2020年 4月13日「町と自動販売機の話」

昨日の夜中。もしくは今日の朝方。
日清カップヌードル シーフードのスープを飲みながら思った。

〈腹が減った〉

こうなってはいつもの如く、コンビニで何か買うか。

しかし、私にはもう一つ選択肢がある。

クリーニング屋に赴く、という選択である。

わたしはイヤフォンをはめ、財布を携えて家を出た。

焼きおにぎり、焼きそば、ハンバーガー、チーズハムサンド、たこ焼き。

耳の中では「君は天然色」がいつもと変わらない調子で流れている。

クリーニング屋はわたしの住処から歩いて10分ほどの所にあった。

夜という人もいれば、朝方だという人もいるだろうこの時間に、24時間営業の古すぎも新しすぎということもない無人のクリーニング屋に向かっている。

腹を空かせた26歳はボケっと夜道を往く。

暗がりの中に殊更白い光が見えて来た。
近づくにつれて、小さく〈ゴウン、ゴウン〉と機械音が聞こえる。

クリーニング屋の前に着き、中を覗くと、人こそ居なかったがドラム型洗濯機が一台稼働していた。

わたしはガラス張りの引き戸を開けて、それほど広くはない店内に這入る。

そして自販機の前に立った。
実はこの無人クリーニング屋、この令和のご時世にしてホットスナックの自動販売機が据え置かれているのだ。最近では古いホテルくらいでしか見なくなった代物だ。
オーパーツじみている。

メニューは先ほど〈焼きおにぎり、焼きそば……〉などと列挙したものだ。
わたしはその中から、焼きおにぎりとチーズハムサンドを選ぶ。

まず小銭を入れて焼きおにぎりの写真の下で赤く光るボタンを押した。
すると、小銭の挿入口のすぐ上にある〈温めております〉という字が赤く点滅する。
機械は〈ブーン、ブーン〉と音を鳴らして、わたしの為に働いてくれた。

30秒ほどすると〈カタン〉と拍子抜けな音を鳴らして、受け取り口に小さな箱が現れる。
わたしはいつもそれをすかさず手に取るのだが、それは〈アホか!〉と罵声を飛ばしたくなるほど熱い。烈火の如く熱いのだ。

その配慮の無さに辟易しながらわたしは、ホヤホヤの焼きおにぎりの箱を店内の端にある待機スペースのテーブルに置く。

そして矢継ぎ早にチーズハムサンドの自販機に小銭を投入する。
こいつも大体焼きおにぎりと同じ要領で温められ、やはり〈カタン〉と拍子抜けな音を立てて出現した。

こうしてわたしの夜食が揃い踏みである。

わたしは椅子の位置を少し変えて入口のガラス戸から外が見えるようにする。
まずは焼きおにぎりの箱を開けると、小ぶりなのが2つ姿を見せる。
無用な箱のデカさも相まって、余計に小さく見える。

1つ手に取ってみると、やはりまだ、べらぼうに熱い。
わたしは猫舌なもので、仕方ないので直ぐにでも齧り付きたいのを我慢して焼きおにぎりを冷ます。

外を眺めるが、人の通りは殆ど無い。
偶に車が通りかかるが、それも随分疎らだ。

この〈町〉にはまだ馴染み切れていない。
そんな気がする。
住み始めて3年目にして、そう感じる。
まだ血に馴染む土地ではない。

いつかはこの町に馴染むことがあるのか。
もしくは離れて始めて、この町が故郷と相成るのか。

そんなことを考えている内に焼きおにぎりは冷め、チーズハムサンドも後に続く。

相変わらず一台のドラム式洗濯機が〈ゴウン、ゴウン〉とリズムを刻んでいた。

わたしが2つ目の焼きおにぎりを口に放り込んだ時、〈ガラガラ〉とガラス戸が引かれた。

シャツに短パンのラフな格好の老男が店内に入ってきたのだ。
老男は稼働しているドラム式洗濯機の前に立った。
貴方のでしたか、それ。

わたしは席を空けるため、チーズハムサンドを一気に口に押し込んだ。

そのまま店を去ろうとすると、老男は髪の薄い頭をぺこりと下げてくれたので、わたしも小さく会釈をして店を後にした。

斯様に、何処の街でも人は生活をしているのである。

もうこの時間に夜食をつまみ食いしたとて何の背徳感も感じなくなって久しいが、夜中に食う焼きおにぎりとチーズハムサンドはやはり格別に旨かった。



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