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「人的資本開示」の先行事例 ⑤株式会社NTTデータグループ

割引あり

金融庁が2023年12月27日 に、
有価証券報告書のサステナビリティに関する考え方及び取組の開示例 3.「人的資本、多様性等」の開示例(以降、「人的資本等開示例」とする)
をリリースした。

ここに紹介されている情報を参考に、我が国における「人的資本開示」の先行事例として様々な企業のサステイナビリティレポートや統合報告書の内容(そのうち、人的資本への投資、人材マネジメント、働き方に関する開示部分)を順次紹介していく。また、紹介するのみならず、独自の視点での評価・コメントも試みたい。

今回は、株式会社エヌ・ティ・ティ・データ(※2023年7月1日付で、株式会社NTTデータグループに社名変更)の有価証券報告書(2023年3月期)を取り上げる。

「好事例集」においては、有価証券報告書(2023年3月期)における評価すべきポイントとして、
(1)中期経営計画における人財戦略の位置付けや、経営戦略と人財戦略との関連性を企業価値向上の観点から具体的に記載するとともに、人財戦略の全体像を端的に記載
(2)プロフェッショナル人財の育成やグローバルマーケットで活躍できる人財の育成等、人財戦略の1つであるグローバル人財の育成システムに関する取組みについて具体的に記載
(3)DE&Iの観点から、女性管理職比率の目標や女性活躍のための取組みについて定量情報も含め端的に記載するとともに、過去からの女性管理職数と比率の推移を定量的に記載
(4)働く場所や時間を柔軟に設定できる環境の整備に関する取組みについて具体的に記載するとともに、関連する指標に関する実績を定量的に記載
(5)人財戦略として掲げた3つの方針に対応させながら、それぞれの方針における取組み、指標、実績と目標について定量的に記載

という5点が挙げられている。
★SP総研独自の評価基準(SPI:Sustainable Performance Index)に基づく評価は、100点満点で −23 点 (マイナス23点)。各指標毎の評価は記事の一番最後に掲載。

SP総研独自の評価基準(SPI:Sustainable Performance Index)に基づく評価

これらについては、有価証券報告書(2023年3月期)のp.31からp.38にかけて記載がある。

第一部【企業情報】
第1 【企業の概況】
第2 【事業の状況】
1【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
 [経営施策の取り組み状況]
  戦略5.人財・組織力の最大化
2【サステナビリティに関する考え方及び取組】
(1) サステナビリティ経営
(2) 気候変動
(3) 人的資本
 ①ガバナンス
 ②戦略
 ③リスク管理
 ④指標及び目標

といった項目立ての中で、特に「②戦略」のところで具体的施策が手厚く説明されているが、

まずは

1【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
 [経営施策の取り組み状況]
  戦略5.人財・組織力の最大化

に書かれている内容を見ていく。

多様な人財一人ひとりが自分自身を表現し、活躍できる組織機能・カルチャーを持った、働く人にとって魅力的な企業への変革をめざし、グローバルで最先端技術が学べる育成システムや、高い専門性に応じた処遇の実現等、社員の自律的な成長を促す制度を整備するとともに、業務の特性等に応じて働く時間と場所を柔軟に設定できる環境を実現することで、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(注6:持続可能な社会の実現のために取り組むべき多様性、公平性、包摂性のことです。)を推進しています。

 人財育成については、2022年4月に新たな人財育成基盤Olive Oneを導入し社員の多様な専門性・志向に応じた学習を推進しているほか、当社独自の人財育成プログラムである「プロフェッショナルCDP」について、テクノロジーやビジネスの変化への対応と、プログラムの拡充を図っています。

 また、Flexible Grade制度(注7:マネジメントスキルを含む多様な事業貢献を適正に配置処遇する人事制度のことです。)など、従来のメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ対応した人事制度の活用促進や、2022年7月にテレワークと出社のハイブリッドワークを前提としたテレワーク制度を策定するなど、多様な働き方を支援するための環境整備にも積極的に取り組んでいます。女性活躍、LGBTQ等性的マイノリティに関する取り組み、障がい者雇用の促進施策を通じたダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンの推進も進めております。また、多様な人財の獲得に向け経験者採用の強化も進めております。

 その結果として、コンサルティングやアプリケーション開発に留まらず、Connectivity領域までを含むデジタルトランスフォーメーションに必要なケイパビリティをグローバルで有する企業グループとなり、複雑化・多様化するお客様のニーズにグローバルレベルで対応可能な体制を構築しました。

有価証券報告書(2023年3月期)のp.17

「多様な人財」というのをどのように定義しようとしているのか、何をもって「多様」と捉えているのか。
「社員の多様な専門性・志向に応じた学習を推進」というのは、保有スキルや目指すべきポジションとのスキルギャップの情報に基づいて個別化された学習がレコメンドされる仕組みが備わっているということなのか。「プロフェッショナルCDP」というものの詳細を知りたい。
「マネジメントスキルを含む多様な事業貢献を」という表現がわかりにくい。
「デジタルトランスフォーメーションに必要なケイパビリティをグローバルで有する企業グループとなり」とあるが、そのような「ケイパビリティ(組織能力)」が本当に備わっているかを検証するために、構成メンバーが保有するスキルを可視化して、それらのスキルが間違いなく「ケイパビリティ」につながる構成要素となっていることまで確認できているか。

また、[対処すべき課題]として人材に関連することについては、

世界的に人材獲得競争が激化していることを踏まえ、多様な人財が長期に活躍できる環境・文化へ変革していくとともに、真のグローバル企業へと成長していくことが必要であると考えております。

有価証券報告書(2023年3月期)のp.18

としている。

「人材獲得競争が激化していることを踏まえ、多様な人財が長期に活躍できる環境・文化へ変革」と説明されているが、リテンションを高めることだけではなく、新たに優秀人材を獲得するための採用戦略にも触れるべきところ、巧く次のところでその話に繋げている。

[課題への対処]としては、

人財獲得への取り組み
 人財の獲得については、国内では新卒採用の拡充に加えて経験者採用の強化に向け、採用体制の強化を進めており、2022年度においても成果が出ております。海外においては採用の強化に加え、前述のM&A等による人財確保を進めております。

 また、獲得した人財の多様な力を新たな競争力につなげていくことが必要であると考えており、人財の活躍に向けた制度の充実と、グローバル共通のトレーニングメニューの確立や人材交流などを中長期視点で進めてまいります。

有価証券報告書(2023年3月期)のp.18

としている。

「獲得した人財の多様な力を新たな競争力につなげていく」ための、「人財の活躍に向けた制度」とは具体的にどのようなものか。前述の通り、「人財の多様性」をどのように定義するかがまず重要であり、もしそこにスキル等のコグニティブの側面における多様性の意味も含まれているのなら、「獲得した人財の多様な力」をスキルベースで表現し、データ化し、それらがいかにして企業の新たな競争力につながるのかを説明可能な状態にする必要がある。競争力アップにつなげるためにはどのようなスキルが必要となるのか、ということも定義が必要であり、それらのスキルを保有する人材を「適材」と捉えて「適所」に配置していく、ということが少なくとも「人財の活躍に向けた制度」の中に含まれていなければならない。

2【サステナビリティに関する考え方及び取組】
(1)サステナビリティ経営
④指標及び目標

のところに、「9つのマテリアリティに関する指標や2022年度目標及び実績は以下のとおりです。」と紹介されている。

ちなみに、「9つのマテリアリティ」は下図のとおり。

有価証券報告書(2023年3月期)のp.23

これらのうち、「働き方」に関連するものについては下記のとおり。

有価証券報告書(2023年3月期)のp.24

Future of Work(パフォーマンスとEXを高める新しい働き方を提供し、社会全体の働き方改革を推進する)

「指標」が「リモートワーク率」「社員満足度」「離職率」の3つ(のみ)というのがなんとも寂しい。これだけでは到底、未来の(ワクワクする)働き方を予感させるものでは全くないし、「社会全体の働き方改革を推進する」という意気込みも全く伝わってこないのでそのような記載はしないようがよい。
リモートワークの制度はもはや導入されていることが当たり前だ。約7割という「率」を達成しても全くインパクトがない。また、リモートワークを行った方がパフォーマンス向上につながると言いたいのか、EX(これは、「従業員体験」という解釈で合っているか?)の向上につながると言いたいのか、そもそもそれらの相関性は社内で調査してあるのか。
「EXを高める」と説明しておきながら、「指標」には「社員満足度」とある。EXと社員満足は別物であるし、ギリギリ、「社員満足度が高ければEXも高くなるはずだ」という相関性があることを前提にしているということであれば理解できないこともないが、その場合であっても、EXと関係があると言われているのは「従業員エンゲージメント」である。そしてまた、従業員エンゲージと社員満足は別物である。
「離職率」が3.3%であることについてはどのように捉えているのか。低いから良いと捉えているのか、もう少し高くても良い、高いほうがむしろ望ましいと捉えているのか、今の状態でちょうど良いと捉えているのか。数字を提示するだけでは「人的資本開示」とはいえない。

HumanRights &DEI(多様な人々が互いの人権を尊重し、活き活きと活躍する公平な社会の実現に取り組む)

これについても同様に、「指標」の種類、内容が乏しすぎる。
「多様な人々が」とマテリアリティの説明書きにはあるのに、7つのうち3つの指標を「女性の活躍」に結びつけているため逆に心象を悪くしている。「人々が活き活きと活躍する公平な社会の実現」のためには、女性比率が高くなればそれで良いということではない。
 この点、下記の事実に対しての無理解があるのではないか。
 すなわち、性別や国籍などの変えられない属性についてのデモグラフィックダイバーシティの実現よりも、考え方やスキル特性などについてのコグニティブダイバーシティ(Cognitive DiversityあるいはIntellectual Diversity)を実現した方が企業全体のイノベーションや業績向上に寄与することが明らか、ということである。應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆 特任教授によれば、これに関しては様々な調査結果も発表されている。例えば、一般社団法人日本CHRO協会の「CHRO FORUM」の中でも、「イノベーティブな組織作りに重要なコグニティブダイバーシティ」として「最近のさまざまな研究結果から、デモグラフィックダイバーシティはイノベーションと相関がないことがわかってきており、イノベーティブな組織を作るにはデモグラフィックダイバーシティではなくコグニティブダイバーシティに力を入れることが重要である。」と述べられている。そして同教授は、これらのことを裏付ける研究結果としてJuliet Bourke 氏による調査を例に挙げ、「思考のダイバーシティはチームのイノベーションを20%高め、リスクを30%軽減する」「コグニティブダイバーシティを重視する企業文化をもつ企業は、もたない企業に対し、好業績の企業の比率が3倍」といった調査結果を紹介している。
(参考:Juliet Bourke「Which Two Heads Are Better Than One? How Diverse Teams Create Breakthrough Ideas and Make Smarter Decisions」、Australian Institute of Company Directors、2016年)

 もちろん、我が国におけるほとんどの企業において、特に管理職層における女性比率は諸外国に比べて極端に低い(ついでに指摘すると、韓国も)ことは公知の事実であり、この歪ともいえる状況を放置して良いはずはない。しかしそれでも、人材登用や採用の基準をこれまでの延長で曖昧模糊としたままで、「とにかく女性比率を上げること」を目的化することには賛同できない。人材版伊藤レポートにも記載されている「経営戦略と人材戦略の連動」とは、すなわち「戦略を遂行するために必要な人材像(人材要件)をスキル・コンピテンシーベースで定義して、その要件に当てはまる人材を登用・採用し、不足しているスキルを補充するように育成すること」であるはずだが、このようにスキルに重点を置いた登用・採用・育成を行って他の余計なバイアスさえ排除すれば結果として「男女比」もあるべき水準に落ち着くはずである。

4つ目の指標も「外部人財採用率」であるから結局のところデモグラフィックの話であり、かつ、「外部人財の採用の比率」とはどのようなことだろうか。一般的な言葉の使い方として、「採用」というからには必然的に「外部人財」が対象なのではないか。幹部人材の内部からの登用と外部からの採用の比率を「指標」とするのであれば、ISO 30414のメトリックのうちの一つにも近くしくなり意義あるものと言えるのだが。

7つの指標のうち、残りの3つについて。

まず、「人権及びDEIに関する研修受講率」についてであるが、この類の研修というのは強制的に受講が求められるものであり、もともと受講率が100%となって当たり前であるものを「指標」に据えてどのような意味があるのか。「人権とかDEIに関する意識の高さは完璧だ。なぜならば受講率が100%だからだ」ということを主張したいのだろうか。それについての意識や関心の高さを、もっと効果的かつ説得的な方法で測定する方法を考えるべきだ。

次に「確認された人権に関する違反」についてであるが「目標」としては0件であることは、それはそうであろう。それに対して「実績」が2件。その事実をもって何を表現したいのか。2件というのは例年に比べて少ないのか。その2件の内容や重大性はいかほどのものだったのか。補足的な説明がなくただ件数だけ開示しても、人権を尊重している度合いをアピールするための指標の設定とその説明の仕方としては全く効果的ではない。

最後に「多様性向上に向けた情報発信」についてであるが、それが誰から誰に対しての情報発信で、どのような内容のもので、どのような効果を狙ったものであるのか。補足的な説明がないと、「52件以上」という目標設定がどれだけの意識の高さなのか、また、72件という実績もどれだけ評価されるべきことなのか、評価のしようがない。

・Digital Accessibility(基本的ニーズへ誰もが等しくアクセスできるサービスを実現し、人々のQOL向上を実現する)
・Community Engagement(地域社会の発展に向けた課題やニーズを理解し、暮らしを豊かにするサービスを提供する)

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