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事実に小説のラベルを貼って

 雨と低気圧で機嫌が悪いのでエモい話でも書こう。

 あれは拙僧が文学部に入っていた時のことでした。あれ? 文学部だっけ? 演劇部? 漫画研究会? 変な建物同好会? まあなんだっていいか。とにかくそういう会に入っていたことがあると思っておくれ。
 重要なのはその会の主な行動が年に数回会誌かなにか、作品を発表する場があったことなのだ。
 一つ上の先輩がいた。学年は一つ上なのだけれども、なぜだか一年遅れで入ってきたので、会としては同期、のような扱いになっていた。
 不思議な先輩だった。きっと本を読みすぎていたのだと思う。三島芳治の漫画に出てきそうな書籍のような言葉を話す文学少女みたいな先輩だった。外見を想像したいというのならテンプレート的な文学少女、黒髪ロングに眼鏡をかけた女性を想像してもらえばそう遠くないだろう。

 学園祭の日には実行委員会や会とは無関係に有志で冊子を作り、学校中に隠したり、詩を書いて売ったりするような、行動も物語じみた人だった。
 そんな人だから作る作品もどこか浮世離れした作品ばかりだった。要はとても詩的でそぎ落とされていて張り詰めたようにきれいな。俺にはまったくない要素で、その先輩の作る作品を俺はかなり好きだった。

回想シーン始まり
 奇妙に覚えていることがある。どういう流れだったのか覚えていないのだけれども(たぶん、会誌を作る作業の息抜きか何かだったのだと思う)夜の学校を先輩と先輩の彼氏と俺でうろつきながら、いつの間にか連想しりとりをしていた。「フランス」に対して「嘔吐」を返すと彼氏さんが
「一つ飛んでいるぞ」
と突っ込んで三人で笑ったのを覚えている。
回想シーン終わり

 先輩は先輩なので俺よりも先に卒業していった。卒業式の打ち上げのあと、駅まで歩く先輩を送っていった。(彼氏さんはあまりに度の強い酒を飲んでつぶれていたのだ)その時に「先輩は誤解されやすい人だから、気を付けた方がいい」と言うと「ほう、それは初めて言われたな。気を付けるよ」と笑っていた。なんでそんなことを言ったのかはよく覚えていない。

 先輩は卒業するときに会のブログに色々と思い出を振り返る文章を残して言った。入ってから卒業するまでのこと、作ってきた作品のこと、後輩のこと、卒業しなかった同期のこと。その文章もどこか浮世離れしてて、でも痛いほどにきれいだった。そのページをブックマークにしているけれども、読み返したことはない。読み返せないのだ。

 卒業してから何度か先輩のところに遊びに行って話をしたりした。相変わらず文章のような話し方をしていた。仕事を始めた先輩はもう作品を作っていないみたいだった。俺はそれを少し寂しく思った。社会人になるというのはそういうことなのかもしれないけれども。

 今では少し思うのだ。先輩は物語のような話し方をしていて、生き方も物語のような生き方だとみなされていて、本人もきっと物語であろうとしていたのだけれども、本当は物語じゃなかったのだ。それがわかっていたら?

 別にどうなっていたということはない。

 ただ、俺は先輩の作る作品が好きだった。きっと今でも先輩の新しい作品を見たいと思っている。
 例えば、俺が先輩よりも面白い作品を作ったらどうなるだろう。もしかしたら奴も作品を作りたくなるんじゃないだろうか。なんてそんなことを少しだけ思っている。思いながら俺は小説を書いている。まだ先輩を打ちのめせるみたいな小説は書けてないけど、いつか書きたいと思っている。

 それが俺が小説を書く理由だ。

 などと。どうだろう、なんかエモくないかい?
 え? 本当ですよ。ジョーカーの傷が酔ったおやじに引き裂かれたってのと同じくらい。同じくらい本当だし同じくらい嘘だし同じくらい虚実半々ですよ。
 でも本当だったら(それとも嘘だったら)どうだって言うんです?
 ましてやこんな過剰に虚を強調してる意味くらい考えてくださいよ。

【終わり】

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