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スマホとカメラとテレビ

スマートフォンが中〜低価格帯のカメラを駆逐しつつあります。

スマホがカメラ産業にしたこと
https://www.gizmodo.jp/2019/06/smartphones-affect-on-camera-industry.html
日本のオリンパス、カシオ、キヤノン、富士フイルム、ソニー、ニコンなどから成る映像機器工業会(CIPA)が発表した1951年からのカメラ出荷台数の推移をStatistaがグラフにまとめて発表していて、胃にずっしりときました。スマートフォンのカメラがまともに使えるレベルになった辺りを境にカメラは負に転じ、世界カメラ出荷台数は2010年のピークの1億2100万台から2018年には1900万台と、8年で84%も減っているんです…!

私自身もカメラ専用機は所有していません。若い頃はそれこそ「写ルンです」でいいやと思っていたような、カメラにお金をかける人間ではなかったので、今でもiPhoneのカメラで充分と思っているくらいです。

高級機とも言えるレンズ交換式カメラについては上記データの落ち込みは激しくはありません。

減っているのは主にレンズ一体型カメラ(青)で、レンズ交換式カメラ(赤)だけ見れば安定期で、底を打った感があります。

レンズ交換式のカメラを使用するケースというのは相当なこだわりがある写真を撮るケースですので、そもそもスマートフォンのカメラとの競合は起こりえません。むしろ気軽に撮影できるスマホ、じっくり腰を据えて綺麗な写真を撮るカメラ高級機、という棲み分けが成立しているとも言えます。

写ルンですが写メール搭載携帯に駆逐され、低価格帯のカメラは初期のスマホに駆逐され、そして昨今のスマホカメラの高画質化によって中価格帯のレンズ一体型カメラも市場から追い出されそうとしています。

それなりの画質の写真をスマホで撮影して、そのスマホ内で編集して、そしてクラウドに保存したりSNSにすぐアップしたり出来るのですから、それなりの画質でいい消費者にとってはレンズ一体型カメラを購入する動機が存在しません。

あえて言うなら、中価格帯のレンズ一体型カメラにはAndroidを搭載してスマホ兼デジカメという形態で生き残りを模索するべきだったでしょうか。ただ、これもパナソニックが2機種発売しつつも普及はしなかった例がありますので、結局は業界の標準にはなり得なかったのでしょう。

新製品レビュー:パナソニックLUMIX CM1
https://dc.watch.impress.co.jp/docs/review/newproduct/686050.html

パナソニック、Android搭載カメラ新機種「LUMIX CM10」
https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/739604.html

いっそのこと、スマホ部分とレンズ機構を規格化して高価格帯カメラのようにレンズを取り替え可能にしてしまったら面白かったかも知れませんが、そこまですると結局は消費者が置いてけぼりになったのかなあ、とも思います。

スマホのモジュール化はGoogleでさえProjectAraで失敗しましたから、スマホはシンプルでないと売れないんでしょうね。

Googleがスマートフォンをモジュール化するProject Araを中止、パートナーへのライセンス提供はありか?
https://jp.techcrunch.com/2016/09/02/20160901google-ends-modular-phone-project-ara-though-licensing-may-be-an-option/

結局は、写真を撮影する機器ということであれば、手軽に撮るのがスマホ、ガッチリ高画質で撮るのがレンズ交換式カメラ、という現状です。

そういえば、テレビも似たような経緯を歩んできました。とりあえずテレビを見たい、ということであればテレビ専用機である必要はありません。地上波だけならワンセグ受信できる携帯や、ワンセグチューナーを利用してスマホやタブレットで鑑賞できます。あるいはSONYのNasneやアイオーデータのREC-ONのような、パソコン・スマホなどでの閲覧を前提にした機器でも充分です(Nasneは先日、販売終了が発表されましたが・・・)。

小型〜中型のテレビはコモディティ化もあって日本はおろか他の国のメーカーでも利幅はかなり薄いと思いますが、大型テレビであればまだまだ商機はあるはずで、一つは4K・8K高画質化と、もう一つは動画配信サービス鑑賞機能です。

高画質化はテクノロジーの進歩からいって当然のことで、今後もどんどん進んでいくでしょう。そして動画配信の方も、スマホに取られた消費者の時間を取り戻せるところでしょう。AmazonPrimeVideoや、Netflix、Huruなど、見たいものを見たいときに好きなだけ見ることが出来るサービスは、既存のテレビ放送とは違う需要であり、ここを埋められたのは大型テレビの生きる道として重要だったと思います。既存のテレビ放送関係者にとっては忸怩たる思いでしょうけれど。

コモディティ化しても高価格帯であればやっていける、というのは自動車もそうですよね。軽自動車・コンパクトカー・ワンボックス・高級セダンなどといった棲み分けはずっと前から成立しています。

テレビもカメラも昭和(あるいは20世紀後半)では一家に一台が当たり前でもありましたが、今では持っていないことも珍しくない時代になったというのは、この20年ほどがIT業界において激動だったことの一つの証左だと思います。


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