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双子のサリエリ [創作短編]
知ってます? サリエリはモーツァルトを殺したんですって。
その説は彼の実力を妬んだ音楽家たちによるでっちあげらしいんですけど、真相は不明だとか。まぁ、母さんはよく、「火の無いところに煙は立たない」なんて格好つけて言ってましたけどね。ふふ、私そのことわざが嫌いで。ああ、ごめんなさい、ちょっと思い出してしまって。
母さんは昔からピアノが好きな人で、特にモーツァルトの曲が好きらしかったんです。だから、おじいちゃんが私たちにつけた名前が嫌いだったんでしょうね。
そうなんですよ、私の名前は紗里。そして双子の妹は英理。二人くっつけると見事にサリエリができあがる。まったく面白いですよね。そのせいで昔っから、二人でくっついていると「どこにも出せない」だのなんだの、こじつけみたいな文句ばっかりで。そのくせピアノは幼い頃から習わされて。できないと、服で隠せるようなところを殴られてましたね。私たちはそんな母さんが、母さんをそんな風にしてしまったモーツァルトが、嫌いだったんです。サリエリは努力もしたし才能もあった。慈善活動も積極的にしていた、心の豊かな人だった。歪んだ性癖のモーツァルトよりも聖人っぽいでしょう?
え、音楽詳しくないんですね。クラシック聴きそうな顔してるのに。
ふふ、失礼でしたね、すみません。モーツァルトって糞尿趣味があったらしいですよ。世間のイメージとは違って下品ですよね。
あ、ごめんなさい、また話が逸れちゃいましたね。そうそう、そのことを知った私にはサリエリが高潔に見えて。私は二人の名前が好きなんです。
まぁ、そんな過去がありまして。中学の終わり頃ですかね。進路について英理と話したことがあって。幸運なことに、目標は一緒でした。二人で、母さんの大好きなピアノを猛練習して、隣県にある全寮制の女子音楽高校に入って。文句ばかり垂れていた母をこれで見返して、家も出られる。寮は二人部屋、出席番号順。合格発表の時は、やっと英理と二人で穏やかに過ごせると思ってました。
でも、あの女がいたんですよ。そうそう、雨井出(あまいで)さん、雨井出萌夏(もか)。
雨井出さんが出席番号一番で、英理が二番だった。私は三番。だから、雨井出さんのせいで英理とは同室になれなかったんです。
え? やだなぁ、それだけじゃありませんって。私、高校生ですよ? そんなことで酷く拗ねたりはしませんよ。
まぁ、雨井出さんは素敵な人でしたね。人柄はもちろん、ピアノ科でも抜群の成績で。容姿も綺麗でまさにお嬢様って感じでしたね。
え? だから、そこじゃないですって。別に彼女に対してのコンプレックスじゃないですよ。遠回しに私の容姿ディスってます? ふふ、わかってますよ。お世辞でも褒めてくださって嬉しいです。
ああ、ごめんなさい。ふふふ、女子校なので、男性に慣れていなくって。なんだかくすぐったいですね。ふふ。
……あー、笑った。何だか変なところでツボったみたいです、ごめんなさい。箸が転んでも可笑しい年頃なんです。さて、どこまで話しましたっけ。雨井出さんのことか。
雨井出さんね、彼女、英理のことが好きだったんですよ。それで、英理も雨井出さんのことが好きでした。
彼女たちは恋人になって、まぁ同室でしたし、やることもやったんでしょうね。かわいい妹が学校のマドンナと付き合っていて幸せそうなのを見て、もちろん私も幸せでした。少しだけ、英理を取られたような気持ちもありましたけどね。
でもね、雨井出さんは高潔なマドンナなんかじゃなかったんですよ。
あの日の一週間前、彼女からメッセージが届きました。「あなたのベッドの上に糞をして、そこであなたとセックスしたい」って。
羞恥と怒りで、身体が煮えました。迷った末これを英理に見せたとき、彼女は落胆した顔でした。話を聞くと、どうやら私だけじゃなく、他の生徒にも送っていたそうで。妹はどこかでその話を耳にしていたようです。
雨井出さんは浮気者で、下品で。その姿は私たちの大嫌いなモーツァルトそのものでした。
英理は震えていました。愛した人の美しい身体が、他の女を捕らえていたんですから。
私も震えました。大切な妹を傷つけられた。それ以上に、あの女の品性が、高潔に生きてきた私たち双子を一気に汚したことが許せなかった。純粋で無垢な私たちは、優美に見せかけていたあの人から、いつも軽蔑されていたんです。
だから殺したんです。簡単でしょう、刑事さん。私はあの女が憎かったから殺したんです。英理はあの女を愛していたから殺したんです。
私が殺すって決めたところに、英理が乗っかってきたんです。正直私は、英理には加担してほしくなかったんですけどね。ああ、今の言葉は決して姉妹の温情とかではないんです。勘違いして調書にそう書かれたら困ります。それ、フリクションですか? え、調書ってフリクション駄目なんですか? あ、でもそうですよね、正式なものなんですものね。
押収した私のリュックに修正テープ入ってますよ。ピンクの筆箱の中です。あ、証拠品だから使えないのか、すみません。ふふ。修正テープなんか殺人に使えやしないのに、不思議ですね。ふふ。ふふふ。
英理に加担してほしくなかった理由? ええ、英理が雨井出さん殺しに手を出すことで、彼女は雨井出さんの永遠を手にしちゃうでしょう。それが許せなくって。英理は私の大切な人ですからね。あれ、刑事さん気づいちゃいました? 私、英理の事が好きなんです。こんなところで恋バナするなんて思ってもいませんでしたよ、ふふ。
そうそう、また脱線しちゃうところでしたね。
英理に頼んで、本当は母に使う予定でずっと前に父からくすねていたモルヒネを、雨井出さんの紅茶に混入させました。朦朧とする彼女を、介抱を装って英理が中庭まで連れ出しました。あれ、話すスピード速いですかね、失礼しました。ゆっくり書き取ってください。あ、録音してるんですっけ。では遠慮なく、続けちゃいますね。
あの女を中庭まで連れ出して銀杏の木に凭れさせました。そこから、予定では英理が最初に刺すつもりだったのに、私が先に刺しちゃいました。英理があの女を愛しているのが許せなかったので。手酷く刺しました。ずぶずぶって。入ったら、ぐりって捻って、あれ致命傷だったんですか? ふふ、そうだといいなぁ。
やっぱり私、子供みたいに拗ねちゃっていたようですね。英理を取られたのも許せなかったみたい。
そこからは英理も私も夢中になって、彼女の身体を嬲って。皮と肉をずたずたに割いて、内臓をぐちゃぐちゃに犯して、血液でどろどろになったところで、学校の先生に見つかりました。
あの夜は、いい気持ちだったなぁ。
あとはもう刑事さんの知るようなところですよ。ここに連れてこられて、何遍もこの話を語らされています。ふふ、至って普通の殺人でしょう?
後悔してないので、罰は受け入れますよ。その覚悟を持って私たちは雨井出萌夏を殺しました。憎きモーツァルトを殺しました。
あ、でも、母さんの言っていたことは決して間違えていなかったなぁって、今になって思います。私たちの名前は、サリエリです。ふふ、モーツァルト殺しのサリエリ。
刑事さん、知ってます? サリエリは、モーツァルトを殺すんです。
慶應義塾大学PenClub 2020年度 夏部誌寄稿作品
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