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フランスの大学院は廃人工場!? 『博論日記』

日本に住んでいると、一生かかわりがないであろうフランスの博士課程。

フランスの博士課程を、手軽にマンガで追体験できるのが本書です。

話としては、一度社会に出た主人公の若きジャンヌが、博士入学試験の合格をきっかけに研究者となり、博士号を取得するまでの物語。

ジャンヌの孤独な戦いをつうじて、フランスの不条理かつ、廃人製造工場でもあるような博士課程がえがかれています。

といっても悲壮感がただよっているわけではなく、ユーモアのある比喩とアイロニックな絵で、理不尽な状況をたくみに表現しています。

本書をオススメするのは、フランス映画が好きで、もっとフランスでの日常生活が知りたい方。

また、主人公と同じく博論研究に挑んでいる人にも、あるある日記として読めます。

それに、ジャンヌの博士論文のテーマは「カフカ」なので、カフカが好きな人には解釈の幅が広がり、楽しめるかもしれません。

本書の最大の特徴は、「抑圧される切なさ」が伝わってくることです。

当初は3年で博士論文を書き上げる予定が、4年、5年….と、時間は無慈悲にすぎていきます。

そんななか親や周囲からは、「その研究、何の役に立つの?」、「まだ博論書いてるの?」といわれ、理解されることがない個人の苦悩。

きわめつけは、指導教官カルポです。

指導教官というと、研究に対して助言してくれるメンターのような存在をイメージしていましたが、カルポは正反対で、なんの指導もアドバイスも与えてはくれません。

院生たちがカルポに会えるのは火曜日の講義後のみ。

カルポにとっては、院生が書いてくる博士論文は「厄介な紙くず」と表現しています。

ジャンヌの話を聞きそびれても、

研究の筋立てはもうかなりしっかりしているじゃないか まだ始めたばかりなのに驚いたよ!

といい、

今考えを固めているところだろうから、私が口出しすることは蛇足だと思います

科学的な視点から、君を締め付けるような意見や指導をするのはナンセンスでしょう

と、うまく自分が意見をすることを避けています。

ジャンヌが行き詰まり、何ヶ月もカルポからのメールの返信がないため、質問のメールを送ると、カルポは「卑劣なやつとは思われずに なおかつメールをかえさないことはできるだろうか…」と考え、「結局院生ってのは愛情が欲しいペットの犬みたいなもんだ…」と、以下の返信を送ります。

君の質問はとても的を得ています。考察がだいぶ進んだようだね

君の研究についてしばらく考えていました

ショーペンハウアーの著作と、その批評は君の質問にすべて答えてくれると思いますよ

彼の正義と意志の下劣さについての問いは、君の研究に力強い哲学的見地をもたらしてくれることでしょう

この作業がおわったらまた連絡してください、そうしたらすぐに面談で話しましょう

そして最後に、「よし。これで彼女はしばらく動けないだろう…」と微笑んでいました。

そんな、一見非道とも思える指導教官のカルポですが、指導教官なりの苦労も描かれています。

生徒のなかには、鬱のような生徒や、怒りやすい生徒もいます。

答えのない問題に取り組んでいるのと、社会的な抑圧もあり、さまざまなな悩みをかかえているからでしょうか。

たとえば、「無気力の中700ページは書いたんです…明日までに読んでもらえたら嬉しいです…じゃないともう自殺してしまうかも…」といいだす学生がいました。

「過酷な時を過ごしているのは君だけじゃない」となだめ、「できるだけ早く君の論文を読もう」、とカルポはその生徒に約束しています。(結局読まないと思いますが)

良い指導教官をえらぶことも大切ですが、指導教官に頼らずに、研究を進める方法を身につけていることも、院生にとっては重要だと思いました。

また、博士号をとるには、経済的余裕が必要という現実もみせてくれます。

ジャンヌは経済的余裕がなかったため、博士論文と並行して、仕事して選んだのは大学生の授業の講師と、事務員の仕事。

授業の講師は準備に半日ほどかかり、事務員の仕事は、週に月曜日から金曜日の間、朝10時から17時まで(木曜日は15時まで)。

ほとんど会社員と変わらないじゃないか、とツッコミたくなります。

金銭的余裕のなさが、生活の余裕のなさにも現れ、同棲していた彼氏との時間をつくることができず、結局別れてしまった時は悲しくなりました。

著者のディファンヌ・リヴィエールは、自身の博士課程における経験をもとに、自伝ともいえる本書を2015年に出版し、フランスでベストセラーになりました。

主人公のジャンヌとは違い、博士論文のテーマは「アルバート・コーエンの『選ばれた女』における「愚かさ」の表象について」で、博士課程も中退しています。

博士論文に追われるなか、友人に絵を贈ったことをきっかけにマンガ制作に興味をもち、ブログに投稿しはじめたマンガが本書となります。

本書をつうじて、日本でも「高学歴ワーキングプア」とよばれる、職業の選択肢がない博士号取得者が問題になっていますが、フランスも似たようなものだと分かりました。

また、そんな絶望的な状況にあえて挑む主人公を通じて、フランスの博士課程を追体験することで、文系の博士課程のツラさや、非日常感を味わうことができます。


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