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『未必のマクベス』(早瀬 耕)

ついに何か書く日がやってきた。マイライフタイムベストノベルこと(無駄にカタカナにしてみた)『未必のマクベス』。暗示的な問い掛けから始まる、完璧な書き出し。リアリティと魅力の絶妙のバランスの上に立つ登場人物たち。そしてストーリーの舞台となる都市や彩を添える飲み物に関する描写の数々。村上春樹は『風の歌を聴け』の冒頭で「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」と語らせているが、本作は完璧な文章、完璧な小説ではないかと思っている。

ネタバレになるので、ストーリーについては多くを語らない。未読の人の楽しみを少しでも奪ってしまっては申し訳ないので、ここでは主人公のキャラクターやストーリーを彩るアクセサリー(都市と飲み物)について少しだけ語りたい。

主人公の中井優一は忘れられない女性の名前を各種ログインパスワードに使っており、毎日何度かその名前のアルファベットを心の中で唱える。その途方もない数の繰り返し行為があるから忘れられないのか、忘れられないからいつまでもそのパスワードを使い続けるのか、いずれにせよ主人公の心が閉じている様子が伺える。そして、閉じた世界は心地良く、安定している。

閉じた人間は安定しているから、往々にして仕事もできる。どうでもいいことに一々動じないし、どうでもよくない大きなトラブルが起こっても動じないで淡々と解決させられる。慌てず騒がず、合理的に考えて粛々と対処してさえいれば、少なくともサラリーマンとして高い評価を得るのはさほど難しいことではない。中井もおそらくはそんな感じで成果を上げてきたんだろう。

中井が旅をする舞台は広く、目次には都市名と季節が列挙されており、物語は場所を変えながら展開していく。東京、横浜、はての浜、マカオ、サイゴン、香港、バンコク。サイゴン以外は複数回行ったことがあるが、どこの都市の空気感も上手く描かれている、というか、おそらく都市の描写を読んで、勝手に思い出しているんだと思う。だから、たぶん現地に行ったことがあるとより本作を楽しめそうだが、行ったことがない時期に読み、後に行った後で読み直すのでももちろんいいだろう。

僕はあまりカクテルに詳しい方ではない。キューバリブレという単語が出てきてその色や味、一般的に入っているであろうグラスの形状をイメージできなかったので、これは実際にどこかで飲むか、自分で作ってみる必要があった。

あいにくコロナでバーに行く機会が減ったので、2回目を読み始めた今朝、たまたま家にコーラとラム酒があったので作ってみた。キューバリブレのレシピを検索すると、ライムも入れるようだが、この主人公はいつもラムをダイエット・コークで割るだけで済ませている。まずは同じもの(但し、ダイエット・コークではない)を作り、2杯目はライムを絞ってみた。コーラもラムも味のインパクトが強い中、ライムはどれぐらい入れるべきか、ボリューム調整が難しく感じたので、いっそ無い方がいい気がする。

冒頭に出てくる「結末を明かせない話なんていうのは、『二回観ても、つまらない話ですよ』って宣伝していると同じだ」という発言に後押しされ、僕も2回目の旅に出る。今度は、登場するホテルに注目しながら読んでみるので、次回はそれらのホテルについて語ってみたい。


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読書感想文

サポート→ホテルで使う→note→サポートというサイクルが回ると素敵ですね。