rumera-ルメラ-第1話 ノープランで書き始める物語
〈あらすじ〉
ピンポーン!
あなたの家にある日、宅急便が届く。板チョコみたいな箱に入ったデジタルメモ——名前はルメラ。差出人は不明。〝当選しました! おめでとう!〟の紙切れが、一緒に同封されている。
ルメラは小さなノートパソコンのようで、とても打ちやすい。物語を書くのに最適なデジタルメモに見えるが。しかし、ルメラに打ち込んだ物語は現実になるのだ。
勝手に暴走する恐ろしきルメラを、あなたは止められるのか?
あなたの家にも、明日ルメラが届く——。
「よしっ!投稿!」
静けさしかない孤独な部屋で、私は夕飯を食べながらスマホを触る。私はとある小説投稿サイトで小説を書いている。毎日出されるお題で物語を書いたり、スペシャルなお題の時は何日も考えてから書いて投稿する。他のユーザーさんの小説もスマホ一つで手軽に読めるので、こんな私にも日常の楽しみをくれる楽しいサイトである。
一人分の食器を流しに入れると、私はソファーに腰を掛けて読みたかった小説を読む。私はいつからこんな毎日を過ごしているのだろう。もう半年ぐらい経つだろうか。それは、夫が夜遅く帰って来るようになってからだ。夫が女を作ってからだ。
だから、私はこのサイトで小説を書くようになった。初めは寂しさを紛らわす為だったけど、すっかりと小説を書くこと自体にはまってしまったのだ。小説なんてあんまり読んだこともないし、全く書いたこともない。それでも書けるようになってくると楽しくて、読んでくれる人も増えて寂しさは紛れたように思えた。
でも、最近は毎日夫の帰りが遅いし、休日もどこかへ出かけてしまう。段々と憎しみみたいなものが心を燻り、その沸々わいてくる感情を小説へと吐き出していた。
「もっと書きたい。もっと書きたい」 と。
数日後、ほとんど夫に会わないまま仕事から帰ってくると、郵便受けに不在連絡票が入っていることに気が付く。
何だろう? 何か頼んだっけ? まさか夫が? とりあえず運送会社に連絡をして、夜に届けてもらうことにした。
ピンポーン!
印鑑を押し、小さな段ボールを受け取る。宛先は確かにここで、宛名は空欄だ。
何だろう・・・・・・怪しいかな。開封せずにテーブルに置いてしばらく様子をうかがった後、やっぱり気になったので開けてみることに決めた。
カッターナイフを握りしめ、ドキドキしながら一直線に刃を滑らせて開封する。茶色の段ボールの中に、もう一つ厚さの薄い茶色の段ボールが入っている。大きな板チョコみたいな形の箱。パコッと開けると、真ん中に白い袋に入った四角い何かがはまっている。
取り出してみると、それは両手サイズぐらいの小さなパソコン? みたいなものだった。ゆっくり開けてみると、やっぱり小さなノート型パソコンみたいで、キーボードがちゃんと付いている。
こんなの頼んだ覚えがない。一緒に入っていた説明書の表紙には、デジタルメモ「rumera-ルメラ-」と書かれている。まさかこれが、サイトのユーザーさんも使用してるというルメラ? 高くてなかなか手が出せなかったモノだ。でも、どうしてそれがここに?
説明書を開こうとすると、ひらりと何かが落ちる。拾い上げた紙切れには、“当選しました! おめでとう!” と書かれている。
何かに応募なんてしていない気がするが、とりあえず何かを書きたい!という衝動にかられる。私はノープランのまま、ルメラを開いて何かを書き始めた。
「何これ! めっちゃ書きやすい! 辞書も付いてて便利!」
私はノープランのまま、スラスラと文字をキーボードで打っていく。私は知らないうちにサスペンスを書いていた。それは夫の愛人の女が行方不明になるという物語。
「よし!とりあえず続きは明日書こう!」
心の闇が少し吐き出せてすっきりしたまま、私は今日も夫が居ないベッドで眠りに就いたのだった。
※
次の日の仕事中。私は物語の続きをどうしようか? そんなことばかり考えていた。家に帰ってきた後も、ご飯を作りながらそのことばかりを考える。
愛人をどうしよう? 夫をどうしよう?
物語の中では何でも自由に出来る。愛人を誘拐しようが、警察に捕まることはない。実際には出来ない事が出来てしまうのが、物語の魅力なのかもしれない。
夫の分の夕飯にラップをし、自分の分だけをテーブルに置こうとした時、ガチャン! と玄関の扉が閉まる音が聞こえた。
えっ? まさか・・・・・・。
「ただいま・・・・・・」
そこには疲れ果てた顔をした夫がいる。珍しく早く帰ってきたから、私は腰を抜かしそうなぐらいびっくりする。急いでご飯の用意をする。
「お、おかえりなさい」
「なんか、今日は食べたくない・・・・・・」
夫はそのままソファーに沈んで倒れ込んだ。その時、ニュースでは何かの事件の映像が流れ、それを見た夫はパッと起き上がって、その映像に釘付けになる。私はキッチンからその映像を見て驚愕した。
そこに映し出されたのは夫の愛人の顔。尾行したときに見たから間違いない。その愛人が行方不明になっているというニュース。
えっ? どうして夫の愛人が行方不明に? まさか、私がルメラでそんなような物語を書いたから? 夫は真っ青な顔で「今日は寝る」と言って、すぐさま寝室へと行ってしまった。
テーブルに置いてあるルメラを見つめる。
「ただの偶然よね?」
私はそんなことを思いながら、ルメラを開いて物語の続きを書いていった。
※
私は時間を気にしながら、スーパーで時間を潰していた。ドキドキと胸を躍らせ、震える右手を左手で押さえながら、じっと待っていた。
昨夜、ルメラで小説を書きながら、不思議な感覚を感じながらキーボードを打っていた。不気味なほど筆が進み、手が止まらなかった。ルメラで夫の愛人が行方不明になる物語を書き始め、なぜか、その愛人が行方不明になるという出来事が現実で起きたのだ。偶然にしてもおかしい。だから少し試してみた。
私の物語に出てくる夫。いつも車で会社へ行くのだが、朝、車の調子が悪くて電車での出勤になるという事を書いてみた。すると、今朝夫は車の調子が悪いからと、電車で行くと言って家を出て行ったのだ。今まで車の調子が悪いなんてことはなかったはず。だから、私は確信した。突然、私の元へやってきたあのルメラで、小説を書くと書いたことが現実に起こるということに。
昨夜書き上げた私の小説を、頭の中で巡らせていく。あれが現実になると思ったら笑いが止まらない。私は時間を確認すると、高鳴る心臓を落ち着かせながら家へと向かった。
案の定、聞こえてきたのは泣き叫ぶ夫の声。私は見知らぬ顔で、リビングの扉をそっと開ける。
「美香!美香!」
天井からぶら下がった息絶えた人形を、椅子に乗りながら必死に降ろそうとする夫。その姿を冷酷な目で見つめた私は、何ごともなかったかのようにその背中に声を掛ける。
「ど、どうしたの? その人は誰?!」
その美香とか言う人形を降ろし、愛しそうに抱きしめようとした夫が、目を見開きながら振り返る。
さぁ、白状しなさい。その人は誰?
「・・・・・・人だ」
「えっ? 何?」
「俺の愛人の美香だ・・・・・・」
「愛人?!」
「お前、知ってたくせに・・・・・・それより、どうして美香が自殺なんて!」
夫は薄汚い涙を流しながら、冷たくなったであろう美香の体を抱きしめる。
どうしてって・・・・・・私が小説にそう書いたからよ。だから、私たちの家で首を吊って自殺したの。あなたが見つけた方が悲しみが増すでしょう?
「その人・・・・・・右手に何か握りしめてない?」
夫は美香の右手を開くと、小さく折りたたまれた紙切れを取り上げて広げた。それを見た夫は紙切れを顔の前で握りしめ、泣き崩れている。紙切れはぐちゃぐちゃになって、汚れた涙で濡れていく。
“あなたを憎みながら死んでいく。奥さんと別れなかったあなたが憎い” と私は書いた。小説に、その紙切れに。美香にそう、書かせた。
美香の遺体を強く抱きしめる夫を、冷めた目つきで見下ろす。
美香と不倫していた事を後悔してる? それとも私と別れなかった事を後悔してる? どっちにしても、あなたにも天罰は下るの。
夫はのっそり立つと台所へ行き、流しの下を開けて包丁を片手に戻ってくる。美香の近くに跪くと、夫は包丁を天井へ掲げ呟く。
「美香、ごめん・・・・・・」
銀灰色が儚く煌めくと、真っ赤な血しぶきの波形が舞い上がる。ドサッと倒れた夫の心臓には、垂直に突き刺さった包丁。
完全犯罪。
完全犯罪の完成。
私は何も手は下していない。
ルメラでフィクションの小説をただ書いただけなのだ。
「さて、ルメラで書いた小説を消さなくちゃ・・・・・・」
テーブルに畳まれて置いてあるルメラに近づこうとしたその時。体がぐん! と金縛りみたいに動かなくなる。
えっ? な、何これっ?!
カチャッ!
ルメラがひとりでに開く。
カチカチカチカチカチカチ・・・・・・
画面を流れていく文字。誰も居ないのにひとりでに打たれていくキーボード。Enterキーで勝手に改行していく文字列。誰もいないのに、小説を勝手に書いていくルメラ。
私は糸で操られたマリオネットみたいに、床に倒れていた椅子を立て直す。そして、その上に乗った。目の前にだらんとぶら下がるロープの輪っか。
えっ? ちょ、ちょっと、待って!!
口はもごもごするだけで、声を発することはできない。私の両手がその輪っかを持って、自らの顔を近づけていく。力を込めて抵抗する中、耳に届いてくるキーボードを打つ軽快な音。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
いやっ! 死にたくない! 死にたくないよ! これからせっかく人生をやり直そうと思っていたのに・・・・・・。
輪っかにはまる頭。そこから見える二体の遺体は、血の池にすっかりと沈んでいる。ガタガタ震える体に合わせて、グラグラと揺れる椅子。
椅子が倒れたら私は・・・・・・。
突然、ピタと止まったキーボード。
床にガタンと倒れ込む椅子。
首にぐいいと食い込むロープ。
薄れゆく酸素と意識の中、ふいに軽快な音が聞こえた。
それは・・・・・・ルメラが閉まる音。
※
ピンポーン!
「うわっ!これってルメラじゃない!何、この紙切れ?」
「当選しました!だって~ラッキー!よしっ!これでさっそく物語を書こうっと!」
カチカチカチカチカチカチカチ・・・・・・
(第1話・完)
〈第2話〉https://note.com/howari5512/n/n362dcfb4194f
〈第3話〉
https://note.com/howari5512/n/ne9a9e4a4c310
〈第4話〉
https://note.com/howari5512/n/n2cf4eb4f5847〈第5話〉
https://note.com/howari5512/n/n446ca5fe1df5
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