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「紙幣をご確認ください」

アンタが吐き出したんやないか

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私はATMの前に居た。少しまとまったお金をA銀行の口座からB銀行に移す必要があったのだ。つまり、A銀行のカードをATMに挿入し15万円を引き出して、それをその場でB銀行の口座に移し替えようとしていた。

といっても、なんとも簡単な仕事である。きっとこの仕事を請け負うビジネスを始めるのなら「笑顔いっぱいでアットホームな職場です」ぐらいしか求人情報誌に書くことはないだろう。

さて、もちろん、ATMは15万円をすっと差し出した。さすがはAutomatic Teller Machineである。まぁこんな英語の略称だったことは、今調べて分かったのだけれど。

続いて、その15万円をB銀行の口座へ移す。B銀行のカードを入れ、暗証番号を入力すると「紙幣を投入してください」とATMは私に告げた。そして、私もためらいなくその金をATMに委ねた。

紙幣を投入するやいなや、バババという音を立てながら紙幣を計数し始める。いつもはせいぜい紙幣を2枚程度しか出納しないので、15枚も数えてもらえばどこか大金持ちになった気分だ。

ただ気を大きくしていたのも束の間、ATMが静かに、そしてゆっくりと騒ぎ出したのである。

「紙幣をご確認ください」

その瞬間思わず、

「なんでやねん、アンタが吐き出したんやないか」

と呟いてしまった。ATMは自分がその紙幣を吐き出しておきながら、そのうちの1枚を読み込めないというのだ。
ついさっきまで自慢のボディで強盗からその金を死守していたのはアンタやろ?何や、その掌を返したみたいな冷たい対応は。血も涙もないとはこのことやで。

一応確認しておくが、ATMには無論血も涙もない。

致し方ないので、偶然財布に入っていた1万円札をその代わりとして預入する。これは問題なく、ATMに吸い込まれていった。

そして残ったATMに忌み嫌われし1万円札。ATMのご乱心から3日が経つが、未だに私の財布の中にいる。そのせいか、もちろん1万円という価値は全く変わらないのだけれど、この1枚についには同情を覚え始めはじめた。

なぁ、憐れな1万円札。ウチの財布はATMとは違って、ホーな職場やろ?

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