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『フローズンサマー 5』

※BL小説


 その夜、例によって掛井が来たとき、店には俺一人だった。真人は少なくなったコーンの補充のために、バックヤードに入っていたし、珍しく他に客もいない。
 どんなに気に食わない奴でも客は客だ。ピーチのシャーベットの注文を受けて、紙製のカップに淡いピンク色の冷たい塊を盛りつける。それをじっと見ていた掛井が言った。
「最近浮かない顔だね、秋見くん」
 何で俺の名前を知ってるんだ? ますます気味が悪いけど、俺は無視した。
「440円になります」
 男が差し出した千円札を受け取ろうとしたら、手首をつかまれた。
「もしかしてあの子に振られちゃった?」
 ぞんざいに振り払い、レジから小銭を取り出して、男に渡した。
「ありがとうございました」
 男は、ほろ苦い微笑を浮かべた。
「別にとって食おうと思ってるわけじゃない。寝るなら大人の方が好みだしね。ただ、君に興味があるだけ。気分転換に、海にドライブでもどう?」
 海にドライブ、という言葉に切ない想いがこみ上げてきた。実現しなかった、俺の夏休みのプラン。海辺で過ごす恋人との休暇。

 あれから、真人が俺のうちに来ることはなかった。断られるのも3回続くと、誘いかけるのが怖くなる。ダメな理由を聞くのも怖いし、強引に誘って、その表情に嫌悪が浮かんでしまったらと思うと、俺は身動きができなくなっていた。
 バイトの帰り道、手を繋いだり、キスしたり、そういう触れ合いが拒まれたことはなかった。でも、その後に続く行為は、やんわりと断られ続けている。
 どうして、セックスしたくないんだろう。前にしたとき、あんなに感じているようだったのに。あれも演技だったのだろうか?
 欲しいと思っているのは俺ばかりのようで、酷く惨めだった。理由があるならいい、俺だって待てる。だけど、待っていて状況が改善するんだろうか、と俺は思い始めていた。
 だって、この前同じタイミングでバイトに入ったとき、制服に着替える際に見てしまった。
 真人の首に、銀のネックレスは巻かれていなかった。
 本当は拒まないだけで、キスも嫌なんじゃないだろうか。真人の身体と行為に溺れてしまいそうな俺が、嫌になったのか。

 沈黙している俺の前に立つ、掛井の整った顔をぼんやりと見つめ返した。
 こういう大人の男が相手だったら、楽だったのかも知れない。助手席に乗って、行き先も何を食うかもセックスするのかどうかまで、何もかも相手任せで、何も考えなくて済む。
 一瞬だけ、そんな最低なことを考えそうになる。見下げ果てた考えを振り払うために、俺は語気を強めた。
「勝手に言ってろよ、おっさん」
 掛井はにっこりした。
「その方が君らしい。気が変わったら、いつでもどうぞ。また来るから」
 掛井が店を出ていくのと同じタイミングで、真人が戻ってきた。ふと、バックヤードから戻ってくるのが、いくらなんでも遅すぎたことに気付いた。もしかしたら、俺達の会話を聞いて、出るに出られなくなっていたのかも知れない。
 俺と目を合わせないで、紙カップとコーンを補充している真人が、今の会話を気にしているような気がする。言い訳しようとして、俺は何だか気怠い気分になった。気にしているのかどうかだって、分かるもんか。真人だって、俺に何も言わないんだ。
 客足の途絶えた店の中で、俺達は無言で別々の方角を見つめていた。

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