見出し画像

【医師論文解説】薬の闇:10年で31億円の隠れたコストが明らかに!?【OA】


背景:

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、痛みや炎症を緩和するために広く使用されている薬剤ですが、胃腸出血、腎機能障害、心血管系への悪影響など、多くの有害事象が知られています。

NSAIDsは薬物有害事象による入院の30%を占め、主に胃腸出血、心筋梗塞、脳卒中、腎障害が原因となっています。

安全性の懸念から、多くの国でNSAIDsの処方は過去25年間減少傾向にあります。総処方数の減少、より安全性の高いNSAIDsの選択、胃粘膜保護薬の併用処方の増加などの変化がありました。これらの変化により、1997年から2005年の間に消化性潰瘍の発生率が52%減少し、2004年の規制警告後は心血管疾患患者へのNSAIDs処方も減少しました。

しかし、高齢者、消化性潰瘍の既往がある人、心不全患者、慢性腎臓病患者、出血リスクを高める他の薬剤を服用している人など、有害事象のリスクが高い人々へのNSAIDs処方は依然として一般的です。

この研究の目的は、イングランドにおける5つのタイプの高リスクNSAIDs処方の有病率を定量化し、この処方に関連する害と国民保健サービス(NHS)のコストを推定することで、政策介入の標的設定と評価に情報を提供することです。

方法:

  1. 有害処方事象(HPE)の有病率の推定: イングランド全土の2,430の一般診療所から得られたデータを用いて、5つの高リスク群におけるNSAIDs処方の有病率を推定しました。

  2. 患者レベルの害とNHSコストの推定: 各HPEに関連する患者レベルの害とコストを推定するために、コホートレベルの状態遷移(マルコフ)モデルを開発しました。これらのモデルは、各高リスク領域に関連する患者のアウトカム(質調整生存年[QALY]で測定)とNHSのコストを生成しました。

  3. モデル設計:

    • 各モデルには、HPEに関連する主要な有害事象と死亡の健康状態が含まれました。

    • HPEに関連する害の絶対リスクは、可能な限り大規模な人口ベースの観察研究から導出しました。

    • 健康状態にはユーティリティ値を割り当て、各健康状態に関連するリソース使用を推定しました。

    • 基本ケース分析では10年間のフォローアップ期間を設定し、感度分析で5年から20年まで変化させました。

  4. 有病率、害、コストのスケールアップ: サンプルから得られた有病率をイングランド全体のGP登録人口(63,049,603人)に適用し、各HPEの影響を推定しました。

結果:

  1. 各HPEの患者レベルの影響:

    • QALYの損失は、消化性潰瘍の既往がある患者での0.01 QALY(95%信頼区間[CI]: 0.01-0.02)から、慢性腎臓病患者での0.11 QALY(95% CI: 0.04-0.19)の範囲でした。

    • NHSコストの増加は、心不全患者での統計的に有意でない14ポンド(95% CI: -71 to 98ポンド)から、経口抗凝固薬を併用している患者での統計的に有意な1,097ポンド(95% CI: 236-2,542ポンド)の範囲でした。

  2. HPEの有病率:

    • 1,000人あたりのHPE有病率は、NSAIDs(胃粘膜保護薬なし)を処方された消化性潰瘍の既往がある人での0.11から、NSAIDs(胃粘膜保護薬なし)を処方された高齢者での1.70の範囲でした。

  3. イングランド全体での影響:

    • 年間162,219件のNSAIDs関連HPEが推定され、そのうち66.3%が胃粘膜保護薬なしで高齢者にNSAIDsを処方するケースでした。

    • これらのHPEは、イングランドで続く10年間に778件の超過死亡に関連すると推定されました。

    • 最も一般的なHPE(胃粘膜保護薬なしで高齢者にNSAIDs)は、1,929 QALY(95% CI: 1,416-2,425)の損失と2.46百万ポンド(95% CI: 0.65-4.68百万ポンド)のコストをもたらしました。

    • 全国的に最大の害とコストをもたらしたHPEは経口抗凝固薬服用者へのNSAIDs処方で、2,143 QALY(95% CI: 894-4,073)の損失と25.41百万ポンド(95% CI: 5.25-60.01百万ポンド)のコストが推定されました。

    • 5つのHPE全体で推定されたQALY損失の合計は6,335(95% CI: 4,471-8,658)で、NHSコストは31.43百万ポンド(95% CI: 9.28-67.11百万ポンド)でした。

  4. 感度分析:

    • HPEへの曝露期間を短縮すると、害とコストの推定値は大幅に減少しましたが、フルモデルで推定された害の少なくとも半分は治療開始後1.5年以内に蓄積していました。

    • モデルの時間地平を短縮すると、QALY損失とコストの影響は減少しました。時間地平を延長したり割引率を下げたりすると、ほとんどの場合、逆の効果が見られました。

英国人口における10年間の過剰イベントの予想数。NSAID=非ステロイド性抗炎症薬
非ステロイド性抗炎症薬 (NSAID) に関連する危険な処方イベントに関連する、イングランドにおける 10 年間の総コストと質調整生存年 (QALY) 損失。平均増分 QALY 損失と増分コスト増加は、10,000 回のシミュレーションからシミュレートされた分布とともにデータ クラウドとして表示されます。ピンクの点線の楕円は、推定増分 QALY 損失と増分コスト増加の 95% が発生すると予想される境界を表します。
危険な処方イベントへの曝露期間に関する仮定の影響

議論:

  1. 主な知見:

    • 最も一般的に発生するHPEは高齢者への胃粘膜保護薬なしのNSAIDs処方でしたが、経口抗凝固薬との併用はより大きなQALY損失とコストをもたらしました。

    • 5つのNSAIDs関連HPEは、イングランドで10年間に6,335 QALYの損失と31.43百万ポンドのNHSコストを引き起こしました。

  2. 他の文献との比較:

    • 本研究は、より長期間にわたる胃腸系への影響をより完全に推定し、より包括的な一次医療コストを含めることで、害とコストの推定値を増加させました。

    • 腎臓や心血管系への影響を含めることで、より包括的な害の評価を提供しています。

  3. 強み:

    • 胃腸系、心血管系、腎臓系の一般的な害の範囲にわたるNSAIDs処方の害とNHSコストを推定しました。

    • 長期的な害とコスト(例:胃腸再出血、急性腎障害に関連する慢性腎臓病進行リスクの増加)を含めました。

    • 実世界のHPE発生率データとモデル推定値を組み合わせることで、NSAIDsに関連する害の規模をより完全に把握しました。

  4. 限界:

    • 特定のHPEの影響を受ける期間に関するデータがなく、モデルでは10年間の曝露を仮定しました。

    • NSAIDsの曝露は痛みの変動に応じて変化しますが、モデルは一定の用量を仮定しています。

    • モデルは10年間の時間地平に制限されており、HPEのコストと害を過小評価している可能性があります。

    • すべての害が考慮されているわけではなく、害とコストが過小評価されている可能性があります。

    • 市販のNSAIDs使用は捕捉されていません。

結論:

NSAIDsは、その使用を減らすためのさまざまな取り組みにもかかわらず、依然として回避可能な害と医療コストの源となっています。特にハイリスク集団では、害のリスクと関連コストがNSAIDsの利益を上回っているように見えます。したがって、患者安全と減薬のイニシアチブにNSAIDsを引き続き含めるよう、集中的な努力をすべきです。

文献:Camacho, Elizabeth M et al. “Estimating the economic effect of harm associated with high risk prescribing of oral non-steroidal anti-inflammatory drugs in England: population based cohort and economic modelling study.” BMJ (Clinical research ed.) vol. 386 e077880. 24 Jul. 2024, doi:10.1136/bmj-2023-077880

この記事は後日、Med J Salonというニコ生とVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。

良かったらお誘いあわせの上、お越しください。

私たちの活動は、皆様からの温かいご支援なしには成り立ちません。

よりよい社会を実現するため、活動を継続していくことができるよう、ご協力を賜れば幸いです。ご支援いただける方は、ページ下部のサポート欄からお力添えをお願いいたします。また、メンバーシップもご用意しております。みなさまのお力が、多くの人々の笑顔を生む原動力となるよう、邁進してまいります。

用語解説:

  1. QALY(Quality-Adjusted Life Year:質調整生存年): QALYは、生存期間の長さと生活の質(QOL)を組み合わせた指標です。1 QALYは完全な健康状態で1年間生存することを意味します。例えば、0.5のQOLで2年間生存することは1 QALYとなります。医療介入の効果や費用対効果を評価する際によく用いられます。

  2. GP(General Practitioner:一般開業医): GPは、イギリスなどの国で一次医療を担当する医師のことを指します。患者の初期診療、慢性疾患の管理、専門医への紹介などを行い、地域医療の中心的な役割を果たしています。

  3. 感度分析: 研究結果がモデルの仮定や入力値の変化にどの程度影響されるかを調べる分析方法です。特定のパラメータを変化させた時に結果がどう変わるかを観察することで、モデルの頑健性や結果の信頼性を評価します。

  4. 状態遷移(マルコフ)モデル: 時間の経過とともに変化する健康状態を模借するための数学的モデルです。患者が異なる健康状態(例:健康、病気、死亡)間を移行する確率を定義し、長期的な健康アウトカムやコストを予測するのに用いられます。「マルコフ性」という特性により、次の状態への遷移は現在の状態にのみ依存し、それ以前の状態には影響されないと仮定します。

所感:

本研究は、NSAIDsの高リスク処方がもたらす臨床的および経済的影響を包括的に評価した重要な研究です。特に注目すべき点は以下の通りです:

  1. 方法論的な強み: 患者レベルのモデリングと人口レベルのデータを組み合わせることで、より精緻な推定を可能にしています。また、長期的な影響を考慮に入れることで、これまでの研究よりも包括的な評価を提供しています。

  2. 政策への示唆: 特定のハイリスク群におけるNSAIDs処方の影響を定量化することで、政策立案者や臨床医に具体的な介入の優先順位付けを可能にします。特に、経口抗凝固薬との併用が最も大きな影響をもたらすという知見は、即座に行動に移せる重要な情報です。

  3. 経済的影響の明確化: NHSにとっての具体的なコスト推定値を提供することで、介入の費用対効果を評価する基礎を提供しています。これは、限られた医療資源の配分を決定する上で極めて重要です。

  4. 将来の研究への道筋: 本研究は、他のNSAIDsリスク、時間経過に伴う曝露の理解、NSAIDsの代替策の最適化など、さらなる研究の必要性を明確に示しています。

  5. 患者中心のアプローチの必要性: NSAIDsのリスクに関する患者の認識を高めることの重要性を指摘しており、shared decision makingの観点からも重要な示唆を提供しています。

  6. 限界の認識: 研究の限界を明確に認識し、それらが結果にどのように影響する可能性があるかを詳細に検討していることは、科学的誠実さの観点から高く評価できます。

総じて、本研究はNSAIDsの安全な使用に向けた重要な一歩であり、エビデンスに基づく医療政策の形成に大きく貢献する可能性を秘めています。今後は、これらの知見を実際の臨床現場でどのように適用し、患者のアウトカムを改善できるかを検討することが重要になるでしょう。

よろしければサポートをお願いいたします。 活動の充実にあなたの力をいただきたいのです。