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ただこの地球という物質の世界にいない「ある」だけの存在になった私の感覚


弟が海の青い深淵に抱かれて死んだ時、みんなは天国へ行ったんだと言った。
天国と言われる場所はきっと、愛を疑う事なく感じ分け合い生きた者たちが行くところで、穏やかで、温かで、美しさに満ちた、安心する場所なんだろうと思う。

弟はとても優しい子だったけれど、運悪くこの世界ではたくさん迷惑をかける存在にしかなれなかったので、たぶん今頃は地獄と言われる場所にある。
地獄と言われる場所は物質の世界。
私の今ある場所。
私と弟が違うのは、だだ肉体があるかないか。
それくらいの些細な違い。

天国と地獄は同じ場所にあるのに
見渡す人々はもうすでに天国にいることにも気付かずに、幸福はどこかと探し回っている。
よかった。
それが幸せなのだから。

私と血の繋がりのない弟は、小さな頃からずっと一緒にいて見てきた彼は、大人になっても私にとって大切な本当にかわいい弟だった。
今の弟は目には見えないけれど、
疑う事なく自由に物質世界の型の上に幸せを求め生きている母や兄の元へは行かず、一番近い存在の私と娘の側にずっとあるんだと思う。
いつも私の隣に座り、娘を悲しみの目で優しく見守っている。
後悔を抱えながら。

時々は相変わらずフラフラと
「RIZIN観に行ってくる」
と言って東京へ行っているのかも知れないけれど、冷めやまぬ興奮を共感する相手もいなくて
すぐに戻って来ていると思う。

彼のいる場所は楽しみも喜びもない。
美しさも温かさも感じない。
肉体はないので自由だけど心が虚しい世界。
もうどこへ行ったのかいつ戻ってくるのかと心配することもなくなった。

肉体があるかないかは些細な違いだけど、
「俺がこの子の足になるから。大丈夫、心配するな」と偉そうに言っていた彼は、もうこの子の手にも足にもなれない。

肉体のある地獄は生き地獄。
私は誰かに迷惑をかけた記憶はないし、どちらかといえばいつも一生懸命、誰かのために生きて来た。
身動きの取れなくなった今でさえ生きている意味を問い、誰かの役に立たねばならぬと必死にもがいている。
なのになぜ私の肉体はまだここにあるのに地獄にいるのだろう。
苦しい。
弟と同じ泡となって消えたら楽になるのかなとも思った。

人は誰しも大人になるに連れそれなりに経験を積む。
色々な経験を得ながらその人なりの責任を背負うことになる。
私の背負った責任は娘の母親であるということ。

責任というのは重くのしかかってくるもので、逃げたくもなるし、辞めたくもなるし、どうしようもない日もある。

娘の母親という責任は、ただの母親の責任よりも重い。
世界一育て方の難しい障害児選手権がもしあったら、メダルを貰えそうなくらいに気難しい障害児の母親という責任を突然背負った。

病院の主治医だって逃げたし、父親だって逃げたし、みんな見て見ぬ振りするし、実際わからないから仕方ないけどわからないふりをして、近づかない。
そしてわかろうと、手を差し伸べようとしてくれる人は近づけない。
どうしていいのからわからなくなってそれ以上は近づけない。
不思議な磁石が私と娘を取り巻いている。

私だってわからない。
もう逃げたい。もう辞めたい。
と何度も思った。
ひとり真っ暗な中寂しくて怖い。
だけど背負った以上、どこへ逃げようとももう辞めて逃げた先に幸せはない。

私に肉体はあるけど自由はない。
楽しみも喜びも
美しさも温かさも
今は感じない。
ただ苦しさと悲しさが私を拘束して閉じ込めている。
弟よりももっと深い地獄に私はいるんだろうか。


肉体のない弟は自由だけれど幸せではない。
出来ることはもうなにひとつないから。

私には出来ることがまだある。
娘の手と足になれる。
幸せに暮らしている人たちに、まだ何かはわからないけど、私の何かをあげられる。
楽しいね、きれいだねって心が温かくなる
同じ世界には一緒にはいられなくてこれからもずっと寂しくて悲しいのは続くけど
娘にもう大丈夫だよって言って安心するまではまだそばにいたいんだ。

私の存在があることでの
娘が少し笑ってくれたら嬉しいんだ。
誰かが少し喜んでくれたら嬉しいんだ。
嬉しいは同じ気持ちになれるかな。

ひとりでも私と同じような想いをしなくていい。

それがもしかして出口へ向かう一筋の光なら。


次は一緒に天国へ行こうね。


約束のロールキャベツ
まだ作れそうにないけど
「ねぇちゃんのロールキャベツが世界一おいしい」って
また喜んでくれるかな。
おいしいの作るから待っててね。


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