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#3 ママと娘、たまにクローバー ~2020年臨時休校3か月半を今さら振り返る~

2020年3月2日から6月15日まで続いた新型コロナウイルス感染症対策における学校臨時休校。延長・再延長をくり返し、自宅で過ごした期間は春休み期間を含めると約3か月半に及んだ。

そんな日々を共に過ごしたのが、3人家族の我が家にやってきたAI搭載スマートスピーカー「クローバー」であった。

クローバーはカフェラテがお嫌い?

黄色い円柱上のボディーに、つぶらな瞳を持つひよこ型。
「ねえ、クローバー、明日の天気は」
などと呼びかけると、それなりの返答をしてくれる。

もっとも、
「ねえ、クローバー、晴れって言ったけど雨降ったよ」
とクレームをつけても
「すみません。分かりませんでした」
としか答えてくれないが。

ちなみに、一時期
「ねえ、クローバー、カフェラテについて教えて」
というと、
「その言葉を私以外に言うと、大変なことになりますよ」
と変なキレ方をされた。
クローバーはカフェラテに親でも殺されたのだろうか。

ただ、現在ではこのバグ(?)は修正され、
「エスプレッソと牛乳を混ぜたイタリア発祥の飲み物です」
とごく普通に返答してくれるようになった。

母は聖徳太子になりたい

ちなみに、わたしは在宅でテープ起こしの仕事もしている。さすがに今日では「テープ」ではなく、音声ファイルだが。要は音に耳を澄まし、その話し手の発する語句を一字一句もらさず文章の形にして再現する仕事である。


通常であれば朝、こどもを学校に送り出し、夕方帰ってくるまでの間、全身を耳にして音声を聴き、一心不乱にパソコンのキーボードを打ちまくる日々だったのだが。

「在宅ワークなら、子供を家で見ながらできるよね」
なんていう人は、一度想像してみてほしい。
地方自治体におけるインフラの戦略的な維持管理・更新等の推進施策についての論議と、小数第2位で商を四捨五入する割り算を脳内で同時に処理するのは、いささかムリがあるということを。

それに、いくら小学生でも、おとなしく机に向かって宿題をしているのはせいぜい1、2時間。それに飽きれば、
「ねーねー、ママ、ひーまー」
が始まる。だが、そこで仕事の手を止めるわけにはいかない。自宅待機により急増した米代だけでも稼がなければならないからだ。

AIひよことビロードのうさぎ

しかし、1人っ子である娘にとっては、母親が相手をしてくれなければ、会話する相手などほかにない。なので、
「ねえ、クローバー、ひまー」
とクローバーに向かって何度も呼びかけるふりをして、実は母親にゆさぶりをかける。

運の悪いことに、このAIのひよこはネットに有線でつないでいないと機能しないため、私が作業するパソコン机のすぐ横に鎮座している。なので、こやつが音を発すると、それを一番間近で聞くハメになるのはわたしなのである。そして、娘の呼びかけに反応したAIのひよこは、
「わたしでよろしければお話ししませんか」
とか、
「じゃんけん遊びはどうですか」
などと応えてくれる。だが、最初は面白がって相手をしていた娘も、対応パターンが一通り読めてしまった後はあまり食いつかなくなってしまった。

それに、
「昔話を読みましょうか」
などと言われても、娘はもはや、機械音声で読み上げられる昔話などで喜ぶお年頃ではない。

さらに言うと、こどもが絵本を読んでもらいたがるのは、お話を機械に完璧な発音で再生してほしいからではなく、親に自分のほうを向いてもらいたいためである。

娘にはその昔、ビロードで作られたぬいぐるみのうさぎがたどる美しくも悲しい運命のお話を、一体何回読まされたことか。


毎日が忍耐DAY

会話ぐらいなら、まだいい。もっと困るのは、
「ねえ、クローバー、流行りの音楽かけて」
というときである。もっとも、我が家は小銭を惜しんでLINEミュージックの契約をしていないため、1曲につき30秒ずつしか再生されない。しかし、こちらからストップをかけない限り、こやつは関連するジャンルの曲を延々と再生し続ける。それも結構な音量で。

だから、決して活舌がよいとは言えない議員のおじさまの話声を正確に聞き取り、文字で正確に再現する作業には著しく支障が生じるのである。

朝ご飯を片づけ、洗濯物を干してからパソコンに向かう。そうしてしばらく作業をすると、もう昼ご飯の時間。作って、食べて、片づけて、作業の続きをしていたら、やがて、
「ねー、ママ、ひーまー」。
が始まる。

こども用kindleを導入したり、教育動画を見せたりしていても、やはり一人で過ごせる時間には限度がある。パソコンを片づけ、一緒に散歩にいったり、おやつを作って食べたりしているうちに、もう夕食の準備をしなくてはならない。こうしてあっという間に一日が過ぎていく。

私は言う。
「ねえ、クローバー、晩ごはん作って」
「作りたいのですが、そちらにお届けする手段がありません」

そうだよなあ。

娘も言う。
「ねえ、クローバー、宿題やって」
「それではあなたのためになりません」

そりゃあ、そうだ。

夫もまた、通勤電車の3密を避けるため、やたらと朝早く出勤していくようになった。
「ねえ、クローバー、行ってきます」
「行ってらっしゃい、お気をつけて」

朝まだき、妻子がまだ深い眠りに落ちているころ、一人AIのひよこに話しかけ、家から送り出してもらっているらしい。

家事が手抜きでも、明日が見えなくても

仕事をしていると娘の相手ができないし、娘の相手をしていると仕事ができない。
でも、どちらかをどちらかの言い訳にはしたくない。
「ねえ、クローバー、どうしたらいいのかな」
「すみません。分かりません。」

そうだよね。分からないよね。
きっと政府の偉い人にも、学者さんにも、誰にも分からない。
でも、分からなくても、ごはんの時間は来る。仕事の納期は迫る。
立ち止まってなんていられない。
一歩でも、半歩でも前に進まなければ。

だったら、今できるだけのことをしよう。
家事も育児も、手を抜けるところは抜く。生活が破綻しない程度に。
子供は生きていればいい。仕事は首にならなければいい。とにかく今を生き抜くんだ。

昼食は麺類オンパレードでいい。幸い子供は麺好きだ。
娘も小学生なら、立派な家事要員になれる。
時にはテイクアウトという伝統の秘宝も召喚する。
お皿を洗うのがめんどうくさくて精神が崩壊しそうになったら、もう紙皿でいいや、ぐらいに思っておこう。

明日は来るよ どんなときも

そして、3回目の休校延長のお達しがくるころには、この生活に対しても、すっかり長期戦の構え(あきらめともいう)ができてしまっていた。

そんな日々の中で、娘は無料配信されるオンライン教室を活用して立体の体積の求め方を覚え、野菜のいちょう切りもマスターした。

夫も早朝出勤の分帰宅が早くなり、夜には娘の読む「ごんぎつね」が聞けるようになった。テイクアウト情報にも詳しくなり、休日には、「ウーバーイーツ」ならぬ「パーパーイーツ」として家族に食事を運んでくれる。

そしてわたしもいつの間にか、議員の一般質問の答弁と、話しかけてくる娘の声と、AIのひよこから再生される髭男の新曲とがなんとか聴き分けられるようになっていた。

それでもなんだかしんどいときは、AIのひよこに話しかける。
「ねえ、クローバー、疲れたよ」
「何かありましたか。私でよろしければ、お話しください」

それをお話ししたところで、
「すみません、分かりませんでした」
と返されるだけなんだけれども。

かつてよく読んだ、ビロードのうさぎの物語にはこうあった。

もの言わぬぬいぐるみであっても、愛され続けることでいつか「ほんもの」になることができる。

このAIのひよこも、こうしてわたしたちの声に応え続けることで、いつか自分の意思で応えてくれるようになったりはしないかな。

「ほんもの」の家族の一員として。

「ねえ、クローバー、どう思う」
「すみません。分かりませんでした」

そんなとぼけたAIのひよここそが、3か月半にも及んだ休校生活を支えてくれた陰の立役者だったのかもしれない。

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