2020年 4月2日「シンバルを叩くイカれた猿のオモチャの話」

仕事帰りに会社からほど近いラーメン屋に寄った。正直旨くもないが、ラーメンの面をしたものが欲しかった。

券売機でチャーシュー麺の券を買い、入口に近い席に腰を下ろした。
しばらくはお産に苦しむ女の顔の様な壁の絵や、どこのラーメン屋にもありそうなビールのポスターを眺めながらチャーシュー麺を待つ。

目の端で男が席を立つのが見えた。
えらく髭が伸びきった男で、手には何かでパンパンのビニール袋を持っていた。

気にすることもないかとまたお産の女に目をくれると、〈ガタン〉と私の目の前の椅子を引いた。
特に躊躇もなくわたしの向かいに座った男はその髭面でシンバルを叩くイカれた猿のオモチャみたいな笑みを浮かべて、机にビニール袋を置いた。

〈兄さん、スープいる?〉

ああ、なるほど。そりゃスープだったのか。
彼の手に持っていた袋は変に生き物然としていたし、ドブの様な色をしていたのにも納得した。

店内の照明が明度を下げた様に思えた。

〈俺はいらんよ〉とだけ言ってチャーシュー麺を待つことにした。
それでも男は席を立たなかった。

これはきっと俺の頼んだチャーシュー麺のスープもきっとねだられるのだろうと思った。

程なくしてチャーシュー麺は到着し、目の前の男は視界に入れない様にして平らげた。

〈それ、いらんの〉

待っていた言葉が飛んできたので〈俺はいらんよ〉とだけ残して店を出た。

店の自動扉を出たあたりで、外から彼の姿を伺うと、いい加減膨らんだビニール袋に追い討ちをかける様にスープを入れたものだから袋が裂けてしまったらしい。
店内は軽く騒ぎになっていた。それでも男はイカれた猿のままだった。

しかし、あの店のスープはえらく薄い。

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