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第4話 いよいよ現地へ! いきなり<内定>そして<辞退>

(※前回の記事の続きです)

どうしてもあきらめたくない。

挑戦したい。

挑戦して、ダメならしょうがない。その時はおとなしく実家に帰って頭下げて居候させてもらえばいい。

失うものはなにもないし、このままフリーター続けるのはなんかヤバい気がする。自分のできる全てを賭けて、人生逆転を狙わないと。

26歳で大学卒業、そのまま2年間フリーター。

この経歴はツッコミどころ満載で、まともな仕事に就ける気がしない。どこに行っても面接官の表情に「???」が浮かんでる。日本じゃもうダメだ。

正社員になれるなら、日本じゃなくてもどこでもいい。

よし決めた! 海外で仕事を見つけよう!

こんなノリと勢いで、海外就職を決めた。

そして地元ボランティアでの出会いと、Twitterで発見したアカウント「ししもん」のオススメで、行き先はシンガポールに。

ししもんによる猛特訓で、履歴書と職歴書を何度も書き直した。メールでの厳しいツッコミによる指導のやりとりは10往復くらい、書類は完成までに5版は重ねた。

「うん、まあいいんじゃないかな。じゃ、待ってるね〜」

最後にししもん師匠のふわっとしたお墨付きをいただいた頃には、はじめてTwitterでDMを送った日から約2ヶ月が経過していた。

そして2014年3月の終わり。東京で1泊して、羽田空港から格安航空のエアアジアXの片道航空券で、シンガポール・チャンギ空港へと出発した。

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いざ、現地で転職活動スタート

「仕事が決まるまでの仮住まいとして、うちのホステルにいたらいいよ」

現地での滞在先も、ししもんのお世話に。

シンガポールの物価は世界一と言われていて、その最たるものが家賃。

例えるなら、西荻窪から本八幡まででひとつの国。そんな狭い土地にワンルームマンションなんかなくて、だいたい家族向けの団地か高級コンドミニアム。そのお値段なんと月額3LDK30万円とか、4LDKで40万円とか。

駐在員は会社負担でそれが無料!

現地採用は自己負担で、ひとり10万円払って知らない人と共同生活!

ししもんは団地も高級コンドミニアムも嫌いで、もともとワーキングホリデービザで働いたバックパッカーズホステルにそのまま住んでいた。

お金もないし土地勘もないので、とりあえずそこにお邪魔することに。

その時の全財産は30万円。これを使い切るまでに、内定もらえなかったらおとなしく地元に帰ろうと思っていた。

2段ベッドがふたつの女性専用部屋に4人で寝泊まり。お風呂・トイレ・小さなキッチンは数十人で共同だ。

月額48000円くらいだったかな。600シンガポールドル。

ししもんの後任のスタッフは大変しっかりしていて、狭い部屋に掃除が行き届いている。まあまあ快適に過ごせそう。

コンビニでプリペイドSIMカードを購入してSIMフリーのスマホにセット、現地の電話番号もゲットして、これを書類に書き足した。

仕事から帰ってきたししもんに、はじめましてのご挨拶。

「おお、ホントに来たんだねえ、いらっしゃい〜」

シンガポール最初の夜はホステルの玄関横のベンチで晩酌をした。

ししもんが言うには、シンガポールで働きたいです! という問い合わせはよく来るけど、実際に現地までやってくる私のようなタイプはほとんどいないらしい。

「だから現地に来て転職活動するっていう時点で、転職希望者の上位5%に入ったと思っていいよ」

ぐいぐいとビールを飲んで上機嫌になったししもんが言う。

自分に不利な現状をどうにかして変えたいっていう負のエネルギーだけで来たけど、なかなか誰でもできるもんじゃないらしい。そういうものなのか。

とは言っても、ここからが本番!

到着した翌日、さっそく日本人経営の転職エージェントに2つ登録して、カウンセリングを申し込んだ。

Facebookからチャンスが舞い込む

シンガポール到着2日目。

転職エージェントのオフィスを訪問するのは明日以降、はりきって早起きしてしまった午前中にFacebookを更新した。

『突然ですがシンガポールで仕事を探します! がんばる〜〜〜』

ホステル周辺の写真と一言コメントをタイムラインに投稿。

すると、ポーンとすかさず通知が。

なんだろ?

『シンガポールで働くの? オレの友達が会社やってるから、興味があったら紹介するよ!』

えー…

なんだコレ…

ありがたいじゃないの!!!

差出人は、友達つながりのおじさん。とにかく誰にでもFB申請してるタイプの人だったはず。そういえば、この人も経営者だったっけ。

『ありがとうございます! ぜひよろしくお願いします!』

ほとんど交流ない人だったけど、つかめるチャンスは片っ端からつかみたい。

どんな仕事なのか、友達はどんな人なのか、ちょっと気になったけど詳細は聞かずにお願いしますとだけ返信した。

『オッケー。xxxx-xxxx これが友達の番号だから電話してみて。オレからも一言言っておくよ〜』

ありがとうございます、と返事をして、教えてもらった番号に電話をかけた。8桁しかないシンガポールの番号。

『もしもし。あ、どうもどうも。とりあえず飲みに行かない? 今夜7時にカッページプラザに来てね。着いたらまた連絡ちょうだい』

電話の相手は、優しい日本のお兄さんといった感じの印象。

まだよくわからない…

この話、本当なんだろうか…

カッページプラザとは、シンガポールで有名な日系の居酒屋や小料理屋がたくさん入ったビル。

とりあえず、ししもん師匠に連絡してみた。Facebookで仕事紹介するよってメッセージが来て、カッページプラザで飲みに誘われました、と。

『友達多いね〜。まあ話だけでも聞いてみたら? 日本人ネットワークで仕事もらえることもたまにあるし。オレは嫌いだけど!』

よし、とりあえず行ってみよう。

そして、夜。場所が全然わからないので、とりあえずタクシーに乗ってカッページプラザと伝えたら連れて行ってくれた。有名な場所らしい。

タクシーを降りて電話をかけると、お店の名前と行き方を教えてもらい、その通りにビルの中を進んだ。

お店のたたずまいも、内装も、シェフも日本人のオシャレな日本料理屋。

奥のテーブル席に、男の人が2人でビールを飲んでいた。はじめまして! 元気よく挨拶してゆきのです、と名乗った。

「まあ座ってよ。ビール飲む?」

と席をすすめてくれたのが大井さん。電話の声の人だ。

向かいに座ってるのが青田さんで、大井さんの部下らしい。ふたりとも30歳前後くらい。緊張している私の隣で、豪快にビールを飲んでいる。

ビールを追加注文してもらい、届いて乾杯をして、まずは自己紹介から。

日本でこのままフリーターを続けてもしんどくなる一方だと思って、シンガポールに仕事を探しに来たこと。これから転職エージェントにカウンセリングに行って、所持金がなくなるまで仕事探しにチャレンジすることなど。

2人は熱心に聞いてくれた。日本で働くのはホント大変、シンガポールにはビジネスチャンスがたくさんあって最高だよ、と大井さん。

一通り私の話を終えると、大井さんがやっているビジネスについて教えてくれた。もともと大井さんはシェフで、現在はシンガポール国内でいくつか飲食店を経営。青田さんは大井さんのお店でシェフとして働いているらしい。

「飲食店の経験もあります。接客業が得意です!」

仕事をしたいアピールをしてみた。どんな仕事かよくわからないけど、つかめるチャンスは片っ端からつかみたい精神がここで発動。

「お、いいねえ〜。やっぱり日本の接客サービスをシンガポール人にやってもらうのって難しいんだよね。じゃあ内定ってことで」

軽いノリで内定をもらう。

おおお、なんかいいカンジだぞ! わたし!

それからは大井さんのビジネスの今後の展望なんかの話で、一通り盛り上がった。

シンガポールでの出店だけにとどまらず、マレーシアやタイにも進出する計画らしい。スケールが大きすぎてよくわからなかったけど、経営が順調そうでいいなと、ビールの回った頭でなんとなく思った。

青田さんと私はうんうんとうなずきながら飲んで食べた。青田さんはあまり話さない人だったけど、会話の代わりというくらいにずっとお酒を飲んでいた。

「じゃあ明日、オフィスに履歴書と職務経歴書もってきてね」

ハイと名刺を渡される。肩書きはCEO。

すごい、経営者の人から直接内定もらっちゃったよ。

ウキウキしながらホステルに帰ると、昨日と同じ場所に座ってビールを飲んでるししもんがいた。

「聞いて聞いて! 内定もらったよ! すごくない?」

すかさず隣に座って、大井さんと青田さんとの会話を思い出しながらししもんに説明する。

「そっか、よかったね。でもなんか、ちょっと怪しくない? 海外で日本人をいちばん騙すのは日本人、とも言うから気をつけてね」

浮かれまくってた私に対して、ししもんは渋い顔をしていた。

「ししもんだって私のこと騙してないじゃん」

「オレは他人に興味ないし、仕事中めちゃくちゃヒマだから相手してあげてるだけだよ。じゃあおやすみ」

なんかザクッと突き放されたような。そんな言い方しなくても。せっかくシンガポールまで来て、内定をつかんだのに。

しょんぼりした私をスルーして、ししもんはホステルの中へ入っていった。

そして、このししもんの勘はズバリ大当たりだった。

誘惑の内定

翌日の午前10時、指定されたオフィスビルに到着。立派な高層ビルだった。

名刺にある通りの階層とテナント番号を探す。あった、会社名が堂々と飾られた立派なオフィス。

ドアの横のベルを鳴らしたら、中から女性が出てきて鍵を開けてくれた。

お邪魔しますとオフィスの中に入ると、いちばん奥のデスクに大井さん。おはようございます、と元気に挨拶。

「まあまあ、説明するから座って。さすがにビールは出せないけどコーヒーでも飲む?」

昨日と同じ陽気な大井さん。ずらりと机が並んだオフィスに、その時は大井さんと女性しかいなかった。

「昨日はどうもありがとう。じゃあ改めて、うちの会社や任せたい仕事について説明するね」

会社パンフレットや社内資料などを見せてもらいながら、大井さんの説明を聞く。

大衆居酒屋やファミレスなんかとは違う、高級コースを提供するレストランの写真がたくさんあった。わたし、ホントにこんなところで働くのかな…

「そしてきみに任せたい仕事なんだけど、まあ店舗マネージャーだよね。ローカルスタッフと一緒に働きながら、管理指導してほしい」

大井さんの経営する飲食店のうちのひとつで、接客スタッフとして勤務。

正直、日本での仕事と全然変わらないなあとちょっとがっかりした。でもマネージャーだから、ステップアップはしてるのかな。でももうあんな激務に戻りたくないなあ。

仕事内容に関する話を聞きながら内心ビミョーになってるわたしに、大井さんは続けて言った。

「それからこれが肝心のお給料。きみの年齢・学歴・職歴だと、就労ビザ取得に必要な最低月給は4500ドル(約35万円)。でもうちの会社の給与規定があって、店舗マネージャーは2400ドル(約19万円)スタートなんだよね。もちろんがんばれば昇給もある」

え?

就労ビザに必要な給料を出してもらえない?

ってことは、就労ビザもらえない??

大井さんの言ってることが全然わからなくて、どういうことですか、と聞いてみた。

「就労ビザ取得のためにうちはきみに毎月4500ドル払う。でもきみの給料は2400ドル。だから毎月差額を返して。大丈夫、どこでもやってることだから。シンガポールのビザ規定は高すぎるから、みんなやってるよ。安心して! 任せてくれれば大丈夫だから!」

えーっと、

わ、わからない…

わかったことは、私の価値は月収2400ドルってこと。

ネット検索しまくって探したシンガポール現地採用の当時の相場は3000ドル(約23万円)だったから、それよりかなり下回ってる。

これが現実なのかな。

でも、雇ってくれるっていうし、ビザの手続きすぐに始めてくれるっていうし。

まずはここから始めたほうがいいのかな…

10分悩んで辞退

日本と変わらない飲食店の接客という仕事内容と、予想を下回る給与にショックを受けながらも、とりあえずよろしくお願いします、とビザ申請に必要な書類を全て預けてオフィスから出て、ししもん師匠にメッセージ。

すぐに返事を受信した。タップすると怒りのお言葉が。

『それはキックバック! 100パー政府にバレる違法行為! 強制送還になってパスポートに傷がついて出入国制限されて、ロクなことにならない。すぐに断ること!』

ああ、やっぱりダメなのか…。

大丈夫みんなやってるから、と日本人に日本語で説得されて、

うっかり信じそうになった。

あの時すぐにししもんが断固拒否しなかったら、私はキックバックの条件を受け入れて働いていたかもしれない。

―海外で日本人をいちばん騙すのは日本人

友達の紹介だし、私を雇いたいと言ってもらったこと、必要としてもらったことはとても嬉しかったけど、これはダメだ。

オフィスを出た10分後に、大井さんに電話をした。内定辞退とビザ申請の手続きをすぐに取り消してもらえるようにお願いする。「大丈夫だから!一緒にがんばろうよ!」となかなか受け入れてもらえない。

少しの間だったけどお世話になったし楽しかったし、私を雇いたいと言ってくれたこと、必要とされていると感じたことが嬉しかった。

だから、「違法行為はできません」とキッパリつっぱねることもできず、ホントすいません辞退させてくださいと粘った。わかりました、と最後は機械的な声で電話が終わった。

現地到着3日目 こうして転職活動はふりだしに戻った。


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