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『夕暮れ螺旋 8』


※R18 性的描写あります
BLに興味のない方、18歳未満の方は閲覧されないようお願いします
夕暮れ螺旋・夏希視点から八年後、柳沼隼人の視点になります

【隼人ー4】

 服を脱がせている間も、叶は酷く震えていた。半年も触れていなかった叶の体を見ながら、俺は冬馬の背中を思った。
 しみや傷一つない、神の作った人形のように美しかった冬馬の背中。細い腰を抱えて身体を繋げているとき、散々に辱めていても神聖なまでに完璧で、いつも俺に一種の畏怖を抱かせた。磁器のようにつるりとした美しすぎる背中……。心の中で最後にもう一度その背中を抱きしめて、俺は記憶の中の背中を手放した。
 目の前の叶の背中は綺麗だったが、叶の顔と同じように、決して完璧ではなかった。背中の終わりから、尻の合わせ目にかけてぱらぱらと散らばるそばかす。俺は俯せにした叶の背中に唇で触れてみる。
「隼人さん、何してるの?」
 初めてそんなところに口づけられて、叶は狼狽した声を出した。首を捻って振り向いた目尻が赤く染まって酷く艶めかしい。
 俺は構わず、そばかすに舌を這わせた。背中の終わりから、尻の合わせ目にかけて散らばる、夜空に横たわる銀河のようなそれを、何度も何度も舌で辿る。
「……ふ……」
 徐々に、ひんやりしていた叶の体温が上がっていき、切ない吐息が漏れた。

 叶はけだもののような声で叫び、泣き、俺の肩に爪を立てた。肉体は嵐の海面のように激しく波打ち、うねり、泣き声が高くなるたびに俺を咥えた場所は俺を絞り、絡みついてくる。
 叶がここまで乱れるのを、初めて見た。
 何度目か極め、お互いにドロドロに疲れ果てたその時、掠れた声が言った。
「首、絞めて」
 半開きの瞼から覗く瞳は酷く潤んで、眼窩から溶けて流れ出しそうだ。冬馬の姿が叶に重なり、悪寒が背筋を駆け上る。
「もしも今夜で最後なら、俺を殺して」
 死がその辺に置いてあるような、無造作な言葉の重みに、思わず総毛立って叶の首を見た。両手を回したから、簡単に縊ることができそうだ。
「何でそんな風に思う」
 潤みきった目から水滴が膨らみ、目尻に筋を作って流れ落ちていく。
「俺が売りやったって事実は消えないよ。きっと隼人さんは忘れない。隼人さんが苦しんでるの、気がついてたよ。ごめんね……。俺は8ヶ月も隼人さんと暮らせたから、もういいんだ。思い残すことなんてないんだ。だから、……別れるときには、俺を殺して出ていって」
 俺を待つ夜に、叶は何度このことを考えたのだろう。行かないでと、たった一言が言えなかった、長い夜の間に。
「忘れなきゃだめなのかよ。苦しんじゃいけないのか」
 忘れたいのに忘れられずに、苦しんで、苦しんで、
 ――生きよう、叶。
 再び肉と肉が擦れて、濡れた音を立て始めると、叶は細い喉を晒して、泣きながら乱れ、悶えた。


 白み始めた空の光が、薄っぺらのカーテンを透過して、ベッドの上を朧に照らす。
「夜が明けるね。明けなければいいのに。ずっと今夜が続けば良かったのに」
 魔法が終わってしまうのを残念がる子供のような口調だった。
「半年ぶりだからな。やってもやっても足りねえよ」
 俺が咥え煙草の隙間からそう言うと、
「俺、朝って昔から嫌いだった。学校行きたくなかったし。今も、朝は嫌いだ。行ってらっしゃいって見送るたびに、もう会えないかもって気になる」
 叶が朝が嫌いだなんて初めて聞いたな、と思う。一緒に暮らしていながら、この男ことをほとんど知らないのだ。知っているのは体だけ。肌の白さと手触り、そこに浮かぶそばかすと、身体の中の熱さだけ。
「見送れなんて頼んでねえだろうが。朝、一緒に出ればいいだろ」
「えっ、いいの? 俺と一緒にいるとこ人に見られたら、恥ずかしくない……?」
「別に。誰にどう思われようが関係ねえし」
 叶は大きな目を瞠った。みるみる血の色が頬に上がってくる。
「今、朝がちょっと好きになったかも」
 何かの思いを抱きしめるように呟く声が密かに震えていた。

 俺が叶を傷つけるのだって、最後じゃないかも知れない。いつか叶の方が、本当に俺に愛想を尽かすかも知れない。
 それでも、不完全な心とこの体しか持たない俺達が、ここでささやかに重なり合おうとあがく。俺達はそうやって生きていくし、それしか術はないのだと思う。
 やがて陽光が白く容赦なく、新しい日の訪れを告げた。
 冬馬のもとにも、同じ朝の光が差しているに違いない、と俺は思った。二つ隣の駅に佇んでいた美しい人に、今やっと俺は、心の中で別れの言葉を告げた。


[了]


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