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好きなことばたち紹介

 読書量の少ない僕でも、ときどき、鳥肌の立つようなことばに出会うことがある。本を閉じ、目をつぶり、上を向いて、そのことばがただ僕の胸を波立たせるのにまかせる。はじめてその経験をしたのは、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を読んだときだった。2年前の初夏の朝7時半、駒場キャンパスのガラス張りの食堂前のテラスで読み終えて、最後の一節だけを何周も読み直し、「これは自分のために書かれた小説かもしれない」と思った。いわゆる「心震える読書体験」をしたのだった。そのような経験はそう簡単にできるものではない。その文章が感動的か否かはその人がどのような人生を生き、その結果としてどのような感性を有しているかに左右されてしまうからだ。たとえ名作と呼ばれる作品を読んだとしても、心に響くかどうかはわからない。
 万人が感動する文章はないとすれば、羅列されたその人の好きなことばは、その人の人生や性格を少なからず反映しているのではないか。そこで、僕も今までに出会った好きなことばを書き出してみようと思った。下に5つ書いておいた。本来ならば他にもたくさんあったはずだった。ただ、忘れてしまった。忘れたということは、そのことばが今の自分には必要でなくなったということだ。下に示したことばもいつか忘れてしまうかもしれない。だからこそ、ここに残しておこうと思った。


 

Seul l'esprit, s'il souffle sur la glaise, peut créer l'Homme.
精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる。

Antonie de Saint-Exupéry "Terre des hommes"
サン=テグジュペリ 「人間の土地」

 Gatsby believed in the green light, the orgiastic future that year by year recedes before us. It eluded us then, but that's no matter –– tomorrow we will run faster, stretch out our arms farther.... And one fine morning –– 
 So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.
 ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう…。そうすればある晴れた朝に–––
 だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。

F. Scott Fitzgerald "The Great Gatsby"
 F. スコット・フィッツジェラルド 「グレート・ギャツビー」

 それはけちな自己愛でもなければ、倦くことを知らぬ所有愛でもない。そうではなくて、わかち合う努力、共通の世界観、より美しい生活に対する信念の上にきずかれる愛。自由から切り離されず、生きることの唯一の理由である、あの愛。
 人々が毎日、歌を口ずさみながら、死と刑罰とに立ちむかい、機関銃と戦車とにぶつかって行くのは、愛のためである。人民が、悪を制裁することを要求するのは、愛のためである。そして、おのれの統一を実現し、自己充実の喜びを知る人々にとって、そのとき、死ぬことが何であろう。

Claude Morgan "La marque de l'homme"
クロード・モルガン 「人間のしるし」

Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
風立ちぬ、いざ生きめやも。

Paul Valéry "Le Cimetière marin"
ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」

「人生のじぶんでこしらえた部分、非現実的なところだけが好きなんだ。たしかにいろんなことが起きる––病気とか誕生とか、ゼルダのプランジャン入院とかパトリックのサナトリウムとか義父ウィボーグの死とか。それらが現実だ、どうにも手の出しようがない」。すると、スコットが、そういうものは無視するってことかい、と訊いてきた。だからこう答えた。「無視はしないが、過大視したくない。大事なのは、なにをするかではなくて、なににこころを傾けるかだとおもっているから、人生のじぶんでつくりあげた部分しか、ぼくには意味がないんだよ」。

Calvin Tomkins "Living Well Is The Best Revenge"
カルヴィン・トムキンズ 「優雅な生活が最高の復讐である」

 数年後、好きなことばがどのように変化しているのか楽しみ。

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