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ある日の昼休みのこと。

職場での雑談の輪に加わらないでいることは、
「プライドが高い」
ということなのでしょうか。

ある日の昼休み。
その時の話題が自身のご家族、お孫さんのことのようでした。
自席の机と向かい合わせとなっている社員とその隣の社員が、
どちらか撮影した赤ちゃんの動画(多分お孫さん)を
見ながら、盛り上がっていました。
私は、まだ十分に言葉が話せないお孫さんが
一生懸命に何かを訴えるような様子を
とても微笑ましい、と思いつつ、そのまま自席でスマホをみていました。
すると、その輪に私の隣の席の社員が加わりました。
その周辺で輪に加わっていないのが私だけ、くらいの感じになりました。
私は、そのままいるべきか、輪に加わるべきかどうしていいかわからなくなり、
用事を思い出したふりをし(気づかれてはいないと思いますが)
自席から離れました。

その後、私は強烈な自己嫌悪に陥りました。

別に嫌な話題でもありませんでしたから、加わることはできたと思います。
雑談自体がわるいこととも思っていませんし、むしろどんどんしてほしい
とも常日頃から思っています。
ただその時、私が考えたことは
普段通り、一人で静かに過ごして午後の勤務の準備をしたかったこと、
私に声をかけなくちゃ、と、周りの人に思わせてしまったらとても申し訳ないということ、
もし自分が途中からその輪に加わった結果、その輪が終わってしまったら、それも申し訳ない、ということでした。

私には、そのまま加わらないでいることも、
その輪に加わることも、どちらでもできたと思います。
もちろん、加わると決めた時には、
その輪が終わらないような加わり方で
加わったでしょう。
結果、私のやりたかったこと、
自分の意志を優先しただけ、とも言えると思います。

ですが、私がどう動くにしても、
私のせいで、それまでとても良好だった(そう見えた)状況が
終わってしまったことを想像していまい、怖かったのです。

とても自意識過剰だな、私の悪い癖がでちゃったな
と思いました。

結局その日はなんとなく気分が晴れないまま帰宅しました。
帰宅後、妻にそのことを話し始めると
「あなたのプライドが高いんだね」
とのことでした。

確かにそれは一理あるな、とは思いました。
自分の生きづらさの原因の一つだと常々思っていたので
普段から気をつけていたつもりでした。
でも、ちょっと納得できない気持ちもありました。

次の日、妻にそう言われたこと自体にもモヤモヤし、
そのモヤモヤを晴らすべく
仕事終わり、ビール一杯くらい飲んでから帰ろうと、
その日の昼頃には心に決めていましたが、
実際は、そこそこ混雑している飲み屋通り、
一人で立ち寄れる店も勇気もなく(コロナ前はできたのですが)
結局いつもの時間に帰宅し、買ってきた缶ビールを飲んで
そのまま寝てしまいました。

今こうして書きながら振り返っています。
結局のところ、妻の言う通りなのかもしれない、と思います。
そう思うことにして、健やかに過ごしていきます。

「プライド」は大切。
でも時に邪魔にもなります。
どう付き合えばいいのか、また考える日々です。



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