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恋愛小説を読むと思い出す、最低で最高な恋のお話。

24歳になってすぐの頃に彼と出会った。
同じ部署に異動してきた1つ上の先輩で、すっと背が高く、色白な肌と、ぱっちり二重の大きな目が印象的な。

かっこいい人だった。

新卒1年目だった私と、2年目の彼。
たった1年の差なはずなのに、とてつもない壁を感じたのを鮮明に覚えている。私の何倍も頭が冴えて、数字に強くて、立ち回りも上手だった。
私も彼のように仕事をしたい、できるようになりたいと思った。

すごく面倒見がよくて、沢山飲みに誘ってくれた。当然みんなの人気者で、ムードメーカー。
上司にも、取引先にも、後輩にも慕われる。とても礼儀を重んじる昭和っぽいところもあるのに、とにかく人懐っこいキャラクターで、全方位、誰からも好かれていた。本当に唯一無二な人だなと思う。

私が行き詰まった時や落ち込んでいる時、何も言わなくても真っ先に気づいて声をかけてくれる人だった。髪型や香水なんかもそうだけど、とにかく他人の変化に聡い人。
私の話を聞いてくれて、共感してくれて、そのうえで「お前は頑張ってるよ」って肯定してくれた。それでいて、彼のアドバイスはいつも論理的で的確だった。

いつも、私の欲しい言葉をくれる人だった。

仕事や人間関係が苦しかった時期、彼の優しさに何度も救われた。
苦しくてすっかり気持ちが萎縮してしまっても、いつも彼の言葉がすっと沁みて、堪えていた涙が止まらなくなった。彼のおかげで、大変な仕事も続けていられたと思う。

彼は飲み会が好きで、仲間たちとよく一緒にお酒を飲んだ。
彼は酔っ払うと人との距離が近くなる。
居酒屋のトイレに抜け出して、よく唇にキスされた。
終電をなくしてタクシーで帰る時は、みんなに見えないように、隣で手を繋いだりした。
私が参加していない飲み会のときには、深夜「会いたい」とLINEをくれたり、電話でそう言われたりした。

彼には、学生の頃から付き合っている彼女がいるのを、私は知っていた。
好きになっちゃダメだと思うほどに、
私はもうとっくに、彼のことが大好きだということを思い知らされた。

本当に本当に、本当に大好きだった。

ある夜、また酔っ払った彼から電話がかかってきて、「もうお前のことしか考えられない」「会いたい」「今から会いに行っていい?」と矢継ぎ早に聞かれた。
私は、どうせ嘘だと言ったら、彼は嘘じゃないと言った。
嘘じゃなきゃ私が耐えられなかった。
でも、私ももう、彼のことしか考えられなかった。

休日に2人でお酒を飲んだ夜、飲み直そう、と彼は言い、私の手を引いて店を出た。
一緒に家に帰り、ワインを開けた。私はひとくちだけ口に含み、初めて自分からキスをした。
彼は少し驚いた様子で、でもすぐに私の身体を捕まえて離さなかった。
ワインの味を共有しながら、私はベッドに背中を預ける。
開けてはいけない扉だとわかっていたのに。

開けてしまったその扉は、私にはあまりにも重すぎた。

それから定期的に2人の時間を見つけては、体を重ねた。
職場では今までと何ひとつ変わらない顔で。
2人で会うたびに秘密が増えていった。
私は職場での彼を本当に尊敬していたし、プライベートの彼のことも本当に大好きだった。

誕生日には1番にお祝いしてくれて、職場に持ってきたお土産も、私にだけは特別なものをくれた。
クリスマスには手を繋いでデートに出かけた。私は彼にネクタイを贈り、彼は私にアクセサリーをプレゼントしてくれた。

夜、2人で会う時はいつも私の部屋だった。
避妊具をしてくれなかった日、妊娠したらどうするのと聞くと、彼女と別れてお前と結婚する、と真面目な顔で彼は言った。
でも彼は行為後、どんなに夜遅くなっても必ず自宅へ帰った。朝まで一緒にいたいと言っても、聞き入れてはくれなかった。
その度に、やっぱり、私は彼女にはなれないんだと突きつけられる気がした。

1人でいる時はいつも不安で、寂しくて、苦しかった。

でも、2人でいられる時間はこの上なく幸せで、愛おしくて、絶対に手放したくなかった。
たとえ、彼の"1番"になれない現実を突きつけられ、不安と絶望が心を支配して、涙が溢れて止まらない日があっても。
こんな関係やめた方がいいと頭ではわかっていた。
わかっていても、できなかった。


春。
私に人事異動がかかり、遠距離になることが決まった。

寂しくて、不安で仕方なかったけれど、これで、もう全て終わらせられると思った。

引っ越しまでの2週間、彼は本当にたくさんの時間を私と過ごしてくれた。
幸せだった。
2人ベッドでまどろんでいる時、寂しいと言ってくれた彼の表情は今でも鮮明に覚えている。全てが嘘だったわけじゃないと思えて、馬鹿みたいだけど、やっぱり嬉しかった。

遠距離になってからも彼は連絡をくれた。
会いたい、寂しい、と何度も言ってくれた。
1ヶ月経った頃、仕事終わりに新幹線に飛び乗って会いに来てくれて、2泊3日で旅行もした。
私はどうしても、彼のことが大好きだった。


それから2年が経ち、
彼は、ずっと付き合っていた彼女と結婚した。

今考えれば、どうしようもない、救いようのない恋だったと思う。 
当時の友人たちが口を揃えて、そんな男やめておけと言ったように。今の私なら、当時の私に同じことを言うだろう。

それでも、やっぱり時々思い出してしまうのだ。
あの幸せだった時間も、苦しかった時間も。
好きで好きでたまらなくて、脳の髄まで熱く溶けるような感覚を。

後にも先にも、これ以上の恋はできないと思う。
もうできなくていい。
幸せも、苦しみも、もうたくさんだ。

一生で最後の、最低で最高に大好きな人。
お願いだから、幸せになってね。

わたしは全てを思い出にして、大切に心にしまっておく。
未来の、新しい恋を大切にするために。

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