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『シャイニー・タイニー・ドロップス 3』

※R18 性的描写あります
BLに興味のない方、18歳未満の方はお読みにならないようお願いします



 その日から俺達は、恋人同士になった。
 俺は晴れて大学生になり、春の終わりに、俺と三木さんは心だけではなくて体でも結ばれた。少しばかりの痛みと引き替えに、俺は100%だと思っていた幸せにまだその上があったのだということを知った。愛する人と肉体でも一つになれるということは、なんて素晴らしいことだろう。
 それでも、まだ学生の俺と節度を持ってつき合いたいと言う三木さんが、俺を部屋に泊めてくれることはなかった。

 今年のクリスマスから年始に掛けて、うちの両親が海外に行くことになった。俺も誘われたけど、三木さんといたいから残ることにした。
 人のいない家で、ひとりぼっちでクリスマスも年末年始も過ごさせるのかと迫ってみても、まだ三木さんはしばらくためらっていた。
 だから、彼の方から、
「クリスマスに休暇を取ったよ。その日、泊まりにおいで。好きなときに来てくれていいから」
 と言って合い鍵を渡してくれたとき、俺がどれほど有頂天になったか、想像してもらえるだろうと思う。

            * * * * *

 好きな人をわくわくしながら待っているうちに、時計の針は10時を指し、11時を指した。
 休暇を取ったと言っていたけど、仕事入っちゃったのかな。
 ミッドナイトブルーのテーブルクロスに顎を載せて、俺は時計とにらめっこをしていた。あと少しで12時になってしまう。
 クリスマスイブが終わっちゃう。
 日付が変わるまでにまでに帰ってきてくれるよう、一生懸命祈ったけど、時計の針は無慈悲に回り、ついに12のところを越えてしまった。
 もの凄くガッカリした。
 まさかとは思うけど、三木さんは忘れているんじゃないだろうか。いや、三木さんが約束を忘れることなんてあり得ない。きっと仕事を抜けられないんだ。物わかり良くそう思おうとしても、心の隅っこからはじくじくとした恨みがましい気持ちが染み出してくる。
 約束したのに。
 一緒に過ごせるクリスマスイブを、とってもとっても楽しみにしていたのに……。

 俺は銀色のフォークをつかんで、小さなクリスマスケーキの角からクリームをすくった。口に入れたクリームが、甘いということだけしか感じられない。それでも腹が減っていたし、やけくそな気分だったから、俺はどんどん丸いケーキを崩していって、とうとう二人分のケーキを一人で食べてしまった。
 食べ終わってしまうと一層空しくなって、冷たいテーブルに頬を付ける。クリームで汚れたケーキの皿を見つめていると、自分で自分の計画を台無しにしてしまったような薄ら寒い寂しさに包まれる。
 部屋の温度まで下がったように感じられた。

 気がついたときには部屋は薄暗く、そして温かかった。肩に毛布が掛けられている。
 三木さんが帰ってきてる?
 目を開けた俺は、思わず息を飲んだ。
 暗い部屋が、小さな無数の明かりで覆い尽くされていたから。
 部屋の隅には、トナカイや天使の形をワイヤーで形作り、電飾を通した光るオブジェ。回りぶちには電飾のガーランド。
 圧巻だったのは、俺の背ほどはありそうなファイバーツリーだ。パステルカラーに光りながらゆるやかに色を変えていく葉の先に、沢山のオーナメントが、これも色を変えながら光っている。

「目が覚めた?」
 俺が何より聞きたかった穏やかな声がそう言って、すぐ側に人が動く気配がした。テーブルの脇で、電飾よりも柔らかな光が灯る。キャンドルの揺らめく灯りの中に、三木さんの姿が朧に浮かび上がった。
 次々に灯されていくキャンドルによって、部屋の中は幻想的な仄明るさに満ちていく。キャンドルは、背の高いシリンダー状の容器のてっぺんにフロートキャンドルが浮かんでいるタイプのものだった。
 シリンダーの中をジェル状のものが満たしていて、小さな姫林檎がいくつも閉じこめられているのだが、揺れる焔によって、姫林檎が赤くてらてらと光り、ジェルの中の気泡がキラキラするのが、とても不思議だった。
「……どうしたの。すっげ……」
「雫が喜ぶかなと思って。気に入らなかった?」
俺はキラキラする部屋を、しばらくぼうっと眺めていた。まだ夢の中にいるような感じがした。

「雫が今夜から来てくれるなんて思ってなかった。朝起きたら飾り付けをして驚かせようかなと思っていたんだ。随分待ったかい?」
「えっ、だってクリスマスに来いって」
 やっぱり三木さんは忘れていたんだろうか?
「うん、だから、クリスマスは明日……ああ、日付が変わったからもう今日だね。25日に約束していただろう?」
 25日?
「俺、クリスマスってイブのことだと勘違いしちゃってた」
 確かに三木さんは、「クリスマス」って言ったんだ。うわあ! 俺のバカ!
「そうか、きちんと日にちを伝えなかった僕が悪いね。少々浮かれていたようだ。寂しい思いをさせてしまったね」
 俺が勘違いをしていただけで、三木さんは俺のためにいろいろ用意してくれてたんだ。

 俺が飾り付けたときより数段賑やかで派手になった部屋を見回しながら、俺は三木さんとつき合ってきた月日がこの部屋に再現されているように感じた。
 二人で出かけた遊園地の、夜のパレード。
 水族館の薄暗さとスポット照明。
 縁日の屋台の目映さ、買ってもらった林檎飴の味。
 恋人になる前に、勉強をしながら幾夜も過ごしたこの部屋。
 俺の飾った白と青のツリーと、三木さんが飾った光るツリーが、仲良く並んでいるのを見た時、ふいに、目頭が熱くなった。
「ごめん、俺、三木さんが来ないと思って、ケーキ一人で食べちゃった……」
「大丈夫だよ、そんな顔しないで、雫。食べるものなら、雫の用意してくれたものも、僕が買っておいたものも冷蔵庫にどっさりあるし。ケーキは明日取りに行くことになっているから。明日まで待ってくれるかい?」
 三木さんは、小さな子にするみたいに俺の頭を撫でた。
「俺はいいんだ。三木さんが来てくれたから、もう胸がいっぱいだよ。ねえ、三木さんはお腹すいてない?」
「すいているよ」
 三木さんが眼鏡を外した。ことりと音を立ててテーブルに置く。キャンドルの灯りを受けて、眼鏡の縁がキラリと光った。
「凄くすいてる」
 続いて唇に贈られたくちづけは、初めての時の鳥の羽ばたきのような淡いそれとは全く違った、しっとりとして濃厚な、恋人同士のキスだった。

 三木さんは、いつも俺に触れるとき、とても貴重な何かに触れるときのように慎重な手つきで触れてくる。だけど、初めて俺を抱いたときには、何かを恐れるようだった三木さんの掌は、今は俺を感じさせようと、とても巧みに動く。
 俺の体中どの部位も、三木さんに放って置かれることはない。
 肩胛骨の窪み。脇の下。臍の切れ込み。下草に覆われた下腹。指の股。腿の内側。尾てい骨の辺り。
 思いがけない場所がこんなに俺を昂ぶらせることも、全て三木さんが俺に教えてくれた。
「あ……あぁ、んっ……」
 本当に感じてしまうと、濡れた声をどうしても抑えられないってことも。
「声、我慢しないで。もっと聞きたい。雫の可愛い声」
 体の奥に沈められた綺麗な長い指が、器用に俺のウィークポイントを捏ねる。まるで、俺の肉体に欲望の種を埋め込もうとしているように。
 いつも微笑みを湛えているあの薄い唇が、俺の乳首を挟んで育て、舌のスタッカートで小さく尖った芽を弾く。
 俺の欲望の先端を、三木さんが頭を撫でるようにさすると、湧き出てしまった清水が茎を濡らす。
「ん、く……ふあぁ、あ……」
「雫が僕のすることをこんな風に、嫌な顔一つしないで受け入れてくれる。幸せすぎて、言葉にできない」
 眼鏡を取った三木さんは、いつも途轍もなく色っぽい。
「その上、こんなにも感じてくれるなんて」
 声までどこか甘く不穏な気配を漂わせていて、俺の背筋はぞくんと震える。

 例えば三木さんが、『marie』のお客さんではなかったら。
 あの日あの書店で俺の参考書を取ってくれなかったら。
 合格発表の日に、会場に来てくれなかったら。
 俺達がこうして抱き合うこともなかったのだと思うと、俺は怖くなる。沢山の偶然と、三木さんのくれた沢山の優しさが起こした奇跡を、尊いと思う。
 気付かなかった些細な仕草も、新しく知る愛撫も、群青色に透き通った新たな滴を俺の心の泉に落とす。小さな青い煌めきは、ほら、絶え間なく滴り落ちて、俺の心の水面を揺らし続ける。

 三木さんが俺の膝頭に両手をかけて大きく開かせる。お尻の肉を、山形パンを分けるように割り開く。そうして、谷間の奥にぬめりを帯びたジェルを足す。この過程は、何度体験しても気まずい程に恥ずかしい。
 痺れるぐらいに解された場所に、やがて熱が押し当てられ、三木さんが入ってくる。
「あ、あ!……三木さ……ああぁっ」
 優しく根気強く、でも着実に、ゆっくりと俺を押し開いていく。
 ずっ、ずっ、と三木さんが腰を進めると、もういっぱいだと思っていた腹の奥のさらに信じられないぐらい奥まで、みっしりと太い杭が埋め込まれていく。
「おっき……みきさんで、いっぱい……」
 苦しいけれど気持ちが良くて、何より三木さんで満たされて繋がることができたことが幸せで、俺はハァハァと喘ぐ息の中で笑った。
「まったくもう、この子は。そんな嬉しそうな顔で僕を煽るんだから……」
 三木さんは微苦笑を浮かべ、ふいに真顔になって動きを早めた。いつにない猛々しい動きで、俺の中を行ったり来たりする。同時に、三木さんの腹筋に押しつぶされていた俺の茎に手を差し込んで、根元から先端までを忙しなく扱く。
 三木さんの息が時折荒くなり、耐えるような艶っぽい表情を浮かべている。切実に求められている悦びが、俺をわななかせた。腰から下がとろけてしまいそうで、啜り泣くような声が止められない。
「ぅああぁ……あっ、は……っ!」
頭の中に、イルミネーションがちかちかと点滅している。
「雫。僕の雫」
 その呼び声が、導火線への火となった。
 縦横無尽に俺の中を火花が飛び交って、俺の先端が三木さんの手の中で弾けた。
 背中に回された腕で、深く、深く抱き込まれる。合わさった胸の痙攣が、三木さんもまた欲望を解放したことを教えてくれた。

「メリークリスマス、雫」
 と三木さんが言って、
「メリークリスマス、三木さん」
 と俺が返す。
 ただそれだけのことで、世界はこんなにも光り輝く。
 白と青のツリーとキラキラのツリー、二つのクリスマスツリーが、まるで静かで優しい三木さんと騒々しい俺そのもののように、ぴったりと寄り添って並んでいる。
 ただそれだけのことで、俺の心の泉はこんなにも満々と、どこまでも透んだ群青色の水を湛え続ける。

<了>


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