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Knight and Mist第九章-8 囚われの螺旋

衛兵から服を拝借し、代わりにキラキラマントを着せて。

「よし、準備はいいぞ。上だ」

衛兵姿のスコッティとともに階段方面へ大股で歩き出す。

何やらアンディが大声で騒いでいるのが聞こえる。周囲がなだめ慌てているようだ。

「アンドレア嬢、なかなかの役者じゃないか。この役は彼女にしかできないな」

スコッティが苦笑まじりに言う。ハルカも同意する。

「アンディが助けてくれてよかった。あとはイスカゼーレから入手した塔の地図が正確であることを祈るばかりね」

「大丈夫、構造は頭に入れてきたし、こういう建物はだいたい同じだから。ほら、回廊の先に小さな塔があるだろう。あれが螺旋階段だ。あそこから上がるぞ」

「オーケー。あとは人とすれ違わなければ……」

などと話していると、衛兵が不審げな顔つきでやってきた。

「お前たち、ここで何をしているーー」

途端、スコッティの表情が変わった。

「いいからお前も客間へ行け! 絶対になかを見せるな!」

衛兵がしゃべる前にスコッティが怒鳴りつける。

「あのモンロー家の女、怒りまくってるぞ! さっきの爆発はなんだ!? お前らは客人がいるほんの少しのあいだですらまともに警備できないのか!?」

「ひっ、申し訳っ!!」

「とにかくモンロー家の令嬢を引き止めろ!」

「は、はいっ!!」

スコッティもなかなかの迫力だ。気圧された衛兵はアンディのほうへ飛んでいくように向かっていった。

それから元の穏やかな表情に戻り、フフッと笑った。

「うまくいったな。上には見張りもいないはずだ。上に行ける人間自体が限られているからな」

スコッティの口ぶりからすると、彼の領地にも似たような施設があるのかもしれない。そう考えると少し怖い気もした。

(この世界は囚われたら何されるか分からないんだ……)

ハルカのいた世界だって拷問がなかったわけじゃない。だがこんな身近にこんな施設があるのは考えられなかった。

「セシルはどんな目にあわされているのかしら……」

暗澹たる気持ちで薄暗く、狭い螺旋階段を登る。そうすると広いところの上の階に出て、またそこから移動して、人一人が通れるくらいの螺旋階段をぐるぐるあがる。

空中回廊を渡り、大きな塔へと入る。

すると、雰囲気の違う場所に出た。

そこは左手側に鉄格子の牢が並び、右手側に格子のついた小さな窓があった。薄暗がりから呻く声が聞こえていた。

カツン、カツンと足音を響かせながら奥へと向かう。セシルはここの最上階のはずである。

奥へと進むほど汚臭がキツくなった。鉄錆の臭いと、名状し難い臭いだった。獣脂のランプがむせかえるような甘さを加えていた。

ランプの音に混じって聞こえるブブン、という羽音、そしてネズミの足音。

死と生のはざまにある臭いだ。ハルカはそう思った。

(《顔のないネズミ》もここにいるのかしら……)

不気味に思いながら、慎重に歩みを進めていく。

階段を登り切るころには息が切れていた。

服を着替えてもここの臭いは取れそうになさそうだ、とハルカは思った。

と、そのとき。

「あれ、イーディス?」

松明でわずかに浮かび上がるイーディスの姿。

「先回りして見張りを眠らせといた。俺様がハルカを連れてくから、スコッティとやらはここで見張っててくれ」

「分かった」

「どうやって先回りしたの?」

ハルカがたずねると、

「あの聖女様の力を借りて、外側を走ってきた。まあ、こういうところなんてどこも同じだろ」

イーディスまで同じことを言う。

「独房は見つけた。誰かがいたあとはある。拷問部屋は見ていない。衛兵の待機場所のヤツらにはおねんねしてもらったが、拷問部屋にはまだ人がいるかもしれない。気をつけろよ。スコッティは待機所の連中が起きたら知らせてほしい」

「了解した。しかし、ハルカちゃんも連れていく必要があるのかい? あんまり血生臭いモノは、ご婦人にはよくないのでは」

「間違いなくあいつは死にかけてるね。臭いで分かるんだ。独房は一面血だらけ。死臭がした。だからーーその、だな」

言いにくそうにハルカを見るイーディス。それで納得した様子のスコッティ。

「意識があるのか、動かせる状態かも分からねえ。場合によっちゃーー」

スコッティが重々しく頷いた。

「え、えと、どういうこと?」

どういうことだかは分かっている。だが心が理解を拒否した。何かが心の上を滑っていく。

ーー今度会ったら、もっと彼のことを知ろう

なんて甘い考えだったのだろうと、吐き気がしてきた。唐突に頭を殴られたような感じだ。

当然救出できるものと思ったのだ。ここが彼の最終地点なわけない。オーセンティックみたいな訳の分からないのもいるのだ。彼がここで死ぬわけがない。

気づけば気の毒そうな顔で見つめられていた。イーディスはセシルとハルカがデキてると思い込んでるし、スコッティも少なくともハルカがセシルを頼りにしていたのは知っているはずだ。

(セシルが、死ぬーー?)

「よし、その顔だ。その顔に賭けるしかねえな。いくぞ」

呆然としたまま、ハルカは拷問部屋へと足を踏み入れたのだった。


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