2022年の働き方~すべての従業員を幸せにする人事変革~ 【特別編】人事領域における2021年の予測
Josh Bersinによるトレンド予測レポートの内容を、私なりに解説する。
なお、最新レポートはこちらからダウンロードすることができる。
「コロナ禍」によりもたらされた最も大きな変化は、「在宅勤務」が例外ではなくなった、ということだと思う。そして、「デジタルな世界で仕事」の最たる例は、ミーティングは全てオンラインになったことだ。ビジネス上の人との関わりは、slackなどのチャットとzoom上での打ち合わせがほぼ全てになった。セミナーや勉強会も、ほぼ全てがオンラインになった。これを「快適」と思わない人も多数いることは理解しているが、私自身はといえば、「コロナ禍」よりも遡ること20数年前から「出来ることならこうなって欲しい」と思い描いていたことが奇しくも「禍」によって実現された、と感じている。特に何が「快適」なのか?例を挙げればキリがない。
・満員電車に乗らなくて良い。
・集中モードで働いているか、手抜きをしてサボっているか、いちいち「上司」から監視されない。
・好きなタイミングで、好きな店にランチに行ける。あるいは持ち帰り弁当を調達できる。
・家族と長い時間を一緒に過ごせる。
また、「2020年の最大のビッグワードは『レジリエンス』」とのことだが、そのような「スキル」を持った者が最強である説、は「VUCA」などという言葉が流行り始めたくらいから皆が薄々感じていたことだ。「何がどうなるか分からない時代」なのであれば、「何がどうなってもなんとかやっていける力」を身につけていることが最も重要なはずだ。一つのことに固執して専門家然として安心している状態が、最も危ない。キャリア理論でいえば、これからはプロティアンキャリアの時代だ。そういえば、HRテクノロジーコンソーシアムでもプロティアンキャリア協会と戦略的な提携を行い、「プロティアンキャリアワーキンググループ」を発足させた。
「リーダーに対する従業員たちの信頼度はここ20年間で最も高まっている」という調査結果があるとのことだが、ISO 30414のメトリックの中にも「リーダーシップに対する信頼」というものがある。今後ますます、「持続可能な働き方」(Sustainable Performance)の実現に向けた組織づくり、企業運営をしているかどうかを見定めるための注目指標となるだろう。そして、リーダーたちが従業員から信頼されるための必須要素として、「従業員の声に耳を傾けること」が挙げられている。従業員エンゲージメントサーベイの取り組みについて「Employee Voice」という言葉が当てられるようになったのも象徴的だ。
「アジャイル(機敏、迅速、活発)であること」の重要性も指摘されている。人事部門の担当者、中でも評価や報酬の制度設計に関わるメンバーはとかく「アジャイル」とは逆の発想や行動特性をこれまでは持っていたといえるだろう。「失敗は許されない」といった前提からだ。しかしながら「コロナ禍」を受けて、「アジャイル」なやり方も「やれば出来る」ということに気づいたはずだ。必要に迫られれば否応なしに柔軟かつ迅速な対応が求められるのだ。多くの日本企業も、在宅勤務を推奨してそのようなワークスタイルでも何ら支障ないように様々な制度を整え、環境を整備することができた。そこで、結果的に人事領域におけるDXの実現につながったケースも多く見られた。
特筆すべきは、「L&D(Learning & Development, 人材開発)市場の爆発的な成長」だろう。もちろん、国内においてもこれは同様だ。例えば、ユームテクノロジージャパンのプレスリリースによると、「2020年3月で約3,000社であった状況が、同年7月に約7,500社と倍増していることから、リモートワークが進んだことも導入を後押ししている」とされている。そして2021年においては「3月9日時点でUMU導入企業は、1万1,373社」とのことで、着実な成長を見せている。さて、元記事では「ラーニングの活用によりエンゲージメントも向上」と紹介されているが、これに関する国内の調査結果が待たれるところだ。グローバル全体の調査結果としてよく目にするもので、「EX(従業員体験)を向上させる主な要素」、「従業員のモチベーションや活力の源」として共に「学習と成長機会」が必ずといっていいほど挙げられることからすると、おそらく国内においてもラーニングプラットフォームの更なる活用によりエンゲージメントが向上したであろうことが容易に推測される。
「前文」の最後では、「多くの仕事がオンラインに移行したことによって人々は疲弊した」という負の側面にも触れられている。もちろん、良いことばかりではないだろう。自宅では仕事が捗らず、むしろ生産性が低下したという人も多いのかもしれない。だとしても、例えば通勤等の移動時間がなくなったことによる圧倒的な生産性の向上(時間の節約という観点)や、家族との時間が増えたり自由に「サボれる」時間が増えたことによるウェルビーイングの向上といったプラスの側面もしっかりと捉えるべきだ。リモートワーク環境だからこそ、これまで発揮できないでいたスキルを発揮するようになった人も多くいるはずだ。
1. 「人材獲得競争」の再来
求人数の推移について、日本国内ではどうだろうか。やはり「コロナ禍」の影響は避けられず、2020年6月には一気に落ち込んだようであるが、厚生労働省が2021年10月29日に発表したところによると、「2021年9月の有効求人倍率(季節調整値)は1.16倍であり、8月より0.02ポイント上昇し、2か月ぶりの改善となった」とのことである。ただその後、2021年12月28日の発表によると、「11月の有効求人倍率は1.15倍で、10月から横ばい。企業からの新規求人は2020年11月より12.3%増え前年同月を8か月連続で上回ったものの2019年11月と比べると11.7%減少し、感染拡大前の水準には回復しておらず、さらに感染の再拡大が懸念され先行きは不透明」とされた。
ただ中長期的に見れば、我が国においても「特定のジョブロール(職種)や地域によっては人材に対する需要が膨れ上がり、あらゆる手段を講じての人材争奪戦が繰り広げられる」という点は当てはまるのではないだろうか。例えば「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」(平成28年6月経済産業省)によると「2015年時点で約17万人のIT人材が不足し」「2030年には、(中位シナリオの場合で)約59万人程度まで人材の不足規模が拡大する」とされている。
ジョブ(職務)のトレンドとしては、上記の調査結果にも現れているようなIT領域を始めとして、「より専門的なスキルや経験が求められるものが中心となってくる」ものとは思われるが、一方で、「候補者自身の学ぶ力、コラボレーション力、そしてその企業の『パーパス』(社会において、企業が何のために存在し、事業を展開するのか、を示すもの)に対する共感度にかかっている」とされているのが興味深い。
この点、私はこのように解釈した。
・基本的には、「学ぶ力」があればどのようなジョブにも対応できる。その都度必要とされるスキルを追加していくことができるからだ。
・加えて、「コラボレーション力」があれば自分の不得意とすることや足りないスキルがあったとしてもそれらを備えた他者と協働することによって補えるのでさほど問題にはならない。
・「パーパス」への共感度が高ければ、たとえ当初スキル面でのマッチ度が低くても自発的にそのギャップを埋めようと努力するため、急速にマッチ度が高まっていく。逆に、「パーパス」への共感度が低ければ、いくらスキル面ではマッチしても実際のパフォーマンスとしては発揮されない。
「人材を惹きつけて採用するといった場合には自社の『パーパス』を明確にしてわかりやすく使えることが求められる。」との点については、次のように補足をしたい。
企業全体としてのパーパスを明確にして候補者に伝わりやすくすることももちろん大切だが、そのパーパスをジョブディスクリプション(職務定義)レベルにも反映させて職務内容もより明確に、そしてパーパスの色が出るような魅力的な表現に整えておくことも併せて必要だ。
「『内部異動(社内異動)』(Internal Mobility)をより重視するようになる」という点について。
これは私の持論でもあるが、内部異動を促進するためには以下のような思考プロセスで理解する必要がある。
①内部異動率を高めると、離職(特に優秀人材の)を防げる。
②内部異動率を高めるためには、「水平方向の異動」(Lateral Promotion, Lateral Assignment)の比率を増やす。
③水平方向の異動を増やすためには、従業員に「Career GPS」を持たせる。
④Career GPSを機能させるためには、「キャリアマップ」を精緻に整備する。
⑤詳細な「地図」とはすなわち何通りも「道筋」を辿れることであり、そのためには「現在地」と「目的地」それぞれの詳細情報(座標軸のようなもの)が必要。
⑥「現在地」の詳細情報とは各従業員の保有スキルの情報、「目的地」の詳細情報とは職務要件の情報(これをスキルベースで表現する)である。
このような思考プロセスが腹落ちしたら、あとは実践あるのみである。まずやるべきことは、従業員側のスキル棚卸しと、職務要件の定義(ジョブ定義)である。
ここで、具体的な手法についてはこちらの記事を参照いただきたい。
「若年層(労働力のうち74%はもはや50歳以下)は必死で「Meaningful Work」(意義を感じられる仕事、自分にとっての天職)を探し求めている。」とのことであるが、「Meaningful Work」と感じてもらうための大前提としても「パーパス」をも反映させた精緻かつストーリーテリングなジョブ定義が必要である。他方で、個人(従業員や候補者)の側でもスキル・コンピテンシーベースでの自己理解(すなわちスキルの棚卸し)をしておく必要がある。自己理解がなければ「天職」と思えるための基準がないことになるからである。
ちなみに、「Meaningful Work」は「従業員エンゲージメント」や「従業員体験」を向上させるためにも不可欠な要素であるとされ、さまざまな調査研究レポートが発表されている。
(参考)
・Meaningful work: The key to employee engagement
・The Top 3 Employee Engagement Drivers
2.生活様式としての「デジタル」
今だから言えること(?)だが、私自身は20数年前から(社会人2年目くらいから)「あらゆる場所で自由に仕事をする」を実践してきたという自負がある。会社や上司に無断でオフィスを抜け出し、砧公園や日比谷公園や皇居の東御苑や、ありとあらゆる公園やカフェ等の中から自分にとって仕事をしやすい環境を見つけ出して主に「集中」や「発想」を要する仕事をそこで行っていた。「場所的自由」だけではなく「時間的自由」についても可能な限り追求してきた。満員電車は極力避け、自主的に(勝手に、無断で)時差通勤なる言葉が登場する前から実践してきたものだ。それがなんとここへきて、大っぴらに行えるようになったのだ。「コロナ禍」がもたらした最大のプラスの功績だ。懐疑的だった者、否定的だった者も半強制的に在宅勤務を実践することになり、やってみたら「なかなか良い」(特に時間効率や生産性の面で)と気づいた。
さらに、起業して完全独立してから痛感したのが、「仕事のあるところに自分が行く」のではなく「仕事が自分の手元にやって来る」という状態がどれだけ有益か、ということだ。企業に所属して「サラリーマン」として働いているときには、大阪や名古屋へのちょっとした日帰り出張も、あるいは(私の居住地でもある)東京23区内の移動についても、気分転換にもなったし移動にかかる費用はどうせ会社持ちであるし、基本的にはwelcomeであった。正味たったの60分弱くらいのミーティングのためにわざわざ大阪まで6時間程度かけて往復移動することに無駄を感じることはあったが、その無駄な時間も込みで報酬を受け取っているわけだしもしかしたらそれも仕事のうちだし、と簡単に割り切ることも出来て自分にとってマイナスなことはほとんどなかった。ただ、独立してこれらの時間的・金銭的負担が全て自分にかかってくるとなると話は別だ。気分転換の効果は捨て難いが必ず何らかの成果につなげたいと思うし、全てにおいて費用対効果を考えることになる。「仕事が自分の手元にやって来る」ということの一つの意味は、移動時間が不要になるということだ。移動時間を要してまで会うべき人には会うし、赴くべき所には喜んで赴くが、少なくても厳正な「選別」が行われることになる。もちろん相手方からも選別されることになると思うが、先方から「来てくれ」と言われても、その価値なしと自分から思えばいくらでも適当な理由をつけて断りやすくなった。もう一つの意味は、単に物理的な移動が不要になるだけではなく、身体を使って必死でOpportunity(案件)を探しにいかなくても、自宅にいながらも次々と「良い話」が舞い込むようになった。「こういう大事な話は、まずは会って話そう」とか「まずは実際に人となりを見定めてからでないと重要な話はできない」という長年の慣習、「縛り」が取っ払われたため、いきなりほぼ初対面の人と超重要かつ具体的なビジネスの話をオンラインミーティングでなされるようになったから、と捉えている。もちろん、リアルで対面してみなければわからない「人となり」というのもあるのだとは思う。しかしそれは、本当に時間的・金銭的コストをかけてまで効果があることかどうか、疑問である。オンラインで会話しても見極められない重要部分の果たして何割ほどが、実際に会ってみないと判断できないことなのだろうか。逆に、オンラインの場で相手に対して魅力を伝えられないのならば、本当にリアルで対面しさえすればそれを大きく挽回できるものだろうか。私は大いに疑問を感じている。
さて、働き方についても「デジタルトランスフォーメーション(DX)がついに本格化」ということだが、「デジタルワークエクスペリエンス」と呼ぶかどうかはさておき、また、Microsoft Teamsがそこまで使いやすい製品であるかもさておき(ちなみに私は好きではない)、上記のように私が「過去の告白」したようなワークスタイル、ワークエクスペリエンスをこれからの人事は(決して禁止するのではなく)リードしていかなければならない。これができないような組織からは若手層を中心に優秀な人材が確実に離れていくだろう。人事がリードしていくにあたってネックになるのが、デジタルリテラシーの点だ。他の多くのビジネスファンクションに比して、人事領域の方々というのはITテクノロジーなどに弱いという印象がある。さまざまなことを勘と経験任せにしてきて、むしろそれをよしとされてきたからこのようなことになっているのだろう。人事の中から変われないのであれば、マーケティング部門からテクノロジーやデータに強いメンバーを連れて来ることをお勧めする。IT部門との連携を、主導権を握りながら行うことができるビジネスセンスも求められるため、まずはマーケティング部門、続いて営業部門からの抜擢がお勧めだ。
また、このような教育講座も活用してぜひとも良いHRテクノロジー、人事ソリューション、その他のデジタルツールを選定するための足がかりとしていただきたい。
3.企業戦略としての「従業員体験」
(補足)Employee Experience 4.0 とは
「『従業員体験』に関する取り組みは多岐に渡り、全社的なプロジェクトとして行うべき」という点、もちろんその通りであるが、いくつか具体例が挙げられている中でも特に私は「人材開発」と「キャリア支援」に注目したい。下記のグラフが示すとおり、「従業員体験」に対して最もインパクトを与えるものとして「Meaningful Work」が挙げられているからだ。「Meaningful Work」というのは、「この仕事は自分にとっても、そして社会にとっても意義深い」と感じている状態のことだ。すなわち、「天職」と思えている状態とも言え、「ジョブマッチ」していることが前提となる。そして「ジョブマッチ」するためには「人材開発」と「キャリア支援」が不可欠、というロジックだ。
また参考までに、もっと最近の調査研究レポートの例としてはこのようなものもある。
(Employees value salary, benefits and company leadership, but meaningful work drives job satisfaction more than ever. By Brian O'Connell March 23, 2019)
ここで、単に領域が多岐に渡るから「組織横断的なEXチームが必要」というのみならず、ありとあらゆるニーズに応えていく必要があるからそれはもはや「サービスデリバリーセンター」というべきような性質のものに生まれ変わらなければならない、という点が注目される。もちろん、生まれ変わるのではなく新設させても良いだろうが、いずれにしてもこれまでのような「人事の頭」であっては到底叶わないことだ。
「予兆を察知してから実際のアクションを取るまでの時間を極力短くする」ことまで求められるとのことだが、「リアルタイムに分析にかけ、具体的なアクションを実行するための適任者にその情報を届ける」ということとも連動する。ここまでのことをやるのは、これまでも対顧客サービスの世界では当たり前とされてきた。それをこれからは、対従業員に対しても行う必要があるという話である。従来のまま「人事の頭」がなかなか変わらないのであれば、対顧客サービスを専門に行ってきた人材、すなわち営業やマーケティング、カスタマーサービスの最前線の人材をこのポジションに配置すべきだ。
また後段でも再び「EXは、日々の仕事のみならずキャリアや人生全般にも関係してくる」と述べられており、キャリア支援がいかに鍵を握るか、その重要性が改めてうかがえる。
4.「従業員の声」を聴くこと、そしてコミュニケーションの重要性が増す
テレワーク、リモートワークといったワークスタイルが「ノーマル」となったことで、より一層「頻繁なコミュニケーションが求められた」とされている。そして、「コミュニケーション、従業員の声を聴くこと、信頼のおけるフィードバック、そして従業員の様々な問題に対してアクションを取っていくこと、が最も重要なリーダーシップであり、人事部門の中でも最も重要な業務である」と紹介されているが、これら全てを最も効率的かつ効果的に行うための場として、改めて「1 on 1」に注目すべきではないだろうか。もちろん、ここでもzoom等を活用したオンラインによる実施が中心となるだろう。現場のリーダーたち、そして、人事部門の中でも特に組織開発を担当する者たちは「1 on 1の高度化」を目指して様々な施策を実行するべきだ。
ここで「1 on 1の高度化」とは、
・コミュニケーションを単なる雑談で終わらせず、必ず「キャリア」に関する話題も含めること、
・従業員(メンバー)の声を聴くにあたってはまずはその人の強みや特性を相当程度把握していることを前提とし、
・信頼のおけるフィードバックといえるからには必ず何らかの科学的な裏付け、エビデンスデータに基づいたものであること、
・様々な問題に対してアクションを取る際には可能な限り「個別化」(パーソナライズ)された内容であること、
以上全てを実現することを意味する。
そしてこれを実現するためには、まずはメンバー全員が自身のパーソナリティ等を把握するためのアセスメントの活用や、自らの仕事上の強みを理解するための「スキル棚卸し」を行い、同時に、「キャリアの道筋」を示してあげるために不可欠となる「ジョブ定義」を事前に行なっておく必要がある。
また、「DEI(多様性、公平、包含)に関する大規模な研究からしても、『聴く力』と『従業員の懸念に対してアクションを取る力』が今のところ最も重要な成功要因」という点については、SP総研が提供している「ジョブ定義サービス」によって数多くの企業を支援してきた経験を踏まえてそれらを「スキル」に置き換えると、
・傾聴力
・ニーズ分析
・従業員の成功の手助け
の3つがDEI関連の施策をリードする者には必須であるといえよう。
最後に、レポートの後段では、「仕事や職場に関することでいえば従業員が最も価値ある情報源である」から、リーダーたちは彼らの声に耳を傾ける必要があり、それらの声を分析するための基盤としては単なるサーベイツールではなく「アクションプラットフォーム」を活用するのがトレンド化していると述べられている。具体例として、「MicrosoftのTeamsやFacebookのWorkplace、WebEX、Zoom、ServiceNow、その他のコラボレーションツール、ビデオ会議ツールのようなプラットフォーム」が挙げられているが、私としてはentomoを強く推したい。これは、表向きは「最先端のパフォーマンス管理ソフトウェア」ということになっているが、チーム内の参加を促進するengage機能、個人やチームの目標達成に必要な具体的アクションをパーソナライズして教えてくれるnudge機能、どのように環境が変化しようとも自らキャリアを切り拓いていける「タレントレジリエンス」を備えるために役立つgrow機能なども兼ね備えた、非常に完成度の高いアクションプラットフォームである。
レポートは、「これらのプラットフォームは従業員同士のコミュニケーションやコラボレーションのためには重要である」と締めくくっている。
5.ウェルビーイングと職場の安全性が経営マターに
「従業員の健康、ウェルビーイング、安全衛生については、今や企業文化として組み込まれている」ということであるが、コロナ禍を受けて、職場の安全性確保や従業員の健康面のサポートに関して各企業がそれぞれ具体的施策を打ち出し、それらの中の特に独自性が高いものについてはその企業の文化を表す重要要素にまでなっている、ということであろう。
(参考)ウェルビーイング戦略の成熟モデル
また、「ウェルビーイング施策は当初は福利厚生担当者から提供される福利厚生メニューとしてスタートしたが、今日では企業戦略上のど真ん中の施策となった」ということであるが、これはちょうど上図「ウェルビーイング戦略の成熟モデル」で説明することができる。
まずスタートとなるのは「レベル1」で、まさに福利厚生メニューとしてのウェルビーイング施策の段階である。コストを抑えること、離職を防止することを目指し、傷病を未然に防ぐことにフォーカスすることになる。
次は「レベル2」で、個々人の状態を改善・向上していくためのウェルビーイング施策の段階である。ワークライフバランスの状態を整える、ストレスを軽減させる、ということを目指し、従業員個人やその家族、そして場合によってはそれらの財政面のサポートや教育にもフォーカスされる。
さてここまで、「レベル1」と「レベル2」の共通点としては、いずれもやらなくてはならないことでありそれなりのコストもかかるが、コストに見合ったリターンがどの程度あるのかが分かりにくい、ということではないかと私は理解している。
これに対して次の「レベル3」は、業績の向上に必ずつながるウェルビーイング施策である。無駄な時間の削減や、職場における活力を引き出すこと、仕事の優先度づけやマネージャ教育等がその具体例で、持続可能な状態でパフォーマンスを発揮させること、キャリア支援にもフォーカスが当てられる。そして、職場全体のパフォーマンス向上を目指すものである。業績向上につながること明らかなので、経営陣からのサポートも受けやすい。ちなみに、HRテクノロジーが最も効果を発揮するのもこの「レベル3」に掲げられている各施策実行のところである。
さらに「レベル4」になると、社会的利益増大のためのウェルビーイング施策となり、もはや一企業の枠にとどまらず、社会に対する善行のための組織づくり、持続可能な社会の実現、社会全体への価値提供を目指して、職場外での社会活動、地域社会への貢献活動、政治との連携活動等の支援にフォーカスされる。
この点、「様々な企業において『私たちは、株主だけでなく、社会や従業員を支援するためにここにいます。』といったようなインクルーシブで社会志向のミッションステートメントが打ち出されており、ビジネスにおける新たなテーマとなっている。」というトレンドも紹介されているが、これは近年世界中で注目を集めている「ステークホルダー資本主義」の考え方とも一致しているといえる。
米国の主要企業が名を連ねる財界ロビー団体である「ビジネス・ラウンドテーブル」は、2019年8月19日に「企業の目的に関する声明」と題した公開書簡を発表した。「米国の経済界は、株主だけでなく顧客や従業員、そしてサプライヤーや地域社会などすべてのステークホルダーに経済的利益をもたらす責任がある」といった内容である。この声明には、当該団体の会長を務めるJPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOを始め、180を超える主要企業のトップが署名をしたとされる。
さらに、これを受けて、2020年1月の世界経済フォーラム年次総会(いわゆるダボス会議)が、「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」というテーマを掲げ、当該フォーラムの創設者クラウス・シュワブ会長は「ステークホルダー資本主義の概念に具体的な意味を持たせたい」と語った。我が国の岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の源流も、この「ステークホルダー資本主義」にあるといって間違いないだろう。
なぜ、ウェルビーイングと職場の安全性が経営マターになっているのであろうか。それは、もはや株主に対してだけ良い顔をしたり利益のみを追求するだけでは社内外含めたあらゆる人々の共感を得られず、つまりそれはそのまま投資が集まらないことをも意味しており、人も金も集まらなくなれば企業経営が経ちいかなくなること明らかだから、であろう。
レポートの最後にも「ウェルビーイング戦略はESGや社会的責任に関する戦略と密接不可分である」という指摘がある通り、SDGs、ESG経営、CSRといった今をときめくあらゆるBig Wordそれぞれを横串で刺して相互に作用しあったり、相乗効果を生むための源泉ともいうべきものが「ウェルビーイング」なのだろう。
6.スキル重視は「ケイパビリティ」の戦略的重視につながる
どのような「ジョブ」を担当するにしても、「継続的学習」(Continuous Learning、Lifelong Learning)というスキルが必ず求められる、と指摘されている。これに「人材開発」(Talent Development)も加えて、これらを全従業員に身につけさせたりレベルアップを促すことを経営上の戦略的目標とすべき、とも主張されている。そのためには「ラーニングカルチャー」(個人の学習を奨励および促進するような企業文化)の醸成が必要ともされている。また、「ラーニングカルチャーを有していなければ、業績は低下するだろう。」とも述べられているが、これは、前述の通りウェルビーイング施策の「レベル3」の取り組みを行うと業績向上につながるということの裏返しとも言えるだろう。
さて次に、「AI、テクノロジー、データ」の分野でのスキル開発に注目が集まりがちではあるが、現実的にはほとんどの人が携わるのは「サービス領域」であり、この領域のジョブに求められるスキルとして次のようなものが挙げられている点、興味深い。
・傾聴力
・コミュニケーション力
・時間管理
・優先順位付け
・コーチング
・コラボレーション
・"Learning to Lead"(「指導することを学ぶ力」)
そしてこれらを「パワースキル」と呼び、「今後さらに重要性を増すため、スキル開発を行なって浸透させるための戦略を立てる必要がある。」とされている。この点に関して、面白い国内事例を紹介しよう。SP総研が提唱する「セルフジョブ定義」については先にも述べたが、
この手法により、これまで(法人設立後1年も経たずして)30社を超える企業のジョブ定義、スキル棚卸しをしている。このことについては、日経新聞にも掲載された。
その中でも特に数社のグローバル系製造業を支援する中で明らかになったのは、「部課長」クラス以上のジョブ(職務)においては上記の「パワースキル」の中の「傾聴力」「コミュニケーション力」「優先順位付け」、さらには冒頭で挙げられている「継続的学習」「人材開発」の5つのスキルはかなりの割合で再現性高く登場するということである。つまり、これらのスキルが重視される傾向は、日本国内の純然たる日本企業においてもほぼ同様であることが実証されたと言って良い。
ところで、「スキル開発を行なって浸透させるための戦略を立てる」という点については具体的にどのように進めていけば良いのだろうか。ここでもHRテクノロジーの活用が不可欠である、と私は考えている。「ぜひ参考にすべき」という観点でおすすめのソリューションを紹介しよう。私が個人的に、「これがHRテクノロジーのお手本中のお手本」「HRテクノロジーを使って何か一つだけやれと言われたら、絶対的にここを目指すべき」と感じているものである。ちなみに私は、日本IBM在籍中にこのソリューションの紹介・拡販に少しだけ関わっていた。
このブログ記事の中から、名言・金言ともいうべき箇所を抜粋して次のように紹介しよう。
絶対的に不可欠な要素は次のとおりである。
・パーソナライズ
・場所を問わず
・能動的かつ継続的
・「体験」を重視
なぜならば、「パーソナライズ」と「場所を問わず」という仕掛けにより「体験」(ラーニング体験、従業員体験)が確実に向上し、「体験」が向上すると自ずと「能動的かつ継続的」な学習が促される、という好循環を生み出すからである。
再び元のJosh Bersinのレポートに戻ると、「企業のための『ケイパビリティ戦略』を構築すること」の重要性についても言及されている。別の表現で、「ビジネスを推進するために必要な主要ビジネスケイパビリティを文書化するための分類法を確立すること」とか「成功を促進するビジネスケイパビリティの優先順位付け」ともいわれているが、要は、レポートの最後に述べられているとおり、「すべての人が必要とするすべてのスキルを見つけて推奨するような仕組みづくり」を行なって、「ケイパビリティ開発を将来の戦略的ビジネス戦略にする」ことが最も重要であるということである。具体的に何を行えば良いのか、という点については、上記のうち「成功を促進するビジネスケイパビリティの優先順位付け」が最も分かりやすい。つまりは、「セルフジョブ定義」のようなボトムアップ型のジョブ定義もしくはスキル棚卸しの活動を地道に行うことにより、「自身が負っている任務・職責を高パフォーマンスで遂行するにあたってはどのようなスキルを優先的に身につけたりレベルアップを図っていけば良いのか」を明らかにしていく、ということである。現場のメンバーレベルでこのような情報が可視化されていけば、それらの「積み上げ」で組織全体としての「成功を促進するビジネス能力の優先順位付け」につながっていく。そして、これらの情報が集まれば集まるほど「すべての人が必要とするすべてのスキルを見つけて推奨するような仕組みづくり」にも寄与することになる。
※ ここで、「ケイパビリティ」(Capability)と「スキル」(Skill)の違いあるいは関係性について確認しておこう。
Josh Bersin氏によると、「ケイパビリティとは、ビジネス指向のスキルセット」である。そして、「ケイパビリティは、スキルよりも広くそして深い概念」である。これを前提に、次のような例を挙げている。
つまり、「1つのケイパビリティは、多くのスキルによって構成されている」のである。
なお、下記の説明動画の中では、次のようにもっと簡単な説明がなされている。
「ピアノを弾ける」というのがケイパビリティであり、ピアノを弾くためには足元にある3つのペダルの使い分け、左右の指の使い分けも含めたいわゆる「運指」、楽譜の理解、といった数々のスキルが求められる。
詳細についてはこちらのレポート、あるいはこちらの動画を参照いただきたい。
https://www.youtube.com/watch?v=6inuYBrIc9w
また、テクノロジーとしてこれらの仕組みを支えるのは、WorkdayやSumTotalに代表されるような、ラーニングの世界から真のタレントマネジメントの世界へと繋いでいくことを得意とするような具体的なツールである。つまり、ラーニング(出来ればLMSにとどまらずLXP)の要素とタレントマネジメントの要素の両方を機能としてバランス良く実装したタイプの人事ソリューションの活用をお奨めする。あるいは、先の紹介した「Your Learning」のようなLXPと他のタレントマネジメントシステムとの連携によって同様のことを実現しても良い。
最後にもう一点だけ触れておきたいのが、「成功を促進するビジネスケイパビリティの優先順位付け」の作業については「毎年のように結果を再検討し、『リスト』が『収拾がつかなくなる』(あるいは、使い物にならなくなる)という事態を防ぐ必要がある。」ということについてである。スキルというのは、毎年新たなものが登場するし場合によっては「陳腐化」や「斜陽」という現象も起こりうる。また、「人」を起点に考えたときも、その人にとって必要なスキルはその本人の希望次第で変わり得るし、習熟度の変化の影響も受ける。また、「ジョブ」を起点に考えたときも、組織戦略の変更に伴ってそれぞれの「ジョブ」に求められるものも変わってくる。したがって、「毎年のように再検討しなければならない」というのは決して大袈裟な表現ではなく、しかも、これらは全て「人間技」(テクノロジーによる自動化は現時点では無理、という意味)で行わなければならない。だからこそ、「ジョブ定義」や「スキル棚卸し」は現場主導で(「セルフジョブ定義」のような手法により)行うべきなのである。これらを人事主導などでやった場合には、「頻繁な更新」が疎かになること明らかだろう。
7.ラーニング&人材開発領域における創造的破壊
「ラーニング&人材開発の基盤づくり」という点に関しては、やはりラーニングの世界からタレントマネジメントの世界へとシームレスに繋いでいってくれるようなタイプのソリューション活用をお奨めしたい。
具体的に実現したいのは次のようなことである。
①まず自分はどのようなことを学べば良いのか、について、「Things to Know」や「Things to Do」のような形でシステムからアクションのレコメンドがくる。それらの中には特定のラーニングの受講も含まれている。
②それらの中から、自身の興味にも合致するものを選択して受講の申し込みをする。
③受講開始前に、自身の保有スキルについて情報入力が求められ、それに応じてスキル情報の最新化を行う。それが、受講可否の判断基準にもなる。
④実際に受講し、内容を理解したことの認定を受けるための「確認テスト」を受ける。
⑤「確認テスト」に合格したら、特定のスキルの認定が行われてスキルが付与され、同時に、受講修了を表す「バッジ」がシステム上で発行される。
⑥ある程度のスキルやバッジが集まると、それに応じて新たな「ジョブ」「ポジション」「プロジェクト」等のアサインに関するレコメンドがくる。
⑦例えば、その中から興味ある「ポジション」を1つ選択すると、そのポジションに求められる「スキル要件」が表示されるとともに「スキルギャップ」の状態も可視化される。
⑧「スキルギャップ」を埋めるために適切なラーニングがリストアップされる。
⑨それらのラーニングの受講を行なってスキルをアップデートさせていくことにより「スキルギャップ」が埋まり、「異動可能性」が高まる。
⑩日常的に行われている上司との「1体1ミーティング」の中で、異動の希望を伝える。
ここで、実際に異動が認められることもあるだろうし、この時点では認められなかったとしても将来的なキャリアの希望を明確に伝えることができるため、「来期」の目標設定も(特にスキルベースで)明確に行いやすくなる。何しろ、上記①〜⑩までの一連のプロセス全てが明確にシステム上に記録されていること、さらには具体的な成果が客観データによって評価しやすい形で残っていることから、透明性と公平性をもった評価も行いやすくなる。
以上が、「ラーニングの世界からタレントマネジメントの世界へとシームレスに繋いでいく」といった場合の理想型である。ラーニングを起点としているところがポイントである。これによって、マネジメントサイドというよりはどちらかというと現場サイドの主導権を持たせ、EX(従業員体験)を重視した仕組みづくりを実現しやすくなる。さらには従業員側から自発的に保有スキル情報を出してもらいやすくなるという効果も期待できる。スキル情報を収集できなければ真のタレントマネジメントは実現できないため、この点も重要である。ちなみに、「真のタレントマネジメントの実現」は、「持続可能な働き方の実現」にとっても必要不可欠であることは言うまでもない。
8.人材の異動可能性が戦略的重要項目に
昨今は、我が国においても組織内における真の流動性確保の観点からも「内部異動」(Internal Mobility)に注目が集まっていることは間違いない。そしてレポートの最後の部分では、「内部異動」を実現するために「タレントマーケットプレイス」の活用が謳われているが、そこに至るまでの流れをまとめてみよう。レポートの中では「フェーズ」に分けて説明されているわけではないが、便宜上、ここでは「フェーズ」毎に進化のプロセスを追っていくことにする。
フェーズ1
「上級管理職が辞職または退職する必要がある場合に誰が引き継ぐ準備ができているかを把握」するための「代替候補者計画(リプレイスメント・マネジメント)」に基づく「後継モデル」の構築。
フェーズ2
「組織の下位レベル向けにさまざまな形態の後継者計画とキャリア計画を作成するためのHRテクノロジー」の活用と、キャリア計画担当者や採用担当者による「キャリアモデル」の推進。
フェーズ3
(「雇用市場が透明化」されたことに伴う社外への転職が加速したことを受け)「キャリアモデルの構築から、異動の促進へと移行」。「『社内異動』を企業戦略の一部に」。「社内のすべてのジョブについての包括的なアセスメントを含む大規模な内部異動システムを構築し、誰でも社内のジョブを特定して応募できるように」。
フェーズ4
(内部異動システムを維持するためのコストがかかりすぎたため)「タレントマーケットプレイスの機能を備えたプラットフォームの活用が注目されている」。「内部異動」の機会を実現するための「マーケットプレイス」を構築する。
ここで、我が国の現状を踏まえて、現実路線のステップを考えてみよう。
まず、いきなり「フェーズ4」を実現するのは不可能であろう。
次に「フェーズ3」であるが、「誰でも社内のジョブを特定して応募できるように」環境を整備することは、「フェーズ4」へ移行するための大前提でもある。従って、さらにその前提ともいえる「ジョブ定義」は確実に行なっておかなければならない。また、「ジョブを特定して応募」するためには、自分がそのための要件を備えているのかどうかを把握しておくことが望ましい。そうすると、自身について「スキルの棚卸し」も行なっておくべきであろう。ただここで、「内部異動システムを維持するためのコストがかかりすぎた」という事例も紹介されていることから、「社内のすべてのジョブについての包括的なアセスメントを含む大規模な内部異動システムを構築」ということまでは不要だろう。
やはり現実路線としては、「フェーズ2」にあるような「組織の下位レベル向けにさまざまな形態の後継者計画とキャリア計画を作成するためのHRテクノロジー」を活用するところから始めると良いだろう。一般に「後継者計画」というと、「組織の上位レベル」や「クリティカルポジション」のみにフォーカスした取り組みを指すことが多い。ISO 30414の項目(メトリック)の一つである「後継者計画」もその想定である。ここでは、「組織の下位レベル」に向けても「後継者計画」を行うという点がポイントである。いわば、「後継者計画の民主化」である。ISO 30414の項目(メトリック)に置き換えて言えば、「ポジション毎の適格候補者数」を把握するということに近しい。ちなみにこれは、「後継者計画」の仕組みや考え方をクリティカルポジションのみならず組織内の全てのポジションにまで拡張したものと考
えることができる。
以上については、こちらの書籍でも説明している。
なお、これらのことを具体的に実現するためのソリューションとしては、次のようなものをお勧めしたい。
・workday
・SumTotal
・fuel50
・entomo
9.人事変革が最優先課題
「人事がイノベーションの中心となったから」というのが理由で、「人事の刷新あるいは新たな人事オペレーションモデルが必要」と説明されても、我が国においてはあまりピンとくる人はいないだろう。「人材」を価値ある投資対象としての「アセット」として捉え、組織全体の人材価値を定量的に把握して可視化し、それを主に投資家向けにレポートするという壮大な取り組みを実現するためにも、まずは人事部門自らが大変革を起こしてくれないと困る、という文脈の方が理解しやすい。
あるいは、「仕事の仕方と職場環境に大きな変化がもたらされていることに鑑みると、人事部門を徹底的に変革することも行わなければならない。言い換えれば、人事チームのトレーニングとリスキリングにフォーカスする必要がある。」という文脈の方がしっくりくるのでないだろうか。では具体的にどのように生まれ変わる必要があるのか、と考えるときに、次のキーワードが非常に参考になる。
・アジャイル
・データ駆動型
・「従業員体験」にフォーカス
・AIとセルフサービス
・サービスセンター
・戦略的なアウトソーシング
想像を超える速さでさまざまな環境変化が起きており、これに対応するにはいよいよ人事も「アジャイル型」に生まれ変わる必要がある。ただ慎重にことを進めるだけでなく、時には失敗を恐れずに「まずはやってみる」という大胆さが求められる。「リスキリング」の観点からは、「アジャイル思考」のようなスキルを身につける必要がある。
しかし、その場合でも単なる「当てずっぽう」では無駄も多くなる。そこで、「データ駆動型」も求められる。データを拠り所に、効率的かつ高速に「実験」を繰り返していくのが良い。関連するスキルは、「データ分析」「情報収集」「仮説検証」等である。
そして「実験」というのはなんのためにやるのかというと、全ては「従業員体験」を少しでも向上させるため、である。「従業員体験」の向上に欠かせないのが、AIエンジンが組み込まれたchatbotのような仕組みによって従業員がキャリアに関する相談を行えたり、自分にとって必要なラーニングメニューを教えてくれたりするようなサービスの提供だ。これは「セルフサービス」ということにもつながる。ここでは、「ニーズ分析」「顧客課題の理解」「問題解決」といったスキルが関係しそうだ。
このように、従業員を「お客様」に見立てて最高の「体験」を提供するような役割を担い、「自分たちはサービスセンターである」という自覚を持つことが重要だ。「カスタマーリレーションシップマネジメント」のようなスキルないしは経験も役立つだろう。
もちろん、あることにフォーカス(ここでは特に「従業員体験」にフォーカス)するためには、全てを一手に担うことなく効率性も考えて「アウトソーシング」も必要になる。ここでは、「優先順位づけ」「費用対効果管理」のようなスキルが重要だろう。
ただし、効率性のみを重視するあまり企業戦略や企業文化の根幹を成すような部分までをも「アウトソーシング」するケースも散見される。戦略遂行に役立つノウハウが蓄積されない、独自の企業文化が薄れて他社との違いが分かりにくく画一化される、ということが決してないように、戦略的な業務の切り分けが必要だろう。「戦略的思考」等のスキルがあると良い。
10.社会参加、環境問題、持続可能性が成長領域
「私達の会社を、より大きな社会を構成する一部としての『小さな社会』として考えるべきである。」という部分に最も共感する。
昨今はいずれの企業も、SDGsやESG経営、持続可能性ということに関心を抱き、それぞれ工夫して様々な具体的取り組みを開始している。それはなんとなく歓迎すべきことなのだろうし、「私たちの自己中心的な文化がピークに達し、世界中で共同体的な文化に移行するとも言われている。」という予言めいたことにも合致する流れではあるが、個人的には若干の違和感も抱いてきた。その、なんとなしに「引っ掛かる」原因は何だろうか。この問題を、前述の「『小さな社会』として考えるべきである」という言葉が解決してくれた。
例えば「多様性・公平性の実現」といった場合に、なぜそれらの実現が必要なのかと問われれば、「それは社会全体で取り組まなければならない人権問題だから」と大上段から答える企業があまりにも多いのだ。ではなぜそのようなスタンスに違和感を抱くのか。それは、企業の「中の人」(つまりは、従業員)の「人権」もままならないのに、よくもまあ「社会全体」の人権問題の解決を語れたものだ、とどこかで感じてしまっているからだった。「従業員の『人権』もままならない」というのはもちろん比喩であるが、例えば、
・新築マンションを購入したばかりなのに転居を伴う転勤を命じられる。
・子供が小学校に入学したばかりなのに(両親と一緒に暮らしたい時期なのに)、転校させるわけにはいかないため単身赴任を強いられる。
・長年培ってきた専門性が全く活かせないような領域へとキャリアチェンジを強制される。
といったような「強権発動」がまかり通ってきた現実を揶揄したものである。
まずは「小さな社会」としての自分達の組織内において「持続可能な働き方」を実現できてから、はじめて「社会全体の人権問題」を語る資格が得られるのではないだろうか。
11.DEI (多様性、公平性、インクルージョン)は引き続き主要な必須事項
企業内にインクルーシブな文化を真に作り出すために最も効果的な取り組みとして、以下のものが挙げられている。
①従業員のニーズに耳を傾け、それに基づいて行動する。
②従業員に発言する機会を与える。
③人事チームにDEIの指標とプログラムの責任を負わせる。
④ビジネスのリーダーシップに透明性と説明責任を持たせる。
これらの取り組みの実施にあたり関連しそうなスキルを挙げておこう。
①には「傾聴力」「ニーズ分析」「顧客ニーズの理解」が必要である。
②において発言を促すためには、心理的安全性が担保された職場環境づくりが求められそうだ。その前提として、「誠実さ」や「倫理感」があった方が良い。
③に必要なのは「KPI管理」や「率先力」だ。
④についてもやはり「誠実さ」、そして「率先力」が求められる。
また、「(DEIの)取り組みに関連する教育が不足している」という問題点の指摘についてであるが、その際たるものとして下記の事実に対しての無理解がある。
すなわち、性別や国籍などの変えられない属性についてのデモグラフィックダイバーシティの実現よりも、考え方やスキル特性などについてのコグニティブダイバーシティ(Cognitive DiversityあるいはIntellectual Diversity)を実現した方が企業全体のイノベーションや業績向上に寄与することが明らか、ということである。應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆 特任教授によれば、これに関しては様々な調査結果も発表されている。例えば、一般社団法人日本CHRO協会の「CHRO FORUM」の中でも、「イノベーティブな組織作りに重要なコグニティブダイバーシティ」として「最近のさまざまな研究結果から、デモグラフィックダイバーシティはイノベーションと相関がないことがわかってきており、イノベーティブな組織を作るにはデモグラフィックダイバーシティではなくコグニティブダイバーシティに力を入れることが重要である。」と述べられている。そして同教授は、これらのことを裏付ける研究結果としてJuliet Bourke 氏による調査を例に挙げ、「思考のダイバーシティはチームのイノベーションを20%高め、リスクを30%軽減する」「コグニティブダイバーシティを重視する企業文化をもつ企業は、もたない企業に対し、好業績の企業の比率が3倍」といった調査結果を紹介している。
(参考:Juliet Bourke「Which Two Heads Are Better Than One? How Diverse Teams Create Breakthrough Ideas and Make Smarter Decisions」、Australian Institute of Company Directors、2016年)
12.人事がイノベーションの中心となる
ダイバーシティの実現(特に、考え方やスキル特性などについてのコグニティブダイバーシティ(Cognitive DiversityあるいはIntellectual Diversity))が企業全体のイノベーションや業績向上に寄与する、というのは前述の通りである。そしてまた、「私達の会社を、より大きな社会を構成する一部としての『小さな社会』として考えるべきである。」ということも先に紹介した。
そうであるならば、「小さな社会」のさらなる(当該企業内における)縮図として人事部門を捉えてみるのはどうだろうか。このような観点から、まずは人事部門内におけるダイバーシティを実現する。これによって、真の意味で人事部門がイノベーションの中心となる。それを企業内全体に広げていき、イノベーティブな組織となる。これで初めて社会全体に対して、より説得力をもってDEIの必要性を訴えかけることができる。
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