ。ん?どうやら「まぶた閉じて」と歌っただろうか?なにかと視覚に関わる歌詞が聞こえる。つまり、『瞑』だな?文字面からは暗い曲を想像していたが、意外にもポップだ。ん?ギターの音が意外と攻撃的だ!メロディもめっちゃキャッチーだ!あっ、手がめっちゃシャカシャカ動いてる!ヴォーギングってやつ?いつだかふらめさんが教えてくれた気がする…えっ、ブレイク明けの歌割(略)。MCで新曲は『瞑』であり、今夜MVが公開されるというお知らせがされた。正解したので、僕には10ポイントが入っている。



[20:10]

終演後、再開されたCD販売の列に並び、『circle』を手にした。リリースイベントではアルバムを購入すると、その金額に応じた枚数の特典券がもらえる。枚数ごとに様々な特典と引き換えることができる。ライブアイドル界隈では定番のチェキ撮影をはじめ、差し替えジャケットやポスター、それらへのサイン、ライブBDプレゼント、などなど。思い返してみると、某グループの握手会参加券や投票券、いつかの僕は、遠くから聞こえてくるそれらの話を、どう受け止めていたか。ちなみにこの日の特典会はメンバーの衣装が「メイド服」と予告されていたのだが、僕はかねてからメイド服のスカート丈について、長くあれ、と祈っている。祈りって届くんだな。そう思いながら、僕は五者五様のメイド服姿のメンバーが写ったワイドチェキを大事にしまい、帰路に就いた。もちろん、『circle』も大事にしまっている。



[22:30]

自室のデスクに座り、CDのキャラメル包装を剥がす。ひっぱる部分のことを某人気声優さんが「ピルピル」って呼んでいたことをいつも思い出してしまう。「ピルピル」て。
我が家にはCD専用プレーヤーがない。CDはPCに読み込ませるものだ。せめてもの抵抗として、最初はCDを回して再生する。そしてせめてもの抵抗として、ロスレス形式でリッピングし、その後CDをケースに保管する。そういえばいつ頃からだっただろうか、CDを読み込ませ、再生をはじめる、その2ステップの間に総再生時間やトラック情報が目に入ってしまうようになったのは。CDを読み込ませて、トラック情報が取得されるほんのすこしの時間で、ブックレットを取り出す。分厚い。表紙をめくると、一面の写真と歌詞が目に入る。わずかに開いて見える続きのページには、どうやら全然違う世界観が描かれていそうだった。
視界の端でPCのディスプレイに動きがあったことがわかった。トラック情報を読み込んだようだ。ブックレットからディスプレイに視線を移すと、そこに表示されていた『circle』の中身は、想像していたそれとは異なっていた。ただ、ずっと前から知っていた、見たことがあるようなそれだった。「全18曲入りの1stフルアルバム」、大噓つきじゃないか?音楽に夢中になりはじめた頃に買った、あるバンドのCDを思い出した。そのバンドのCDには「お約束」があった。反射的に、そのバンドのCDと同じように、『circle』の仕掛けを解いた。

そこには、つい数時間前、僕が直面した大文字の希望に関する問いへの、ヒントがあった。

日付が変われば、『circle』はめでたく発売日を迎える。『circle』はインターネットを通じて全国に届く場に置かれる。あと数時間。そのほんのすこしだけ前。いまこの瞬間、僕が認識できる世界のなかで、僕だけが知っている秘密がある。そんな「宝物」を手にしている。なにか大事な感覚を思い出した気がした。



おわりに

以上が、2022年4月11日の夜、クロスノエシスの1stフルアルバム『circle』を手に入れ、それをはじめて聴くまでの感想文である。わかっていただけるかもしれないが、これは自慢話であり、惚気話だ。クロスノエシスのライブを見て、『circle』というCDを一足お先にゲットしました、というお話だ。
改めて、この時点で僕は『circle』に収録されている曲を聴いていない。ブックレットも読み進めていない。ロング丈のメイド服が好きだという話ならした。とあるバンドの話もした。大事な曲の話をした。『circle』全体の感想文としては不十分というか、その周辺に関する話ばかりだ。
無駄な文だと思ってこの文を書いたわけではない。終盤に「宝物」という表現をした。中身を聴いてもいないのに、僕は『circle』を「宝物」として受け取った。このダサい感覚こそが、僕が「クロスノエシス『circle』を聴く話」を残すということに、必要不可欠な要素なのだ。
はじめに副読本の案内をした。前述したとおり、収録内容のほぼすべてに言及している。3倍ちかいボリューム差からいえば、この文のほうが「副読本」と呼ばれるべきだろう。ただ、僕が「クロスノエシス『circle』を聴く話」を書いて表現するなら、このふたつを「副読本」として併存させるというやり方がよいのではないかと思い至り、こうして二篇の怪文書を生成したのだ。

大人にもなって「宝物」とか書いちゃう、このダサい想い入れは、理詰めの解体新書のような価値はもたない。でもそれと双璧をなすくらい、また異なる価値を生み得るものだと信じている。世の中的に正しいかどうかは知らないが、僕はそう思っているので、しばらくこの感じで歩いていく予定だ。