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『夕暮れ螺旋 4』

※BL小説


【夏希-4】

「お前、……冬馬の」
 少しハスキーな声が、そう言った。柳沼の方でもわたしの顔を見知ってはいるようだ。
「妹です。聞きたいことがあります」
 わたしは、お腹に力を入れて、拳を握りしめた。
「あなた、兄のこと本当に好きなんですか?」
「何? 冬馬に何か頼まれたの?」
 柳沼は、うんざりした気配を隠そうともしなかった。わたしの掌の中には、きつく爪が食い込んでいる。
「兄じゃありません。わたしが知りたいんです。あなたがちゃんと、本気で兄を好きなのかどうか」
「好きだよ。決まってんじゃん。好きなときにやらせてくれるあんなに都合のいい奴、そうそう見つかんねえし。孕ませる心配もないしな」
 ごく軽い口調で、そう言って笑った。
 はっきりとこちらを傷つける意志を持った、悪意のある言葉。試すように覗き込んでくるきつい眼差し。わたしは奥歯を噛みしめた。目の裏が熱くなるけれど、ぎりぎりと音がするほど歯を食いしばって耐えた。
 こんな男。
 冬馬は大バカだ。
 こんな男の前で、涙なんか見せてたまるもんか。
 目を逸らしたり、するもんか。
「恋愛じゃないのなら、兄と別れて」
「何で? 冬馬だって納得してんだぜ。俺達は、ただのセフレ。恋愛とかそういうの関係ないから」
「そんなの最低」
「そ。俺らサイテーなの。俺も、お前の兄貴もな」
 柳沼は吊り気味の目でわたしを見据えた。
「じゃ聞くけど。別れてやったとして俺に何の得があんの? 冬馬と別れたら、お前が兄貴の代わりしてくれんの?」
 ショックで頭が痺れたようになり、全身が冷たくなっていく。汚らわしい言葉に、自分がもう汚されてしまったかのような気持ちになる。
 冬馬の代わりに、わたしが? そんなこと、考えたこともなかった。好きな男にそうと知りながら道具のように抱かれている冬馬の傷と、大嫌いな男相手にバージンを捨てるわたしの傷と、どちらの方がより深くなるのだろう?
 痺れた頭の片隅で、考えるともなくそんな思いが渦を巻く。黙っているわたしをさもバカにしたように、柳沼が笑った。
「冗談だって。お前、兄貴の爪の先程も色気ねえし。どうせ処女だろ? 嫌いなんだよ、処女とやるの。いいよ。ちょうど飽きもきてたし、別れてやるよ。じゃあ、最後に一回やってくるから外で待ってろよ。それとも、興味があるなら来てもいいけど?」
 死ねばいい。
 わたしは、うちに向かう広い背中に向かって心の中でそう言った。呪いをかけられるものならかけてやりたい。あいつが一生、好きになった人からは好かれませんように。永遠に始点と終点が結ばれぬ螺旋の中で苦しみますように。
 いずれにしてもわたし達は、一方通行の想いを螺旋のように募らせながら、恋の平面からどんどん垂直に上昇する、もしくは下降する。どこかで輪が閉じてくれないだろうかと、空しい祈りを捧げながら。
 陽が落ちたばかりの薄暗い道ばたで、わたしの心はこんなにも痛い。愛のないセックスの後で別れを告げられたら、冬馬はもっと痛いだろうか。

「なっちゃん、どうした? こんなところで」
 昨日聞いたばかりなのにもう懐かしい駿吾の声が、わたしの名前を呼んだ。眉の濃い、日に焼けた顔。学生服にスポーツバッグ姿のいつも通りの駿吾。わたしを見て驚いたように目を見開いている。
「お前泣いてるのか? 何があったんだよ。大丈夫か、なっちゃん?!」
 しゃくりあげるわたしの声は、きっと駿吾に届くことはない。
 ごめんね、お兄ちゃん。
 たった今、あなたの恋を殺してしまったよ。
 駿吾。
 大好き。大好き。大好き。
 お願い。螺旋よ輪を閉じて。
 例えば永遠に続くかのような連鎖の中の、たったふたりだけにでも。
 願わくは、わたしのすきな彼らふたりに、恋の成就を――。

                                             [夏希視点・了]


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隼人(柳沼)視点での八年後の話はこちら


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