電波鉄道の夜 6
「おい、あんた」
突然、声が聞こえた。聞いたことのない声。
伸ばしかけた手が凍りついたように止まる。心臓も一緒に止まりそうになる。
声が聞こえたのは止まった手の伸びる先、黒い塊。
固まったままの僕の前で塊がゆっくりもぞもぞと動く。塊を覆っていた黒い布がバサリと剥がれる。
布の下から現れたのは、探していた女の子ではなかった。顔中に青い無精髭を生やした痩せた男の人。男の人はぼんやりとした目で僕を見つめている。
「どなたさん」
男の人は欠伸をしながら尋ねる。答えられず固まっていると、危険がないと判断したのか「まあ、いいか」と呟いてまた黒い布を被ろうとする。
ようやく口が動くようになって口を開く。
「僕は……女の子を探して、いるんです」
つっかえながら口から言葉をひねり出す。男の人は動きを止めて僕をちらりと見る。
「女の子、かい?」
「はい、この辺りで女の子を見ませんでしたか?」
「どんな子なのさ」
「可愛い女の子です」
少し考えてから付け加える。
「アイドルの、セロリモネ……に似てて」
「セロリモネ、はわからないけれども」
男の人は目を擦りながら答える。
「可愛い女の子なら、もしかしたらこの先の購買車で見つかるかもしれないよ」
「本当ですか?」
飛びつくように問い返す。男の人は変わらない調子で言葉を続ける。
「ああ、この電車の購買車は品揃えが良いって専らの噂なんだ」
かくいう俺もね、と男の人は枕代わりにしていた鞄を叩いて言う。
「ここで物を売って、色々と仕入れるつもりなんだよ」
鞄はなにかがパンパンに入って、時折ぴくぴくと蠢いている。
「そろそろ市の立つ時間だ。」
男の人は立ち上がり、腕時計を見ながら言った。
ジリリリリ
けたたましくベルが鳴った。それを合図にそこら中に転がっていた黒い塊たちが各々起き上がり人間の形になっていく。皆、荷物を担いで隣の車両へと向かう。
「じゃあ、俺は行くよ」
男の人が言った。
【続く】
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