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『フローズンサマー 4』

※BL小説


 そんなことがあった翌日。
 店に立って仕事をしていると、いつものように真人がやって来た。私服のTシャツの襟元に、細い鎖が光っている。バックヤードに入る間際に、真人は視線だけで俺を見た。視線が絡んだ瞬間、目尻がさあっと赤く染まって、とても色っぽい。
 真人が着替えて出てくると、入れ替わりにバイト仲間の美保ちゃんが帰っっていった。店に立つ店員は、俺と真人だけだ。
 制服に隠れて見えないけれど、隣りに立っている恋人の首筋にシルバーの鎖がかかっているのだと想像することは、俺に深い満足をもたらした。昨夜、銀のトップが触れ合って、密やかな金属音を立てたことを思い出す。
 レジに向かい、客が財布を出している間を利用して、フリーザーの前に立つ真人をちらりと眺める。客のオーダーに答えて、ディッシャーで器用に、雪だるまのようなダブルのアイスクリームを作っている。
 ほっそりとした首筋。白鷺のようにすっきりとして綺麗な立ち姿。あんな清純そうな顔をして、昨夜はあんな風に悩ましく喘いでいたんだ、と思う。
 真人の肌がとてもすき、と俺が囁いたとき、恋人の身体に細かい痙攣が走ったことや、汗まみれになって脚を高く上げて、顎を仰け反らせていた姿が脳裏をよぎって、俺の下半身まで微妙なことになりそうだった。
 どうかしている、と思った。全くどうかしている。
 昨日あんなにしたのに、今もう欲しい。
 夏というこの季節が、俺を狂わせるのだろうか。

 夏が深まって、アイスの売れ行きはますます好調になった。
 あと2週間ほどで、俺がこの店に入って一年になるという日の帰り道。俺達は、むっとするような熱気が肌に纏わり付く、夜の舗道を歩いていた。
「なあ、今度の定休日、海に行かない? 俺、車出すし」
 兄貴が新車を買ったとき、格安でお下がりになった真っ赤なチェロキーが足だ(ただし、兄への借金はまだまだ完済できていない)。
 できれば人の少ない海岸で、雰囲気のいいホテルにでも一泊できたらいいと思っていた。何しろ、この夏のために俺は必死で金を貯めたのだ。
 真人は、一瞬たじろいだ。ほんの何分の一秒ほどだったが、確かに真人がたじろぐのを感じた。
「海は、ちょっと……」
 断られることを想定していなかったので、俺は心底ガッカリした。何で海は嫌なんだろう。泳げないとか? でも、海で力泳する必要なんてさらさらない。
「もしかして真人、肌が白いから、日焼けはダメとか、そういうこと?」
「う、うん……」
 何となく歯切れが悪い。
「わかった。海じゃなくても全然いいよ。高原とか、山の方とかでも」
 真人と過ごす夏の海への未練はあったけど、俺はすぐに立ち直った。涼しい高原でサイクリングしたり、料理の美味しいプチホテルにでも泊まったら、それはそれですごく楽しいだろう。
「あのね、秋見くん。僕、夏の間はちょっと……」
「何で? 費用だったら心配ないよ」
「そんなのだめだよ! それに、そうじゃなくて……」
「忙しいの?」
「うん……」
 今度こそ、俺は落胆のあまり返事ができなかった。
「あの……ごめんね、秋見くん。僕もすごく行きたいんだけど」
 小さな声の謝罪の言葉。真人を見ると、大きな目がとても哀しそうにこちらを見ている。
 俺が勝手に盛り上がって、真人に相談もしないで夢を膨らませていたのが悪い。
 俺がアイスクリーム屋のバイトに入った日から、あと少しで一年。その日は、俺達が付き合うようになった日でもある。二人きりで祝いたいというのは、俺だけの独りよがりな夢だったらしい。
「そんな顔しないで。真人、秋になったら暇できる?」
「あ、うん! 多分その頃だったら大丈夫」
「じゃあ、約束な」
「うん!」
 とたんに嬉しそうになる真人が可愛らしくて、俺は言った。
「今夜、うち来る?」
「あ……ごめん。今日はちょっと」
 何でも自分の思い通りにはならないよな、と思う。だけど俺は、このまま駅で別れてしまうことが惜しくて、やっと通れるぐらいの狭い路地に真人を押し込み、すばやくキスをした。
 最初戸惑うように硬直していた身体は、舌を絡ませるにつれて柔らかく溶けて、唇を離したときには、くったりと俺にもたれ掛かっていた。
 このまま、この場所で身体を繋げてしまいたい。
 そんなの駄目に決まってる。大事な真人の一番綺麗な姿を他の誰にも見せるつもりはない。
 でも、欲しくてどうにかなりそうだ。
 激しい性衝動がおさまるまで、俺は真人を抱きしめて荒い息をついていた。
 路地から出るとき、俺は真人と手を繋いでいた。その手は決して俺を振り払ったりすることはなく、従順に俺の手の中に収まっている。今夜はこれで満足しなければならない。我慢すれば、次回にもっと深くお互いに触れたとき、喜びが増すに違いない。
 その時の俺は、よもやそれから悩める日々が始まるなんて予想だにせず、脳天気にもそう考えていたのだ。

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