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白の告白


北海道の桜は本州のそれとは
ちょっと違う。学生時代、
北海道に住んでみて
そう思った。

4月の入学式に桜はまだ咲いているか
咲いていないかというところだけど、
そもそも気候区分の違う北海道では
花のシーズンは5月末から
始まるのだった。
4月はまだ冬の一部かと思うような
寒い日はふつうにある。

ただいずれにしても
桜の咲くシーズンになれば
心地よく、温かい。
記憶が定かではないから
それが桜が咲いていた日だったのか
もう少し夏に近づいていたのか
とにかく心地いい季節だった。

「好きです」

突然、告白された。
完全に意識していなかった人だったから
拍子抜けで驚いてしまった。

彼は一つ下の代で、同じ研究科の
後輩だった。歴史上の有名な人物に似ていて
それがゆえの相性で皆に呼ばれていた。

私はこのとき、ちょっと気をつけようと
思った記憶がある。初孫で生まれた私は
いとこの面倒をみたりしていたから
そのサガがあって
正直なところ後輩には丁寧で優しい。
自動的にそうなってしまう。
それが勘違いさせることも
あるのだと思った。

一浪して進学した私にとって
1つ下の世代は同期になって
後輩とみることはなくなったのだけど、
1学年下は2つ歳下になる。
そうすると、自動的に
だいじにしないといけない人の
になってしまって、やっぱり
彼に対してもそうだった。
歴史上の人物に似ていて
おもしろい相性で呼ばれてるけど
みんなに愛されてるし、
きっと優秀な子なんだろなーと
感じられて
微笑ましく思っていた。

加えて獅子座生まれなところがあって
よくある星占いを見ていると
獅子座の性格だと思うことがある。
なんとなく、皆大丈夫だな、みたいに
俯瞰して統治するような
見守りのエッセンスだけをもっている。

社会人になると〜6歳くらいまでは
もはや歳の差を感じなくなったけど、
一回りも違うとやはり見守ってしまう。

ところで後輩の件は、
ごめんなさい だった。
でも何でだろう、この人の告白は
人生史上でいちばん正しいそれに
今でも思えて仕方ない。

すごく真っ直ぐだった。
淀みがなくて色にたとえるなら
白だと思う。
気持ちとか、考えとか、
真っ直ぐ伝えることを
いちばん教えてくれたのは
あなたの他にいない。
だからこの事実は宝箱にいれて
しまっていた感覚で、
ここに書くまで
誰に話したこともなかった。

私は何か貫き通そうとする
気質があるけど、今思えば
この彼が話してくれた思い出を
持ち続けているうちに
純粋さの影響を
受けていたのかもしれない。



そして大人になって
私は真っ直ぐ伝えることの
大変さを痛感する。もはや無理。

この職場には私が感情を持つ人が
現れることはない、と思って
仕事に没頭し続けていて
本当に何もなく数年やってきた。
でも3か月前から、突然
気になる人ができた。

その人に対しては、それまでずっと
そこにいるだけの人であって
近づこうと思うことはなかった。  
そもそも、この歳になって
誰かを好きになることはないと思っていた。
だから、何でこうなったかとすら思う。

そういうことに頭を支配されるのは
仕事の私にとって大問題であって
この現象をかたづけたく
なってしまう。

それも仕事が関わってきたりすると、
いろんな力関係の中にいるから
リスクをむやみに増やせない。
敵はあらゆるところにいるし
足だって引っ張られる。
自分を守るために感情を整理したい。

それなのに
勝手に生まれる感情はわがままで
否定したり押さえつけるほど暴れる。
明日から忘れようと思うほど
いちばん近い感覚になる。
もはや病気かって。

世界中で辛い片思いをしている人が
どれくらいいるんだろう。
そんなことを久しぶりに思った。

あなたに会えて良かったって言いたい。
でも私にはだいじな仕事があって
仕事の先には信頼する人たちがいる。
組織の中で大きく間違うことはできない。
不倫でもないのに、たいそうな勇気がいる。



そんなある日、仕事の相談ごとがあって
彼に少しお世話になったので
付箋にありがとうございましたって
一言書いて、小さいお菓子と一緒に
デスクに置いてきたことがあった。
だれに対してでもよくあることなので
作業的に意図せずしていた。

でも帰り遅い夜道、
やわらかい夜風に吹かれて気づく。
ありがとう、って私は書いた。
それで何だかもう
これでいいやって落ち着いた。

冷静に、私からはこれ以上
できることはないし
何もしないんじゃなくて
今ある制約の中で1つはできた。
よく出来ましたって思うことができた。
もういいか、って落ち着いた。

真っ直ぐ気持ちを伝えることの
大切さを教えてくれたのは
あの時の後輩だった。
見守ってるつもりの私は
後輩に温かく見守られていたんだと思う。
そんな思い出に支えられた今日がある。

あれは何月だったんだろう。
緑がきれいで、やわらかい風の吹く
夜のことだったと思う。


Aoi314