無令和の日

2年くらい前にとある文学賞に応募して(当然といえばそうだが)佳作にすら掠りもしなかった作品を供養として載せておきます。星新一のショートショートに感化されてそれっぽいのを書こうとしましたが、結構これが難しいのですね。拙い作品ですが読んでいただければ幸いです。

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「いよいよ今日だね。"あれ"が行われるの」
「信じたくはないけど、これが現実なんだよね……」
「まあ、いつかはこの日が来るとはわかっていたさ。嘆いて一日が終わるより少しでも人生楽しんだ方がいいじゃない」
「うん……そうだね」
そう言うと彼女は立ち上がった。

20XX年、世界全体の人口は300億人となった。
一日に50万人が死ぬ一方、70万人が生まれてくる時代が訪れ、人口は膨大な数に膨れ上がった。
既に科学技術はこれ以上ないほど発展し、この人口過剰に対する糸口は何ら見つかっていないという状況だ。
食料の供給を確保するため、世界中の科学者たちは組織を立ち上げ、植物の品種改良や家畜の能率的な生産を試みた。
しかし、食料の確保は困難を極め、世界中で紛争が起こった。かつては「先進国」と呼ばれていた国でさえ飢えに苦しむようになった。
更に、人類の利便性を求める暮らしが引き起こした地球温暖化は深刻な問題となった。世界各地で気候変動が起こり、今やほとんどの国が熱帯気候となり、大半の土地は砂漠と化した。かつては優れた下水処理技術を持っていた日本でも、透明無色な水を供給することができなくなり、今では蛇口をひねっても茶色く濁った水しか出てこない。
世界各国の首脳は、人口増加・食料不足問題を解決するために定期的に話し合いを行っているが、改善策が提起されることはなかった。

そんななかA国では、世界でも類を見ない画期的な、そしてこのうえなく残忍な政策が国会で可決された。他国からも国民からも猛反対を受けたものの、政府は、この問題を解決するためにはこれしかない、の一点張りだった。

若いカップルが向かっていたのは、投票所――ではなく、抽選所だ。
多くの人が列に並び、先頭は白い四角い箱の中に手を入れ、紙切れのようなものを取り出している。くじを引き終わった人は様々な反応を見せていた。安堵の息を漏らす者もいれば、唖然として突っ立ったままの者、泣き叫ぶ者もいた。

「あの人、"当たった"のかな」彼が不安げに問いかける。
「そうかも……ああ、どうしよう。もうすぐ順番が回ってきちゃう」
「きっと、いや、絶対大丈夫だよ」
「うん、そう信じてる……じゃあ行ってくるね」
彼女は無理に笑ってみせたが、不安を抱えているのは誰から見ても明らかだった。

"抽選"が終わり、二人は帰路を歩いていた。
「どうだった?」
「……」
彼女の目には涙がうっすらと浮かんでいた。
「そうか、君は"当たった"んだね」
「……あなたは?」
「ぼくは"当たって"ない」
「……そう」
長い沈黙が続いた。どうしたものかと困っていると、彼女が切り出した。
「"当たって"しまったからには、もうあなたと一緒にはいられない……これ以上一緒にいてもむなしいだけだから。もう今日で別れよう……これも返すね」
彼女は指から指輪を外そうとした。
「待って、せめてそれは持って行ってくれ! 君の誕生石、ルビーだろ!」
「っ……さようなら」
彼女はそう言うと立ち去った。

涙で目元が赤く腫れあがった彼がマンションに帰ると、隣から話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、おかあさん」
「なぁに?」
「おとうさんが『ちゅうせんにあたった』ってほんとう?それってなぁに?」
「お父さんは、お空に行ってお星様になって、お母さんとお前をずっと見守るんだよ」
「そう、とても素敵なところに行くの」
「すてきなところ?」
「うん。素敵なところ。たくさんご飯があって、きれいな水も飲めるところ」
「そっかぁ! おいしいごはんもきれいなみずもあるなんて。おとうさん、いいなぁ」
「いいだろ。お前もいつか行けるから、いい子にしてるんだよ」
父は息子を抱擁した。少年のあどけない顔に、満開の笑顔が咲いた。
母親の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

一か月後、彼女と少年の父親は"例の場所"に到着した。
数百人の人が狭い部屋の中にいるため、部屋は蒸し暑く、陽炎が立ち込めていた。
人々は皆、わめいていた。
「俺たちみんな、当たったんだよな」
「ここで死ぬのかぁ」
「やりきれないよな。何で俺がこんな目にあわなきゃなんねーんだよ!」
「政府もめちゃくちゃだよな。俺たちに人権はないのか⁈」

そう、この国では、通常「選民法」と呼ばれる法律が制定されたのだった。これまでに人口過剰と食糧不足に関して様々な解決策が挙げられてきたが、どれも効果はなかった。そんななか、A国ではこの方法が採用され、大きな波紋を呼んだ。

世界で五本の指に入る優秀な科学者の技術をもってしてもこれ以上食料を増やすのは難しい、というのが現状だ。そこで、A国では生産を増やす代わりに消費を減らす、つまり「国民を減らす」ことになった。年に一回行われる抽選で当たりを引いた者は、1か月の猶予が与えられ、その間にA国から立ち去らなければならない。しかし、国外へ逃亡できるのはごく一部、裕福な者だけであり、ほとんどの人は国にとどまることになる。抽選から1か月後、国に残っている者はある場所に連れていかれる。そこには一人一台分マシーンがあり、人々はその中に入り死を迎えることとなる。この日は「無令和の日」と呼ばれている。

無令和の日の翌日、マンションでは例の母子と隣人の彼が食卓を囲んでいた。
「わぁ、すごいごちそう!」息子が目を輝かせる。
「年1回だけね、こんな贅沢ができるのも。今日だけは国が皆に食料を配ってくれるからね」
「あの、僕までご一緒させていただいてよろしいんですか」
「何言ってるの。あなた、あの日からずっと悲しそうな顔してるじゃない。さ、たっぷり食べて元気出しましょう」
「そうですね」
そう言うと彼はフォークで肉を突き刺し、口に運んだ。
「ぼく、おにくなんてひさびさにたべたよ!それにすっごくおいしい!」
「本当、美味しいね。こんな日が毎日続いたらどれほどいいか……」
三人は夢中になって食べ続けた。
「ん?何だこれ」
「どうしたの?もしかしてお口に合わなかった?」
「いえ、何か硬いものが口に当たって」
彼はそう言うと、口の中から異物を取り出した。それは赤いルビーのついた指輪だった。


ムレイワガネグモ。生まれた子グモは自分では獲物をつかまえることができない。そのため、母グモは自分の内臓を食べさせて育てるのだ。このクモは社会集団を形成しており、生殖機能のないメスも子グモたちのために身をささげる。A国はこのクモにちなんで、「無令和の日」と名付けのだった。

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