流れ星
見つけていただきありがとうございます。
過去に初めて書いた小説(ショートショート)です。
せっかくなので公開します。
------
僕は、空を見上げた。
星屑の海に、星が流れる。
いくつもいくつも。流れては消えていく。
吐く息が白い。寒々とした冬の夜空に手をかざしてみる。
ああ、もう若々しさなんてとうにない。ほとんどが骨と皮だけになってしまった手の甲を見て、なんとも年期が入ったものだとしみじみ思う。
痩せた指と指の隙間から星々の輝きが見え隠れして、手を閉じればすぐにでも掴めてしまえそうだ、なんて感じてしまう。
あの星の海に行くのは、もうすぐだけど。
その前に、しっかり、流れ星にお願いをしたいんだ。
「きっと、君と同じ場所へ行けますように」
なんでだろうか。こうやって星を眺めると、もう貴方と別れて何年も経つというのに貴方の笑顔がいつも脳裏をよぎる。
ずっと隣にいてくれてありがとう。一緒いてくれた数十年という時間は、僕にとって掛け替えのないものになった。
貴方はどう思っていただろう。同じ気持ちでいてくれただろうか。
人生で一番の尊い宝物。
これはいつの日だったか。
高校生活で最後の夏休みが始まる前に。放課後の教室で貴方は言った。
「星が見える丘に行こう」と。
初めて貴方と出かけることができると僕は舞い上がった。
僕も貴方も若かった。明日が来ることが当たり前で、辛いことも悲しいことも二人でなら乗り越えられる。楽しくて、楽しくて、光り輝いていた日々。
二人で駆け出した。丘の上。満天の星の海。
「ああ、一面の星空……!」
僕は手を広げて感嘆する。
「ええ、ほんとうに……!」
後ろから追いついてきた貴方も。
星空を見上げることがこんなに感動することだなんて、生まれてきて初めて知ることができた。
そして、このとき感じた感動は、貴方と一緒にいたからこそ起きたことだったのだろう。
そう、今になって思う。
星を見上げて手を伸ばしている君の横顔に、僕は愛おしさと安心を覚えた。
星が降る。
夜空の片隅で、一筋の光がこぼれ落ちる。
貴方は、それを見つけた。
「流れ星見つけた。ねえ、次の流れ星に二人でお願いしようよ」
手を腰の後ろに組んで、軽く弾みこちらに向き直して笑顔をくれる。
まっすぐ無邪気な顔に、もちろん僕は否定なんてできない。
二人で肩を並べて体育座りで座り、天をあおぐ。
優しい風が頬を撫でる。青々した草の香りが生命の強さを感じさせた。
もう言葉はいらない。心の距離を感じない。僕は貴方の手に自分の手を重ねた。
少しびっくりして、でも優しく微笑んでこちらを見たあなたの顔を、僕は一生忘れない。
「あっ、流れ星!」
貴方が指を指した先に、空を流れる星がひとつ。消えてしまう前に、急いで願い事をする。
「ね、いまどんなお願いしたの?」
上目遣いで控えめに聞いてくる。
「僕の願いは、君とずっと一緒にいれること。それだけ」
少しびっくりして。でも嬉しそうに顔を赤らめて。
「あは、わたしも全く同じ願い事をした」
恥ずかしい。馬鹿ップルみたいだ。
お互いを見つめ合い、声に出して笑い合った。
何気ないようなことだったけど、このときに僕は貴方を伴侶にする。そう心に誓ったんだ。
ああ、願いは叶った。
あれからもずっと一緒にいれたのだから。
喧嘩もたくさんしたけれど、それ以上にたくさん、たくさん、愛することができた。
だからこの余生は、貴方への感謝。ありがとうの言葉を伝えてきた。
この世を旅立つ直前に、貴方は言った。
「星を見に行きたい」と。
本来なら貴方は寝たきりのところ。
看護師の人に無理を言って、少しの時間だけ二人で病院の屋上まで登った。
貴方の、最期のわがまま。
満天の星。星空はずっと変わらずに輝き続けている。
貴方はゆっくりと空に手を上げる。
「ああ、もう少しであの星のひとつになれる」
もうすぐこれまでの辛い闘病生活から開放されることを悟ったのか。
貴方の痩せ細った手を僕は両手で握りしめて、熱い熱い雫を目から落とした。
手を握られて安堵した貴方の横顔に、僕は感謝と尊敬を覚えた。
星が降る。
流れ星に願いを。
思い出の日々をありがとう。幸せの日々をありがとう。
どうか彼女が安らかに眠れますように。
そして、貴方は星になった。
思い返してみれば、流れ星に願ったお願い事はすべて叶っていた。
僕の人生は貴方に会ったその日から充実していた。ずっとずっと、幸せに満ち溢れていた。
すべてのものに。流れ星に。貴方に。心からの感謝を。ありがとう。
星が降る。
いくつもいくつも。流れては消えていく。
僕たちの願いをのせて。
いくつの夜を超えたら貴方のところへ行けるのだろうか。
流れ星は必ず願いを叶えてくれる。そう信じてる。
昔の思い出は今でも僕の中で色褪せない。
僕は足腰の痛さを感じながらも、一面の星空にもう一度だけ手をかざす。貴方がそうしたように。
やっと、僕ももう少しで手が届きそうだ。
そのときだった。一つの流れ星が僕をめがけて降ってきた。まるで上げた腕に吸い寄せられるかのように。
あまりの速さに避けることはかなわない。
大きな光に僕は一気に飲み込まれる。
見渡しても辺りは真っ白。何もなくなってしまった。
冬だったはずなのに、もう寒さを感じない。温かささえ感じる。
そして、なぜだか体も軽くなった。さっきまで痛かった足腰も痛くない。むしろ今ならなんでもできてしまうような、そんな気さえしている。
僕はどうしてしまったのだろう。
白い世界で立ちすくむ。
すると、目線の先に女の子がいる。
どこか、見覚えのある女の子だ。
僕はヨロヨロとした足取りで、女の子のいるところまで歩く。
そして、
「久しぶり。迎えにきたよ」
女の子は、僕を見据えて笑顔でそう言った。
「君は……」
見間違えるはずがない。容姿は若くなっているけれど、ずっとずっと一緒にいた人なのだから。
いっぱい話したいことがあるのに、目から涙がボロボロ落ちてきてしまう。嗚咽で言葉が紡げない。
もっと近くに居させてほしい。
「もう、泣かないで。よしよし」
そう言って、僕の肩に腕をまわして優しく抱きしめてくれる。
僕は、思いっきり泣いた。こんなに泣いたのはいつ振りだろう。彼女の腕に包まれるこの幸せが、我が人生の最高の褒美のように感じられた。
ひとしきり泣いたあと、女の子は僕の手をとる。
そして、光の中を二人で一緒に歩いていく。
その先には無数の星々が流れている。
ああ、なんて最高に充実した味わい深い人生。最期に、願いを叶えてくれてありがとう。
そして僕も、星になれた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?