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『フローズンサマー 8』

※BL小説です。性的描写がありますので、18歳未満の方。興味のない方は閲覧をご遠慮ください。


 迷うような間が空いた。
 やがて、真人は諦めたように、ゆっくりとポロシャツの衿をくつろげて、後ろにずらした。真人の綺麗な白い首筋を、まるでネックレスのように赤い輪が取り巻いている。
「……金属アレルギー」
 痛々しい首にそっと手を触れると、真人はピクッと肩を揺らした。
「俺のやったネックレスのせいなんだな」
 お揃いのネックレスが首から消えたわけ。それは、心変わりなんかじゃなかった。
 つけたくてもつけられない状態になって、多分真人は困っただろう。辛かっただろう。それなのに、俺は疑心暗鬼になって、悪い方にしか考えられなくなっていた。
 何本もの電車を見送って、それでも家に帰れないでいた真人は、きっと心細くて哀しい気持ちでいたに違いなかった。
 真人は、首を隠すように再び襟元にボタンを掛けた。そして、俺の目ではなくて口元に視線を落としたまま、話し出した。

「昔、腕時計でかぶれてしまったことがあったんだけど、もう随分前のことだったから、大丈夫だと思ったんだ。ネックレスをするようになって何日か経って、首の辺りがピリピリ痛痒くなったけど、気のせいだって言い聞かせて、無理につけ続けてた。あのネックレスを身につけていると、僕たちの繋がりをいつでも感触で確かめられる。それが嬉しかったから。どんどん酷くなって、皮膚科でアレルギーだって診断されて、さすがにつけ続けるのは無理だって分かった。けど、かぶれてしまったなんて秋見くんに知られたくなくて、薬の上からファンデーションを塗って隠そうとした。それで、もっと悪化させちゃって」
 だから、以前制服に着替えるときに、俺は痛んだ皮膚に気付かなかったんだ。
「何で隠してたの? 俺が気にすると思った?」
「それもあったけど、……見られたくなかったんだ、汚くなった肌を。秋見くんが、僕の肌がすきって言ってくれたから……」
 三週間前俺が言ったその言葉は、心からのものではあったけど、睦言以上の意味はなかった。その言葉に縛られて、痛んだ肌にファンデーションまで塗っていたという真人が、愚かで愛おしくてたまらなかった。
「ごめんな、真人」
 そんな恋人のいじらしさにも気付かずに、恨みがましい気分を募らせていた、俺の方がよっぽど愚かだ。

 まくりあげたポロシャツの下に、小さな薔薇色の突起が二つ、既に凝って勃ち上がっている。さっきまで、真人の胸の尖りは薄い桜色をして、同じ色の輪に埋もれていた。俺が何度も弄るうちに、その場所は赤みを帯びて、形も誘うようにぷっくりと膨らんでいた。
 舌で転がし、吸い出すようにする。
「あ、ぁあ、ん……」
 最初の頃と比べると、真人も随分ここで感じるようになったと思う。
 再び角度を上げてしまった性器を恥じるように、真人は膝を擦り合わせて閉じようとした。俺は手を伸ばして、恋人の欲望を捕らえた。ぬるみを帯びた茎の、生え初めの枝のような手触り。敏感な先端部の小さな窪みからぬめりをすくい取り、茎に塗り広げるように扱いていく。
「い、いっしょ、だめえっ」
 突起した胸を口に含んだまま、性器の先端を同時に愛撫すると、真人は泣きそうな声を上げた。
「どうして? 真人のここ、一緒に触ると悦んでるよ。俺はもっといっぱい手があったらいいのにって思うよ。真人の感じるとこ、全部いっぺんに構ってあげられるのに」
「そんなのダメだよ。僕、……壊れちゃうよ……」
 こわい、と言って、真人は本当に涙を零した。
 先程塗りつけた傷薬のせいで、最奥は充分に濡れている。今度は内壁を広げるように、指の数を増やしていく。
 真人がもういいから挿れてと言うまで、俺は久し振りのその場所をほぐし続けた。
 まだ着衣も解かずに恋人に触れていた俺は、慌ただしい手つきでジーンズの前をくつろげてずらした。途端に勢いよく飛び出した俺の欲望が、どことなく滑稽で、余裕のない俺そのもののようで恥ずかしい。
 先端を真人の繊細な窄まりに押し当てると、溶けたバターにナイフを入れたときのように、易々と沈み込んでいく。
 とろけるように絡みついてくる、優しく柔らかく淫靡な場所で、俺はあやされ、許されて、何だか泣きたいような気分になる。
 深い部分で繋がったまま、甘やかな声で喘いでいる恋人を、深く胸に抱きしめた。
「僕のこと、嫌いにならないで……」
 ため息のような声で告げられる、ささやかな願い。
 可愛い、可愛い俺の恋人。
 もっと俺は大人になるから。いつかもっと、優しくて頼りになるいい男になるから……だから、どうかそれまで俺のこと、嫌いにならないで。

 冷凍庫から真人がテーブルに置いた箱は、至極馴染みのあるものだ。俺達二人がバイトする、アイスクリームショップのテイクアウト用の箱。
 中から出てきたのは、アイスケーキだった。それも、ハート形のケーキにストロベリーチョコが沢山飾られている、めちゃくちゃラブリーな奴だ。真ん中の大きなハートには、「1st Anniversary」とチョコペンで書かれている。
「これは……?」
「秋見くんのバイトのない日を見計らって、こっそり作らせてもらったんだ。もしかしたらもう一緒に食べられないんじゃないかって、さっきまでは思いかけてたけど」
 俺は聞かずにいられなかった。
「真人が作ったの? こういうの、好きなの?」
「作っているところを美保ちゃんに見られて、真人さんってこういうベタなことする人だったんだって笑われた」
 恥ずかしそうに俯いた恋人が言った。
「こういうこと、やってみたかったんだ」
 子供みたいに火照った顔が可愛い。それを見て、俺は早く一人前になりたいけど、真人にはまだまだこのままでいて欲しいな、なんて勝手なことを思ってしまった。
 一度しかない、俺と真人のファーストアニバーサリー。出会って一年目の夏。
 一本だけのピンク色のろうそくをケーキに立てて、火を灯した。願いを込めて、唇を付けるだけの優しいキスをする。どうか、来年の今日も二人で、セカンドアニバーサリーを祝っていますように。
 火を消してから、俺達は二人でアイスクリームでできたケーキを食べた。唇が凍りそうに冷たい真人の愛は、俺の口の中で、甘く甘く溶けていった。
 

〔了〕

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