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電波鉄道の夜 104

【承前】

「お姉さん?」
 女性が扉の外に問いかける。さっきと同じ弾むような声。疲れとあきらめが滲むのを隠す、作られた弾み声。
 ノックの音が返ってくる。
 帰ってきたのはノックの音だけ。返事はない。
 女性はクナイを取り出して体の後ろに隠した。それから、躊躇うように扉に手をかけて静止して、目をつむり、深呼吸をして、目を開く。まだ動かない。
 もう一度ノックの音。さっきよりも少し強い。
「お姉さん、なの?」
 恐る恐る、女性はもう一度声をかける。答えはない。またノックの音。
 今度は女性の声を待たずに、もう一度ノックの音。さっきよりも強い。気がつくと音は段々大きくなってきていた。
「お姉さん?」
 女性がさらに、もう一度問いかける。今度の声には戸惑いが大きく含まれれていた。
 ノックの音はもはや荒々しいと言えるほどに大きくなっている。女性が顔を引き締める。とたんに警戒の気配を身にまといクナイを構える。
「お姉さん、じゃない!」
 女性が叫ぶ。
 ノックの音は女性の声をかき消すように小屋の中に響き渡っていた。音はどんどん大きくなる。この音は一つの手が、拳が叩いて出る音ではない。たくさんの手が、自分の拳が痛むのを気にせず、一心に扉を殴りつけている、そんな音だった。叩いているのは扉だけではない。四方の壁から、天井から無数の手が殴りつけてくるような音が聞こえてくる。小屋がノックの音で埋め尽くされる。
 どん、とひと際大きな音が響いた。
 扉が外からの力で打ち破られた。夜が流れ込む。
 一瞬の静寂。
「ラダウィヴァ」
 不可思議な調子の声が聞こえた。罅割れた祝詞のような調子の声。
 女性の手に握られたクナイが見えない速さで閃く。
「え」
 女性の口から声が漏れる。見るとクナイは中途半端な位置で止まっていた。のぞき込み、扉の外を見る。
 そこには一人の女の人が立っていた。すらりと背の高い女の人。
「お姉さん」
 女性がぽつりと小さくつぶやいた。

【続く】

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