国連総会緊急特別会合を聖教新聞はどう報じたか

※この記事は3/2AM7:00時点の情報に基づいて作成しています

結論:日本のマスメディアの悪いところが存分に出ていました。特に両論併記。(以下追記12:30追記←ニューヨーク時事だし、ロシア非難の論調なのでこれは言い過ぎた。ただ、ロシア国連大使の言い分をそのまま掲載するのはどうなのか。まあ時事だから速報性命だもんね)

見出しは「戦車ではなく対話を」
記事の内容は「ニューヨーク時事」のものだから特に聖教新聞が悪い訳では無いんだが。
グテーレス国連事務総長のロシアへの非難声明があり、ウクライナ・ロシア両国連大使のコメントを掲載。
最後にジョージア国連大使のメッセージを掲載し、ロシアを非難する論調で締めくくられた。

まあ聖教新聞のニュース欄はそんなもんです。(以上追記終)

国連総会の緊急特別会合とは

国連安保理は27日、ロシアによるウクライナ侵攻をめぐり、国連総会の緊急特別会合を要請する決議案を採択した

https://trafficnews.jp/post/115999

緊急特別会合は、国連憲章で「国際平和と安全維持の主要な責任を負う」とされる安保理が、常任理事国の不一致で機能不全となった場合に開かれる。加盟国の過半数か安保理理事国の9カ国以上の賛成が必要で、安保理による会合要請はイスラエルによるゴラン高原併合問題を取り上げた1982年以来、40年ぶり

https://trafficnews.jp/post/115999

この会議の目的は「ロシアの国際的孤立を示すため」だそうです。仮にこの会議でロシア非難決議が採択されたとしても、なんの法的拘束力はありません。
しかし、各国がそれぞれの立場を明確に示すことができます。
今回は3日間に渡って開催され、今朝2日目が終わったところです。

各国代表の演説要約より

いま我々はみんな、ウクライナだ
この発言の解釈には以下のtweetが適切かと思われます。

つまり、今回のウクライナ侵略におけるウクライナの立ち位置は「自由や民主主義、人権を擁護するための最前線」となっているのです(この辺はウクライナ政府の情報戦略とアメリカのインテリジェンスが上手く噛み合った影響もある)。

一方で、現在もシリアやイラク、エチオピアをはじめとする世界中で紛争・内戦が続いています。

なぜウクライナだけを特別視するのか

これには明快な回答があります。
以下のtweetをご覧下さい。

私達は今回のウクライナ侵略(トルコは戦争と呼んでいることを確認済)を開戦前から今に至るまで、リアルタイムで地球全体で現地の状況、関係国の情報戦を見てきました。それをTwitterをはじめとするSNSにおいて、専門家の簡潔明快な解説付きで見ることができています。

これは人類史上初のできごとです。

アフガン戦争やイラク戦争ではアメリカの情報戦に騙され、日本を始めとする各国が加担してしまいました。

しかし今回は専門家の分析が全世界を行き来し(無償なのに有難い)、それが拡散されることで正確な情報を得ることができています。

そのことで今回の動乱の本質が「プーチン政権VSウクライナ(自由や民主主義、人権を擁護するための最前線)」であることを世界中の多くの市民と共有できています。

そのことが国際世論を動かし、EUの結束をはじめとする各国の強い姿勢に繋がっているのです。

今回のウクライナ侵略は、です。人類に突きつけられた新しい紛争です。

これまでとは比べ物にならないほど多くの正確な情報に触れることができ、何を守るために立ち上がり何を非難すべきかが明確になっています

ここで立ち上がらなければ"力による現状変更"を追認することになります。
その勢力に加担していると見なされます。
従って今回のウクライナ侵略は特別なのです。
ここでの対応を誤ると、これまでとは全く異なる国際秩序ができあがってしまいます。だから声をあげないといけない。

平和のために声を上げる



平和主義とは戦争に反対することではありません。戦争を起こさせないために行動することです。
今回はその抑止に失敗しました。
だからせめて声を上げる必要があります。
嘆願書を出そうとしたのもそのためです。

ある男子部員から言われたのですが「分断を煽ってる。仏法の平和主義に基づき祈り対話を進めるべき」と。

私には彼の言ってることが理解できません。
ただの現状維持です。
そもそも仏法に基づく平和主義の理論とはなにか。

日蓮は立正安国論を表し国主諫暁をした
牧口・戸田は時の法主を諌め投獄された
池田は夕張の権力や国家権力と対峙した
なら私たちは?
私達はどうするのか
何が平和主義なのだろうか


プーチン政権の目指すもの

以下のTwitterのツリーを読んでみてください。
今回の紛争で声をあげないことがどれほど無責任なことかがわかります。

声を上げることでウクライナは世界を味方につけました。
平和の連帯に連なるためには私達も声を上げなければなりません。

今私たちは歴史の転換点にいます。
日蓮ならばこういうでしょう。
"まことのとき"
今こそ声を上げるべきときです。
今あげずにいつ上げろというのか。
全てが終わったあとに対話をしても、「あなたはウクライナ侵略のとき何をしてたの?」と聞かれます。
日本における第二次世界大戦後の戦後のように。