『ミントの刺激、バニラの香り 1』
※BL小説
夜のシフトになって、新しく入ったバイトの有紗(ありさ)ちゃんが抜ける時間になると、アイスクリームショップの店員は秋見(あきみ)くんと僕の二人になる。比較的店が暇なこの時間、店長は事務所にいて、本部への報告書を作ったりお客様のアンケートに目を通したりしている。
カップルの客が帰って店に客が居なくなると、秋見くんは僕を見てちょっと照れたようににっこりと笑った。制服の帽子から柔らかめの茶色い髪がぴょんと飛び出し、今日は透明感のある薄紫のフレームの眼鏡をかけている。
秋見くん――僕の好きな人。優しくて面白くて魅力的な、僕の大好きな人。
秋見くんがカウンターの下でそっと僕の手を握る。それだけで僕はどぎまぎして、秋見君の方を見られなくなってしまう。
秋見くんの指先がためらいがちに僕の掌を撫でる。そろりそろりと掌の中央をたどる指先。少しもじっとしていない5本の指が、僕の指の間をこれ以上開かないところまで入ってくる。
……くすぐったい。でも、くすぐったいだけじゃない。
背中がぞくぞくして、何だか頭が痺れてくる。体が火照ってきて、僕はもうどうしていいのか分からなくなる。僕の手は汗ばんでしまっているし、秋見くんに、どきどきうるさい鼓動まで聞こえてしまいそうだ。
その時、自動ドアが開きOLらしき客が入ってきた。つないだ手がパッと離されて、秋見くんは仕事用の明るい声で言った。
「いらっしゃいませ」
一拍遅れて僕も、
「いらっしゃいませ」
と言ったけれど、声がいつもより高くなってしまったような気がする。
その一拍が縮められない。
どうすれば僕は、君が望む僕になれるんだろう。
君には、きっとこんな触れ合いは子供じみた遊びになるのかも知れないけれど、僕はその指先に応えることさえ出来なくて。
十九歳の君と十八歳の僕には、年齢以上の開きがあるような気がする。
その一拍を越えることが出来れば、僕はもっと君に近づくことができるんだろうか?
心の中でそっと溜息をつき、僕は注文されたフレーバーを復唱する。
色とりどりの綺麗なアイスクリームの中から、お客様の女性が選んだのは、シンプルなバニラフレーバー。僕も一番好きなのはバニラだ。一番純粋で、一番アイスそのものの味がするから。
チョコミントが好きな君とは、まるで違う。その味の好みさえ、臆病で退屈な自分そのものであるような気がして、僕はもう一つだけ心の中で溜息をついた。
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