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3分で読める掌編集『遍在するこの人』

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現代人の奇妙な生態、損なわれてしまったもの。3分で読める(1000~2000字程度)のショートショート集。
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記事一覧

『電子の海の共同遺書』

『電子の海の共同遺書』

【小説・約1500字・3分】

 248:あいつはもうオワコン! 早く辞めたほうがいい!

 さて、この書き込みのように、ネット上の掲示板では独自の用語が用いられることが多い。「オワコン」とは終わったコンテンツの短縮形であり、転じて未来が無いという意味でも使われる。

 249:そもそも日本がオワコンなんだよ・・・どこもかしこも似たようなもんだよ・・・
 250:出る杭は打たれる文化だからねぇ
 

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『家の中にいる知らない人』

『家の中にいる知らない人』

【小説・約2000字・4分程度】

 私が二階にある自室から階段を下り、台所へ夕飯を取りに来た矢先の出来事だった。

「美味しいぞ! 今日の夕飯はハンバーグにしたんだ!」知らない人が突然話しかけてきた。

 どうやらこの中年の太った男は、私が一階に降りてくるのを見計らっていたらしい。リビングかどこかで耳をそばだてていたようだ。
 この家の階段は古く、ゆっくり昇り降りしても軋む音が鳴る。私の部屋は二

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ある男

【小説・1000字・2分程度】

 狭いテーブルの上に、コンビニで買った発泡酒の空き缶が散らかっている。灰皿が満タンになって久しいが、掃除する気力は一向に起きない。さらにどうでもいいことだが、きょうはおれの三十八歳の誕生日らしい。

 おれに家族はいない。子どももいない。親しく話す相手すらいない。くだらない仕事場で、獣の鳴き声に似た言葉を交わすくらいのもんだ。上下関係によって、一方が一方に怒鳴りつ

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夕紅とレモン味

夕紅とレモン味

【小説・1300字・3分程度】

 実直な人々が一日の務めを終え、家路を急ぐ時間帯。

 終わりの始まりにして、生命はその姿態を存分に輝かす。

 沈み始めた太陽が、雲間から存在の断末魔を紅色に放っている。

 ――わたしの世界は、その夕紅(ゆうくれない)の色で永遠に固定されていた。

 歳を取ることもなければ、辿りつく場所もない。
 ずっと十八歳の女子高生のまま彷徨する。夕暮れの中を。

 つま

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