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Knight and Mist 一章-4 砦

"テメーがこの戦場を望んで選んだんだ!"

 イーディスの言葉が遥香の頭に残っていた。

戦場を望んだことなど一度もない。

だが戦場を望んだにせよ望まないにせよ、あのまま逃げるのはなんだか悔しかった。

イーディス相手に名乗る名がないことがすごく悲しかった。

それは浪人しているときにも感じたし、就活に失敗したときも思った。

提示する身分証がないこと、職業欄はその他に丸をつけなければならないこと、自分が何者なのか説明しようとすると襲ってくる羞恥心……

自分は落伍者です、としか伝えられない屈辱感。

(現実的になれ。わたしにできることなんか何もない。わたしには何の力もないのだから)

それからレティシアの不思議な力を思い出した。

彼女は何か不思議な力を使っていたーー

そんなことをぼんやり考えていたときだった。

轟音がして目が覚めた。

目をぱちぱちさせながらあたりをみまわすと、ちょうど跳ね橋が上がり、目の前の鉄柵が巻き上げられるところだった。

(気をを失っていたのか……)

遥香は目の前の城のような石組みのいかつい建物を見上げた。

それからもう一度巻き上がる鉄柵を見上げた。

鉄柵の下部には太いトゲがあるのが見えた。挟まれたら確実に死ぬだろう。

鉄格子の裏にはどんな爆発にも耐えそうな重い金属の扉があった。

その中に小さな扉があった。

たしか日本にもあった気がする。

大きな扉は戦車や馬の隊列が通るとき用で、普段は小さな扉を利用するのだ。

もぞもぞしていたせいか、レティシアが気づいて声をかけてきた。

「気づかれましたか。あなたは意識を失っていたのです。まだあれからそう時間は経っていません」

レティシアが空を見上げた。

太陽は少し傾いたところだ。

しかし遥香がいた場所は炎に包まれていたので実際どのくらい時間が経ったのか分からなかった。

レティシアが続けた。

「わたしたちはこれからこのカニス・ラトランス砦に身を寄せます」

遥香はもう一度砦を見上げた。

とても立派なつくりだ。

ひとまず安全は確保できるだろう。

遥香は頷いた。

「うん、分かった。そこで何が起きてるか説明してよ」

「ええ、必ず」

レティシアがそう言ったときーー遥香はレティシアにおんぶされていることにやっと気づいた。

「ぎゃあ!? すみません、わたしったら!」

「ぎゃあ?」

つい顔が真っ赤になり、遥香は慌ててレティシアの背から降りた。

しかしレティシアのほうは遥香があげた奇声の方が気に食わないようだった。

「わたしがおんぶして何か問題でもありましたか?」

「い、いえそんなことは!! 重くなかったですか!? すみません背中で眠りこけちゃって!!」

「そんなことは問題になりません」

レティシアはむくれながら言った。

遥香が女でなければ惚れていてもおかしくないような可愛さだ。

ーーと、そんなことをしているあいだに扉が観音開きに開いた。

「いきましょう」

レティシアは遥香を地面におろして歩き始めようーー

ーーとしたときだった。

角笛の音があたり一体に響き渡った。つづいて、

「グリフォンだ!!」

上の見張りが叫ぶのが聞こえる。

「グリフォン!? ありえないわ!」

「グリフォンです!」

信じられない、というレティシアの声に、見張りが大声で返す。

「下がって!」

「身を低くしてください」

レティシアに押さえつけられ、遥香はその場にしゃがみこんだ。

見上げると黒い塊が大きな翼を羽ばたかせこちらにちかづいてくるところだった。

「レティシア様、攻撃は!?」

「下手に刺激するのは避けたいわ! 狙いだけつけて、わたしの合図を待って!」

「はい!」

レティシアが鋭い声で衛兵に指示を出す。

その間にもすごい勢いで黒い塊が近づいてくる。

その黒い塊は遥香たちの前で一度とまり、

ーーキィイエエエエエェェ……

遥香たちの目の前でグリフォンは一声鳴く。

上半身は鷲、下半身はライオンという姿ーー

一瞬、グリフォンと目があった気がした。

グリフォンは何かを確かめるようにするとーー

再び大きな鳴き声を出しそのまま通り過ぎていった。

呆然としているうちにグリフォンはそのまますごい速さで飛んでいってしまった。

「いったい……」

レティシアは一瞬ぼうっとしたように言い、それからハッとしたように

「皆、大丈夫? 被害は!?」

「ありません!」

「よかった。ほかにも怪我人がいないか確認して!」

「はい、ただ今!」

「それからこのこと、姉さんに報告して!」

「ただちに!」

「なんだったのかしら……」

一通り城兵に指示を出し終え考え込むレティシア。

その横で、遥香は不思議なものを見つけた。

手のひらより余りある大きさの羽だ。

遥香はそれをなにげなしに手に取り、レティシアに見せた。

「これってさっきの怪物の羽?」

レティシアはそれをうやうやしく受け取ったあと、ハッとした顔になった。

それからすぐさま跪くと、グリフォンが去った方向へ祈るような仕草をした。

遥香はどうすべきか分からずまごついていると、レティシアはやがて立ち上がり、遥香の手を掴んでぐいぐい引っ張って歩き出した。

「ちょ、ちょっと!」

転びそうになりながら大股に歩くレティシアについていく。

「姉さんに会います! 早くこちらへ!」

石畳に蹴躓きながら到着したのは、砦の最上層、そこにある礼拝堂だった。


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